春を探して(お肉祭り)9
「うっわー、かっけー」
「何それ?」
「盾?」
「うわぁ、ピカピカだ」
「僕も欲しい。ちっちゃいのないのー」
「なんに使うのー?」
「これでお肉焼くの? 網ならまだあるよ」
「油引かないとこびり付くんだよ」
「違うよ、これで切るんだよ。おっきい肉を切るんだよねー」
子供たちが尻尾をフリフリ寄ってくる。
「ええと、これはただの盾なんだよ。そこの鍛冶屋さんに注文してたんだ」
「へー」
あれ、意外に受けてるな、この盾。
「格好いい?」
「よくわかんない」
「わかんない」
「盾ってなーに?」
「魔物捕まえたらその場でステーキ?」
「お肉早く焼いてー」
こいつら…… ハンバーグにペペロンチーノ練り込んだろか!
「ごめんな。これ置いてからまた来るから」
「あー、若様だ。優勝したお話聞かせてー」
ええい! 次から次へと。
「ごめんね。お話し後でね。道開けてねー」
ショートカットしたのが運の尽きか。今から街道に出ても遠回りなだけだ。
おや、リオナが長老たちに捕まっている。
きのうの軽率な発言を怒られているのかな? 肉祭りを主催しておいて、まさかの肉抜きか? さすがにそれは気の毒だ。
「どうかした?」
僕が顔を出すと何ごともなかったようにみんな振り返った。
突然、結界が張られた。
ちょっと何?
「蜥蜴の尻尾を炙り出しておったところじゃ」
トビ爺さんが言った。
「尻尾?」
「新しい住人が増えたじゃろ? 村も大きくなったはええが、知らぬ顔ばかりというのはちいとやっかいじゃ」
「この町の情報を知りたがっている連中は多いからの。チェックはしておったんじゃが。紛れ込んでおったようじゃの」
ホッケ婆ちゃんがリオナの頭を優しく撫でる。
もしかして? きのうの軽率な発言は……
「リオナ? お前わざと?」
「王宮にいたとき照明係に光の魔石を修復する技師がいたのです。だから禁忌じゃないと思ったのです。記憶違いかも知れないから長老に聞いたです。そしたら『その情報流せ』て言われたです」
「ちょっと長老!」
「おかげで何匹か尻尾が釣れた」
「でもみんなに秘密がばれたじゃないですか!」
「わしら、若様よりうんと長生きしとるで、光の魔石んことも多少は知っとる。それに知られるんはこの村の連中じゃ、みんな若様の味方じゃ」
「どうせ秘密にしとっても耳のいい連中にはいずればれるしの。敵ができるんは仕方ないことじゃ。その分うんと味方を増しゃええ。ここは若様のうちじゃ。自分のうちじゃで。心置きなくいなっせ」
「んだ。これで心置きなく使えるべ。なんちゅーたかの? なんとかスキル」
ポンテ婆ちゃんは相変わらずだ。
「貧しさにつけ込む輩は多い。何、今だけじゃ。この村のよさが分かればいずれいなくなる」
ホワイトレッグさんも今日は非番らしい。
「釣れたのは教会ですか?」
「いろいろじゃな。この町に興味を持つ者は多い」
「ああいう輩は、自分だけが耳がいいと思っとる。こちらも聞き耳を立てているとも知らずにの」
「報告は領主様にもしておりますから、安心なさってください」
ユキジさんが割烹着姿で現れた。
「きな臭いことは、守備隊に任せておくといい」
「何もせんし、何も起こらんよ。ただ泳がせておくだけじゃ。さ、内緒話はここまでじゃ、みんな待ち切れておるぞ」
結界は消えた。
「内緒話?」
チコが見上げた。
「お肉足りるか相談してたです」
リオナがチコの手を取り、チッタの元に向かった。
事実はいずれ皆の知るところとなっただろう。あのまま隠し通していても遅かれ早かれ、今ここにいる連中には気付かれたに違いない。ロザリアが我が家にいる以上、教会との接触もゼロになることはない。長老たちは隠す必要のないことで疑念が増すくらいなら、周知の事実にしてしまえとでも思ったのだろう。不審者炙り出しに使おうというのは老獪のなせる技か。
光の魔石の販売を大々的にしなければ、教会も何も言っては来ないし、言ってきたところで提携しませんか程度の話だと分かっているのである。もちろんそのときは高圧的な態度で来るかも知れないが。
