春を探して(教皇が来た)10
こんなときに見つからないなんて言うなよ! さっさと資料を見せろ!
それはあった。
木槌とノミで骨をもう一度砕き、正しい位置に固定して固め直す治療を行なった異端の医師の古い日記。そしてその実録。
これはこれで酷く残酷な手法だ。異端に問われても仕方がない。
でもいけるかも知れない。
痛みを感じなくさせる方法が……
『麻酔の手引き』や『光魔法習得術』など基本的な文献が出てきた。
この痛み止めの魔法ならロザリアでも知ってるレベルだよな。この調合レシピも我が家のストックから薬材を調達できる。
どちらも写しを取ってポケットに入れた。
僕は元の世界に戻ると、肉の解体で出た骨を探しに調理場を訪れた。
「あった!」
僕は骨を手に取ると、『鉱石精製』の分解を掛けた。石でない物にも通用するのか? 駄目なら別の手段をとるまでだが……
できなかった。
やはり石ではないからか? 不純物を分けるようにはいかなかった。
こうなったら『無刃剣』だ。最小の力で骨を削っていこう。
僕は骨をその場で削り始めた。
もう少し強くても行ける…… もう少し…… もう少し、行き過ぎ、戻して、よし、このくらい。いい感じだ。突き抜ける瞬間注意して……
できた!
「こほん! 若様ッ!」
「はい?」
声を掛けられて我に返った。
周りを見渡したらいつの間にか惨憺たる景色になっていた。血やら細かい微粉やらが飛び散っていた。
調理をしている周りの奥さんたちがくびれた腰に手を当ててこちらを睨んでいた。
「す、すいません……」
僕は頭を下げながら急いでその場を離れた。
人気のない森に入って切り株に座り込んだ。呼吸を整えて作業再開だ。
あ、現場そのままにしてきちゃった。
遠くの喧噪に耳をやる。
馬鹿とか言われてないよな…… 馬鹿だけど。
手のひらに残った二つの骨片を見つめる。
「始めるか」
二つになった骨を再構成する。
しまった削った分の隙間が! そうか骨粉や骨片を捨ててしまっては駄目なんだ。隙間があるとその間はスカスカになるんだ。
再構成は隙間があると機能しなかった。付いたのは骨と骨が接している部分だけだった。それも表面の堅い骨だけ。
資料にあるのは外側から固定して、回復を自然に任せるケースばかりだった。
やはり隙間を埋めないと即完治とはいかないのだろうか?
もう一度切断からやり直しだ。
そうなると削る量は少ないに越したことはないわけだ。
削りかすをどうやって溜めておくか。魔法で……
布越しから空気を引っ張ってやれば……
自分の服の裾を使って試してみる。
よし。集められる。風魔法が使える人がひとりいるな。細かい目の布も必要だ。きめ細かい布の切れ端なら我が家に最高級のものがある。
布が詰まったら、集めた骨片を水で濾過してまとめて血を洗い流す。浄化してもいいんだろうか? 骨粉まで消えてしまわないだろうか?
生きている人間にしていいことなんだろうか?
そんな思いが去来する。
これは犯罪じゃないのか?
