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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第八章 春まで待てない
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武闘大会(余興)13

 翌朝は朝も早くから、闘技場に人だかりができていた。

 いつもの面々の他に、今大会の優勝者の力量を確認したい連中が詰め掛けていた。

「ナーナーナ」

 今回はヘモジを出しておいても別段文句は言われない。公式戦ではないから気楽なものだ。

 デメトリオ殿下の装備は普段使っている鎧だったし、僕も普段の狩りの衣装だった。さすがに剣は大会用の物を使うことになったが、問題はアクセサリーだった。協議の末、互いになしということになった。僕の『装備破壊』も当然、禁止された。殿下の装備はそれなりの物で、国民の血税でできているから壊すわけにはいかないという理由だった。

 どこまで本気なんだか。

 年代物であることは確かだった。

 剣を構えただけで、かなわないと感じた。まるで狐に睨まれた兎だった。

 実際戦闘が始まってみると、意外なほど長丁場になっていた。

 僕の結界が思いの外、強力だったらしく、通常攻撃では殿下も活路を見いだせないでいた。

 一方、防御以外からっきしな僕の攻撃もまた王子に触れることはなかった。こちらの攻撃はことごとく空を切った。

 互いに決定打がなく、時間だけが過ぎ、業を煮やした国王が引き分けの裁定を下した。

「互いに手加減しすぎだ」と指摘された。

「いや、さすがに本気は不味いだろ、な?」

「はい、殺されるのはごめんです」

「エルネスト、そこは気合いだろ、気合い! 俺とやったときの気概はどうした!」

 あれはあんたの女癖が悪かったからだろ。

 王様の小言は続いたが、ギャラリーの反応は悪くなかった。

 デメトリオ殿下をてこずらせたという結果だけでも、充分という評価を頂いた。

 一方僕は、殿下が大会優勝者へのお情けで引き分けてくれたと理解した。強力な一撃を貰うタイミングで随分手を止めて貰った気がしたからだ。

「エルネスト。一度お前の魔法を見せてくれんか?」

 殿下が意外な申し出をしてきた。

「あれ以外にだ」

 そう言ってヘモジを指差した。

「お前が魔法使いだというのが、やはりしっくりこぬ。その歳で、その剣の腕より魔法が勝るというのが、どうにもな」

「そうですか?」

 僕は闘技場の会場一面を一瞬で凍らせた。

 凍らせていつぞやのように彫像を作った。さすがにドラゴンはまずかろうと思ったので別のものにしておいた。

「これは!」

 観客席のギャラリーが総立ちになった。王様ですら目を見開いた。

「バジリスクです」

 さすがの面々も驚愕して、言葉を失った。

 殿下が生唾を飲み込んだ。

 バジリスクの姿を見た者は大概死んでしまうわけで、氷像とはいえ、その正体を見ることは奇跡に近い体験であった。

 皆、これ以上ないほど目を見開き、輝かせると同時に、ふつふつと心の奥に恐れを抱き始めた。

 つい一年前にこの実物がスプレコーンを襲撃したことを誰もが思い出したからだ。

 僕は観覧席でロザリアの腕のなかにいたヘモジを呼んだ。

「ヘモジ!」

 ヘモジは観客席から颯爽と現れて僕の前で仁王立ちした。

「一撃で頼む」

「ナーナ!」

 ヘモジはミョルニルを小さな身体で振りかぶると全力で振り下ろした。

 巨大化したミョルニルは実物大のバジリスクの彫像を一撃で粉砕した。

 観客は唖然として立ち尽くした。

「なっ!」

「何が起こったんだ?」

 観客たちは身を乗り出した。

「大変よくできました」

 僕はヘモジを褒めた。

「ナーナー」

 格好を付けて、ミョルニルをくるくる回しながら腰ベルトに挿すと、僕の肩に飛び乗って誇らしく胸を張った。

「これは、見誤ったものだ。なるほど、小さくともりっぱな召喚獣だ」

 殿下は声を震わせて、笑いをこらえていた。

「元は巨大なトロールです。元の姿に戻すとパニックになるので今はこの姿で」

「ナーナ」

 ヘモジが可愛く頭を下げた。

