春を探して1
食後、子供たちはさすがに親の目があるので一旦家に帰すことにした。
子供たちがいなくなると我が家は一気に静かになったように思われた。
が、リオナとナガレがオクタヴィアとヘモジ相手に双六の新作を始めたことで静寂は簡単に破られた。
ナガレが見当たらないと思ったら、新作の双六作りをしていたようだった。
今回は異国情緒溢れる、まさに冒険譚を絵に描いたような双六だった。
コタツでマンダリノを摘まみながら奇声を上げ始めた。
こんなことなら子供たちをもう少しいさせてやればよかったか。
なんでも最後のドラゴンを倒さないと誰もゴールできないルールらしい。勝つために道中で武器や防具や薬を買い、仲間を集めたりと未だかつてない、複雑で破天荒なものになっていた。
魔物に負けると転生と称して振り出しに戻るから、やっている方も気が気ではない。
「んぎゃあー」
オクタヴィアが死んだ。
「スライム相手に何しておる! 防御などいるか! 殴り倒せ!」
アイシャさんが見かねて参戦か?
僕は騒ぎを横目に、明日の予定地を地図で調べていた。
青の洞窟の先となると湖のあるこの辺りか。洞窟までは道もあるし、辻馬車も通っている。問題はその先か……
みんなも行くかと尋ねたら、みんな首を横に振った。寒いというのが総論だったが、実際はそれどころではないようだった。みんなして死にかけていた。
「フライングボードで行くのが早いかな。帰りは転移結晶で直帰できるし」
僕は明日に備えて先に休ませて貰うことにした。リオナに早めに寝るよう、釘を刺すと自室に上がった。
リオナが朝の散歩を終らせてからだから、二つ目の辻馬車に乗ることになるだろう。それに乗れば昼前には青の洞窟に着けるだろう。
翌朝、僕たちはいつもの出で立ちで出かけた。腰に剣、背中にライフルを刺したリュックを背負って。リオナも双剣を腰に下げ、お弁当の入ったリュックを担いでいる。
冬だというのに青の洞窟観光は盛況だった。
どうやら観光地としての認知度も高まりつつあるようだ。
一日で行って帰ってくる周遊コースと現地の宿に泊まっての一泊コースが人気らしい。
僕たちは旅行の団体さんでいっぱいの辻馬車に乗り込んだ。
「おっきな馬車なのです」
魔法学校の通学馬車並みだった。しかもこっちは二階建てだった。でも二階は吹きさらしで、この時期は荷物置き場になっていた。馬は舗装路でない分、四頭立てだ。
御者台には御者と、不測の事態のために護衛がふたり乗っていた。
「若様、お嬢様。搭乗の際は銃の弾は抜いておいてくださいませ。暴発の危険がありますので」
御者が言うので僕たちはカートリッジを外した。そもそも薬室は空なのだが、ここで言い争っても仕方がない。彼も仕事だ。空でも『魔弾』が撃ててしまう身としては黙って従うに越したことはない。
おやつ以外の荷物は二階に上げて貰った。
客商売であるから、客室の暖房はしっかりしていた。却って暑いくらいだった。
リオナは早々に外套を脱いだ。
「お嬢、ギルドで仕事が一件入ってましたぜ」
護衛のひとりが声を掛けてきた。
「不凍湖に行きなさるんなら、水後月の生態調査の依頼が一件ありました」
「分かったのです。ついでに調べておくのです」
日頃酒を振る舞っていると、こういうこともあるらしい。
辻馬車はゆっくりと走り出した。
予定通りの順路を巡り、定刻通りに青の洞窟に到着した。
「ここが青の洞窟か」
山の傾斜に開いた入り口は思ったより小さかった。
人がすれ違えるほどの幅しかなく、入りと出で通路が半分に分けられていた。夜には閉まるだろう、重い鉄の扉が今は開け放たれていた。
すっかり観光地だな。
出店、土産屋、お食事処に宿屋等々。洞窟入り口付近に並んでいた。
僕たちは喫茶店に寄って、喉を潤し、小腹の隙間をトーストで埋めた。
「美味しかったのです」
分厚いトーストにたっぷりバターと粉砂糖。
「洞窟見ていくか?」
僕がそう尋ねると「今日は春を探すのです」と突っぱねられた。
僕たちは武装を確認しながら観光地のはずれを目指した。
観光客のなかで冒険者の出で立ちは随分と目立っている。何より小脇に抱えたボードが人目を引いた。地元の人間ならいざ知らず、他の領地から来た人たちには見たこともない代物だった。
リオナが先に雪の上にボードを落とした。バインディングの調節はしてきたので後は足を固定するだけだ。リオナが地面を蹴った。
僕も後に続いた。
傾斜もない雪原を一気に加速すると、僕たちは空に舞い上がった。
あっという間に森の上空に出た。
観光客は唖然としながら、僕たちの軌跡を見送った。
森の針葉樹は雪原に生えた針の山のようだった。どこまでも丘陵地帯を覆っていた。
リオナが行き先を察知したようで、進路を変えた。
僕は上空を警戒しながらリオナの後を追った。
空はどこまでも澄んでいた。
身を隠せない世界に飛ぶ鳥はいなかった。
動物たちの息づかいが、小鳥のさえずりが森のなかから聞こえた。
大きな点が見えた。
「リオナ!」
リオナが剣を抜いた。
森のなかに何かいる!
無害ならやり過ごすして構わないが、この大きさは危険だ。
接近するに従ってそれが何だか分かってきた。
「でっかい氷なのです!」
「アイスゴーレムだ!」
珍しい。
万年雪の世界で岩のように埋くまっていると聞いたことがあるが、なぜこんな平地に?
足跡は遠く東から続いている。
このまま進んでも西に抜けるだけだ。街道に接するときトラブルが起きるかも。でもあの足なら雪融けの方が早いかも。否、そもそもあれは溶けるのか?
ユニコーンも見逃しているようだし、どうしたものか?
迷宮ではないのだから倒したところで何も手に入らない。氷塊を手に入れても重いだけだ。
突然、アイスゴーレムが棍棒のように太い腕を地面に叩きつけた。
「なんだ?」
地表に大きなクレバスができた。
ズズン。
周囲の雪の塊が地の底に引きずり込まれるように落ちた。
割れ目が大きくなったと思ったら、地の底に水流が現れた。
大量の雪の塊が音を立てて水面に没した。
どうやら足元は川の畔だったようだ。
アイスゴーレムは進行方向を変えてまた歩み始めた。
一体何がしたいのか?
「見逃すですか?」
別の大きな反応が複数現れた。
「ユニコーンだ」
ちょうどいい、決断は彼らに任せよう。
僕たちはその場を後にした。
しばらく気にして気配を探っていたが、接触した様子はなかった。テリトリーを侵さない限り、無益な殺生はしないということだろうか?
重いからと『魔物図鑑』を置いてきた日に限って、必要になる。
やがて、真っ白な景色のなかに黒々とした染みが現れた。
接近するに従いそれは銀色の輝きを増し、水面からは霧が立ち昇っていた。
「これが不凍湖……」
湖に温泉が湧いているのか、流れ込んでいるのか、凍ることなく微かな風に水面を揺らしていた。たくさんの水鳥の群れが優雅に湖面に浮いていた。
幻想的な風景だ。
霧に囲まれた湖はまるで磨き上げられた鏡のようだった。
「あそこに降りるのです!」
「おい、警戒しないと!」
僕は急いで後を追った。




