武闘大会(帰還)14
「この分じゃ、村はもっと酷いことになってるんだろうな」
予想が裏切られることはなかった。
中央広場から村の入り口に差し掛かる街道を進むと、そこには大騒ぎをした形跡があちらこちらに散在していた。
街道から村のなかを覗くと何をしたのか知らないが、大木が何本も横倒しになっていた。
奥様連中が不満を漏らしながら、どんちゃん騒ぎの後始末に駆けずり回っていた。
馬鹿騒ぎをした代償に村の半分がこの時間になっても高いびきである。
「まったく、困ったものですね」
ロザリアも開いた口が塞がらない様子だった。
でも、気持ちは分かる。誰よりも僕と一緒に喜びを分かち合いたかったのはリオナのはずだから。でも僕は、リオナが出入り禁止になっている王宮で晩餐会だ。きっと寂しかったに違いない。
長老たちもそれが分かっていたから無茶を止めなかったのだろう。
家の玄関を潜ると、こちらも屍の山ができていた。主に子供サイズだったが。居間で全員転がっていた。
どれだけ食ったらそんなに幸せそうな寝顔ができるのかね。
食堂の上には豪勢な食事を食い散らかした跡が残っていた。
「すいません。みなさんついさっきまで騒いでいたものですから」
エミリーが眠そうな目を擦りながら言った。
「エミリーは寝たの?」
「わたしはこれを片付けてから休ませて頂きます」
「手伝うわ」
ロザリアが片付けを手伝うようだ。となれば僕もエミリーの睡眠時間確保のため手伝わねばなるまい。
「アンジェラさんは?」
「夕飯の買い出しに」
さすがに爺さんも道場がどうなっているか心配になったようで、取り敢えず見てくると言って出て行った。
町は結局、夕方まで酔いつぶれていた。
僕はみんなが寝ている間に風呂に入ってのんびりすることにした。さすがにガラスの棟の大浴場は二日酔い連中で満杯だろうから、自宅で済ませることにした。
今回活躍したアクセサリー二十点セットを専用の収納箱に収めると、宝物庫の棚に飾った。
「ようやくそれらしいものが、我が家の宝物庫に」
感慨も一入である。この部屋にあるものと言ったら、ロメオ君が普段着ている『闇の信徒』の装備の色違いぐらいだったからな。
自室に着替えを取りに戻ると、書庫の奥の方でハイエルフが蠢いていたので、挨拶だけして部屋を出た。
風呂はいい。
大会の疲れが溶けていく。
しばらくのんびり湯船に浸かっていると、外野が騒がしくなってきた。
子供たちが目を覚まし、僕たちが帰ってきたことに気付いたようだ。
「どこだ、どこだ」と騒いでいる。
のんびり湯船にも浸かってられないのか。襲撃される前に湯船から出ることにした。
脱衣所を出ると子供たちに囲まれた。
「お帰り、兄ちゃん」
「若様、お帰り」
「お帰りなさい」
「おめでとうございます」
「若様、優勝おめでと」
「ただいま、みんな」
オクタヴィアが居間の隅から顔を出した。
「オクタヴィアもただいま」
「お帰り」
リオナの姿を探したが、いなかった。
「姉ちゃんなら自分の部屋で寝てるよ」
「寝たのいつだ?」
「ついさっき。ずっと兄ちゃんが帰ってくるの待ってたんだぜ」
恐らく僕たちがポータルで町に到着したのを確認してからだろう。
僕はリオナの森に入った。
温室特有の生暖かさと湿気があった。神樹の奥にそびえる大木の、くねった幹の上に木製のツリーハウスが載っかっている。
僕は木の幹に巻き付いている階段を登って、リオナの部屋にお邪魔した。
普段なら足音に気付いてあの丸窓から顔をひょっこり覗かせるのだが。
本当にお疲れのようだ。
僕は丸窓からなかを覗いた。部屋の半分を占めるベッドに小さなリオナが転がっていた。
「熟睡してる」
余程待ち疲れしたようだ。
いくら帰りが今日の昼だと分かっていても、リオナにとって余りいい思い出のないあの王宮から僕たちが帰ってくるまでは、安心できなかったに違いない。
「晩餐会の料理、折り詰めにして貰ったんだが」
耳がぴくりと動いた。
「狸め」
リオナがバサッと起き上がって、口を尖らせて僕を睨んだ。
「狸じゃないのです!」
「ただいま。寝たふりしてたろ?」
「気付いて起きただけなのです!」
「そういうことにしといてやるよ。で、折り詰めどうする?」
「夕飯まで我慢する」
さっきまで食ってたんじゃ、食えんわな。
「中入っていいか?」
「いらっしゃいなのです」