兎に角、長老とリオナの企みによって今後、大々的に魔石の改修ができるわけである。製造販売をするつもりは元よりないのだ。
「遅れちまっただか?」
トレド爺さんが孫を肩に乗せて現れた。
「まだ始まっていませんよ」
「ハンバーグという奴を孫が食いたがってんだけんど、どこに並んだらええんじゃろうか? タマネギの臭いを辿ればええと言われてもな」
「あの辺りはみんなそうですよ。多めに手配してますから、焦らなくても大丈夫です」
「よかったな、トレッポ。ハンバーグ食えるってよ」
孫の名前はトレッポというのか? いずれ熊のような巨体になるのに可愛いらしい名前だ。
孫はキョロキョロしながら現物を探している。
時間になったので一斉に窯に火が入った。いい匂いが漂い始めて、会場はざわめき始めた。
特設の壇上にユキジさんが登る。
「これより、恒例『お肉祭り』を開催します。まずはリオナ様からのご挨拶です」
「本日の目玉はハンバーグなのです。最初はタマネギでかさ増しした挽肉で『ええーっ』て残念な気持ちになるのです。でも、できあがりはふわふわなのです。切るとなかから肉汁がジュワーと溢れ出てくるのです。タマネギは甘くて、胡椒はピリリとくるのです。そこに、そこになのです! 秘伝の『デミグラスソース』が…… ジュルルルル。涎出たです。天にも昇る味なのです。エルリンは最高なのです。お代わり自由なのです。みんな頑張って食べるのです!」
歓声が沸き起こった。
「……」
どこが挨拶なんだよ。ハンバーグ食べたときのただの感想じゃねーか。
集まった人たちが一斉に動き出した。どうしても慣れない新参者は出遅れてしまうが、そこは長老たちが計らって、子供たちを優先させる。子供たちはもうとっくに仲よしだ。仲良く手を繋いで目的の料理の前に並ぶ。
「最初は順番が回ってこないから、多めにとっておいた方がいいぜ」と古参の子供がレクチャーするのを新参の子たちが真剣に聞いている。
笑ってしまうほど、食には正直な連中である。
「うんめーっ!」
ハンバーグ目当ての人混みの向こうでいつもの声が聞こえた。
ピノである。
お前なぁ、いつも食ってるんだから譲ったらどうだ? 何先頭に並んでんだよ。
「美味しいのです」
「美味しい」
「やっぱりこの味は格別ですね」
リオナとチコとチッタが皿を山盛りにして戻って来た。
チコはハンバーグの三段重ねである。
ヘモジとオクタヴィアも戻って来た。
「よく踏みつぶされなかったな」
「踏まれた。三回」
そう言って黒猫は靴跡の付いた尻尾を見せた。泥だらけである。
「ナーナ」
ヘモジが治療しろと言うので浄化して汚れだけ落としてやった。で、こいつらが持ってきたのは野菜スティックと、サイコロステーキ、焼きホタテである。急いで並ぶ理由などない。
ナガレがロザリアとやって来た。
「まとめて十人分貰ってきてくれないかしら」
「どうした?」
「身体が不自由な子たちがいるのよ」
聞けば奴隷生活で酷い仕打ちを受けてきた子たちがいるという。普段は家の外には滅多に出ないらしく、僕は今日までその存在を知らなかった。
一度くっついてしまった骨は万能薬でもどうしようもなくて、新しくやって来た子供たちのなかには歩けない子供たちが少なからずいたのだ。
そういう子供たちは人族の姿など見たくないに違いない。
なるべく離れていようと思い、僕は腰を浮かせた。
「どこ行くんですか?」とロザリアに引き止められた。
「優勝した英雄の話が聞きたいそうですよ、あの子たち」
僕はロザリアとナガレに連れられ、椅子に座らせられたまま動けないでいる子供たちの前にやって来た。明らかに骨が…… なんて酷いことを。目頭が熱くなった。
「お兄さんが若様ですか?」
「お話ししてくれるの?」
くそ。悔しい。なんで治せないんだ。万能薬だって、完全回復薬だってあるのに!
「話は、後だ。ちょっと行ってくる。食べててくれ」
僕は消えた。文字通り消えた。
たぶん驚いているだろう。鼻も耳も鋭敏なあの子たちならなおさらだ。僕の完全なる消失に仰天しているに違いない。
僕は『楽園』にいた。
そして、彼らのように歪んでしまった身体を元に戻す方法を探った。