 お堅い雰囲気を壊すのにこれ程の適任者はいない。一体誰が、この可愛い召喚獣に敵意を抱けるというのか。

 牙を抜かれた一同は、僕をすぐに解放してくれた。

 そう言えば、僕に一点賭をしたはずのガウディーノ王子の姿が見えないが。

「あいつならもう王都にはいないぞ。あいつは金を持つとさっさと王都から消えちまうからな」

 弟を穀潰しのように言ってるが、デメトリオ殿下の目はそうは言っていなかった。

 諜報? そうか、それが彼の……


 僕は、別室を借りるとそこで『神薬』の製法を記録することにした。姉さんと爺ちゃんが付き合ってくれた。

 魔法の塔で使われる公文書の書式が書かれた紙を渡された。

「日時と場所、氏名に住所。帰属はヴィオネッティーにしとけ」

「『紋章団』じゃなくて?」

「いつまでもヴァレンティーナがいると思うな。遠い先のことまで考えろ」

 何百年ぐらい?

「本文はここだ。誰でも検証できるように順序立ててな」

 言われた通り、まず材料を列記し、分量を明記する。調合に使う器材を記し、作業を順序立てて記載した。そして最後の行程に『魔素の充填』と記録した。

 僕は記録のすべてを嫌がらせも込めて、エルフ語でしたためた。

 ふたりにはお手のものだったが、魔法使い以外の不届き者が閲覧してもまず読めない代物だった。そして最後の行程。

 この言葉の意味が分かるのは『魔素』と『魔力』の違いを明確に分けて理解できる魔法知識の持ち主だけだった。しかも『魔素』を操れる者だけが製造できると暗に示したのである。

 要するに、これを製造できるのは『魔弾』使いであるヴィオネッティー、或いは同等のスキルを持つ者に限られると言っているのだ。しかも、『魔素』を一定量、僕はここの部分をあえて記さなかったが、補填できる者に限ると限定したのである。

 因みに一定量とは原液を満たした金属製の大瓶のなかに飽和する、目一杯の量。具体的に言うと、『魔弾』十発分ぐらいだ。

「どこが具体的じゃ」

 爺ちゃんに突っ込まれた。

「飽和するまでって言えば分かるでしょ?」

 最後に容器に蓋をして、魔力定着の魔法陣を書いた封を施す。待つこと一週間? 記憶にないので長めで、適当に。

 書き上げた書類を更に姉さんが封印。許可のない者が読もうとしてもただの白紙にしか見えない術式を施した。

 その書類をアシャン老が受け取ると、さらに僕には分からない封印を施した。

 後は王様の血の一滴を垂らすだけだ。


「そうだ、ブックメーカーに寄らないと」

 姉さんと爺ちゃんに事後処理を頼んで、僕はロザリアとゼンキチ爺さんと一緒に帰路に就いた。もちろんヘモジも一緒だ。


 アシャン老の白亜城の引っ越しにはいろいろ手続きが必要らしく、もうしばらく時間が掛かるとのことだった。退去期限は切られているので、焦らずのんびり待つことにした。

 とは言え爺ちゃんは王都の別宅住まいなので、引退するまでは一緒に住むことはなさそうである。



 賭の報酬で懐を温かくして、スプレコーンに戻ると、町は惨憺たる状況になっていた。

 太陽が中天にあるというのに、累々たる酔っ払いの山がそこかしこにできあがっていた。

 まだ雪も残る季節だというのに困った連中である。

「お帰り、若様。優勝おめでとう」

「若様、おめでとう」

 すれ違う女性や子供たちが手を振ってくれた。

「やったな、若様」

「優勝おめでとう」

 道行く人たちが皆声を掛けてくれる。

「おお? 帰ったのか、若様」

 長老のホワイトレッグさんが、部下を担ぎながら飲み屋から現れた。

 酒場を覗き込むと、二日酔いの酔っ払い連中がゾンビのように唸っていた。

「これは一体?」

「リオナだ。町中の酒場であんたの武勇伝を言いふらして、大盤振る舞いしてこの有様じゃ」

「やるとは思ったけど…… 町中ですか……」

 被害は獣人族だけにあらず。人族も大量に巻き込んでいた。

 賭で儲けた分、散財するつもりか?

「余程嬉しかったんじゃろうな」

「まだ寒いんだから、凍死しないでよね」

「任せておけ」

 その場をホワイトレッグさんたちに任せて、僕たちはその場を後にした。


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