でも、救いたい。救えるものなら。僕にその力があるのなら。
僕はロザリアとナガレの元に戻った。
僕はそこでふたりに話をした。内心否定されるだろうと踏んでいたのだが、返ってきた言葉は「やりましょう。サポートして見せます」だった。
すぐさま長老を呼んだ。長老から子供たちの保護者に話は伝わり、免許を持つ医師を同伴させることで、ひとりの少年の両親からなんとか承諾を貰った。治療は少年には知らせず、夜、寝ている間にこっそり行なうことに決まった。
夜の段取りは長老に任せておくとして、僕たちは武闘大会のエピソードや飛空艇での冒険の話を子供たちに語って聞かせた。
物語の登場人物であるロメオ君やオクタヴィアが合流して、子供たちは喜んだ。
食べて飲んで大いに盛り上がった。
壇上では大食い競争が始まっていた。五人のメンバーによるステーキの早食い競争である。制限時間は三十分だ。
相変わらず、領主とその連れの魔女が胴元になっていた。
まったくどこから嗅ぎ付けるのか。
馬鹿騒ぎに拍車が掛かった。見てるだけで顎が痛くなりそうだ。
最初はリオナが始めた馬鹿騒ぎだったが、今ではしっかり村の行事に収まっていた。皆が少しずつ作業を分担し、苦労を分かち合いながら大いに楽しんでいる。
ドワーフ連中の周りでは酒飲み連中が騒いでいた。あそこは隔離だ。酒樽で覆え。
僕は祭りの合間にロメオ君たちに盾を見せた。やはりロメオ君は食い付いた。
ロメオ君にも少し重量が軽かったらしいが、それでいいと言われた。これ以上重くすると杖と盾を同時に持つときバランスが悪くなると言われた。
そうだ。武器とのバランスをみないといけなかった。
黒剣を持って盾を構えたら、手ぶらのときよりバランスがおかしなことになっていることに気付いた。僕の場合、もっと重量が必要だった。それに重心の位置も。もっと低くと言ったが撤回する。この位置がベストだ。危うくこちらが恥を掻くところだった。
案の定、他の連中からは総スカンを食らった。
ただ、守備隊のサリーさんがたまたまやって来て、気に入ったらしく購入に前向きになっていた。対魔物用に備えておきたいらしい。まずは自分で使ってみてと言うことのようだ。
翌日、僕は二日酔いのアガタの元を訪れ、改良点を加えて発注を掛けた。
酔い覚ましの万能薬と交換に一割負けさせた。
数量は四つ。レベル一ヘモジが持つおもちゃも含めて、前金を支払った。
後に、さらに改良された盾が守備隊の軽装部隊に正式採用された。
そのせいかどうかは知らないが、盾に名前が付いた。
『スプレコーン』とか『スプレコーン式』とか呼ばれるようになった。
近衛の一部にまで採用されて、一躍アガタの店の名は各地に広まることになった。
祭りの日の夕方、僕は館に呼ばれた。
「お前、自分が何をしようとしているのか分かっているのか?」
長老から話が行ったんだなと僕は思った。
ふたりがいつになく真剣に僕を見つめる。
「冒険者のすることではないわね」
「目の前に倒れている人がいたら、冒険者じゃなくたって助け起こすでしょ?」
「医者の領分だ」
「人としてどうかと言うことでしょ。そりゃ、怪我してれば医者の領分かも知れないけど、薬を持っていたら、それを使うかは助けたいと思った人の領分でしょ?」
「教会に睨まれても?」
「教会がほんとうに人の安寧を願うなら、敵にはならない」
「止めても無駄なのかしらね?」
「救える力があるのなら、躊躇するべきではないと思う」
「他の大勢の人たちが被害を被るかも知れないわよ? ひとりを助けるために百人が死ぬなんて決断は領主にはできないのよ。分かるわね?」
「敵はなんですか? 教会ですか? この世界の倫理ですか?」
ふたりは黙った。どうやって諦めさせようか考えているのか?
「どの道、僕ひとりではできません。ロザリアの他に、医師の手を借りたい。人体に詳しい人の手を。それから風魔法が使える方をひとり」
「どうしても巻き込むのね?」
「ヴァレンティーナ様も姉さんも、あの子たちを見捨てたりしない! 見捨てるような人なら僕は付いていかない」
ふたりが大きく息を吐いた。
「だそうです」
「なるほどの。これが孫が惚れたエルネスト・ヴィオネッティーという少年か」
孫?
恰幅のいい白髪の老人が現れた。重そうな衣装を着込んでいる。
「聖エントリオ教会、現教皇マルケルス十三世猊下だ」
「ええええっ?」
「ロザリアのお爺さまだ。安心しろ、お忍びだ」
「驚かせてしまったな。今回ここへ来たのは光の魔石の情報を聞いたからなのじゃが、よいときに来たものだ。これも神の思し召しというものじゃ。かつて君がやろうとしていることを実践して、異端となった医師たちが大勢いた。当時はまだ麻酔もなく、苦痛を伴う野蛮な行為だった。それ故に、彼らは裁かれた。故に現在、多くの困窮者を前に、教会は見て見ぬ振りをしている。今回、教会は歴史を修正するよい機会を得たと思うておる。かつて異端とされた医師たちの罪状を解くわけにはいかぬが、そこから派生する医術にお墨付きを与えることはできる。但し、それらの行為はあくまで麻酔などの新たな技術の進歩に付随するものとして発表する。教会が性根を入れ替えたからではないぞ。できれば教会の曲がった根性の方も叩き直したいものじゃがな」
そう言って目の前の老人は笑った。