外から見るよりずっと大きな部屋だった。生きた木の香りが充満している。
部屋中に小さな植木鉢が並んでいた。
相変わらずガラクタ集めは続いているようである。
本棚には料理本が並んでいた。
「料理人にでもなるのか?」
「舌の肥えたお客さんになるのです」
どう見ても作り手のためのハウツー本だが……
「アンジェラさんやエミリーが読めるようにした方がいいんじゃないか?」
「それは盲点だったです!」
窓の外は最近めっきり見なくなった緑色に溢れていた。
「今が冬だとは思えんな」
「いつでも遊びに来ていいのです。そうすれば木も喜ぶのです」
「そうだな。遠慮しすぎたかな」
「木も家族なのです。もっとお話ししたいのです」
「じゃあ、もっと遊びに来るとするかな」
リオナが嬉しそうに笑った。
「明日、春を探しに行くのです」
「明日?」
「飲み屋で教わったです。青の洞窟の先にこの森で一番早く春が来る場所があるそうなのです」
「そりゃ、楽しみだな」
それから、子供たちもやって来て、温室のなかで賑やかに過ごした。子供たちも普段は遠慮してここには立ち入らない。初めて見る珍しい木々の間を鼻を突き出し、嬉しそうに飛び回っていた。
「ここには薬剤官が管理してるものもあるから、折ったり引っこ抜いたりするなよ!」
「わかってる!」
獣人族の子供たちは思い思いに森のなかを探索し始めた。
にも関わらず、しばらくすると神樹の前に集まって、みんなで宿り木を見上げていた。
「マーベラス!」
口を揃えて感嘆の声を上げると、再び散っていった。
「……」
お前ら、おかしな宗教に入ってるんじゃないだろうな?
リオナがベッドの上で笑いころげている。
草木の匂いを嗅いでるだけなのに、みんな幸せそうだった。
匂いのなかにはいろいろな情報が隠れていると、以前長老が教えてくれた。人族には分からない様々な情報があの子たちの鼻先を飛びかっているのかも知れない。
しばらくしてアンジェラさんが勝手口から帰ってきた。
気配を察知したリオナがベッドからすっくと立ち上がった。
「折り詰めなのです!」
僕たちは森を抜け出して、食堂を目指した。
「お帰り」
「ただいま。うまくやったみたいね」
たくさんの荷物を抱えていた。サエキさんは今日まで休みなので、大変だ。
「はい。おかげさまで」
「あれは?」
食堂のテーブルに置かれた保管箱の山に目を向けた。
「折り詰めです。晩餐会の残り物ですけど」
「王宮の晩餐会の料理?」
「一晩経っちゃいましたけど、保存の術式は掛けてあるので」
「そりゃ、楽しみだね」
ふたりで話していると、子供たちがそそくさと自分の指定席に座った。
アンジェラさんは笑った。
「しょうがない子たちだね。座ってないで配膳手伝いな」
子供たちがワラワラと動き出した。
ヘモジは居間でオクタヴィアとおしゃべりをしていた。恐らく晩餐会の料理のことでも話しているのだろう。小さな身体で大きな身振りをして、真剣だ。
オクタヴィアの口元からは涎が滴れ落ちていた。
きちゃない。
突然、足元の絨毯に浄化魔法が施された。
アイシャさんが階段から見下ろしていた。
「涎を垂らすなら、馬小屋に行け」
怒られた。
オクタヴィアは必死に両手で涎を拭っている。
その両手はどうする気だ?
いつもならエミリーが気を利かせてタオルを持ってきてくれるが、困り果てて周囲を見渡している。
チコちゃんがタオルを持ってきた。
「ちゃんと手を拭きなさい。駄目ですよ」と言った。
そのしゃべり口調が、姉のチッタそっくりだったので思わず吹き出した。
アイシャさんまで笑い出して、チコちゃんはきょとんとしていた。
本当にこの家は楽しい。
リオナが待ち切れなさそうに台所を覗いていた。子供たちも一緒だ。扉から伸びた、何本もの尻尾がうねうねと揺れていた。
「仕事しないと食わせんぞ」
子供が蜘蛛の子を散らすように散っていった。
チッタとテトは足りない手足を目一杯伸ばしながらテーブルを拭く。
ピノとピオトは食器を専用のワゴンに収めて食堂に運び込んだ。
爺さんが溜め息を付きながら戻って来た。
「どうでした?」
「道場が修羅場になっておった。あれほど道場は神聖な場所だと言うておるのに、仕方のない連中じゃ」
そうこうしている間に食事がテーブルに並んだ。
「いただきまーす!」
落ち着いた夕飯とはならなかったが、お互い不在の間の情報交換はできた。




