武闘大会(予選)5
試合が開始されたようで、急にみんな活発に動き始めた。一人の大男が仕掛けて手近なところを数人舞台の外に落とした。それを皮切りに、一斉に大男が襲われて大男が退場し、後は混戦である。
「どんな案配じゃ?」
「半分減ったところです」
「ようやくまともに武器が振れるようになったかの」
つまり、開始から数分、剣を振るうスペースもなかったと?
「振り上げた途端、押し出されるのが落ちじゃ。序盤は地に足着けておればええ。変にバランスを崩すと、場外に押し出されかねん。掃討はデカ物連中に任せて、そなたは距離を取って身を低くしておればええ」
わざとステージを狭く区切ることで、接触を増やし、進行を早める狙いがあるから、その手にのるなと爺さんは言った。
そうこうしている間に順調に人数が減っていって、やがて一試合目の決着が付いた。
「流れは分かりました」
「結構」
僕たちは椅子に座ったまま次の試合も探知スキルで追った。
第二試合は一試合目とまるで違って物騒な試合展開になっていた。別格の強さを持つ三人が周囲を蹂躙したのだ。
「不愉快じゃな」
爺さんが言った通り、それは勝負と呼ぶには残酷な結果になってしまっていた。
「三人の名前はチェックですね」
「相手にする価値もない」
今頃、国王のおっさんも怒り心頭という所だろう。
この大会は武闘大会であって、ならず者が力比べをする場ではない。三人が仮に優勝しても、誰も彼らを雇い入れないだろう。同じならず者以外は。同情はしない。力に溺れるものはより大きな力に駆逐されるのみだ。
「エルネスト様」
突然、声を掛けられた。係の者だった。
「何か?」
「それが、重傷者が多数出てしまいまして」
「薬なら、事前に用意しているでしょう?」
「それが参加者のひとりがレベルBの毒を使いまして、観覧席にまで被害が広がっております」
道理で三人の動きだけがよかったわけだ。
「持ち込まれたのですか?」
「いえ、スキルのようです。こちらで準備した解毒薬の在庫では数が足りません。急ぎ用意させておりますが、毒性が強すぎて、間に合わないかも知れません。こんなことは前代未聞です。もし薬をお持ちでしたら、なんとかご用立て願えないでしょうか? 警備主任が『あなたならなんとかしてくれる』と」
警備主任が誰かは知らないが、爺さんと顔を見合わせた結果、「協力して差し上げたら」ということになった。とは言え、今僕も余分の持ち合わせはない。自分の戦闘で消費する分だけしか持ち込んでいなかった。
「ヴァレンティーナ様のテントは分かりますか?」
係の者は頷いた。旗が立っているから問題ないだろう。
「僕の仲間がいます。事情を説明すれば『万能薬』を分けてもらえるでしょう」
ロザリアもいるからなんとかするだろう。
係の者は深々と頭を下げて、走り去った。
「会場係も大変ですね」
後ろ姿を見て思わず同情してしまった。
「毒を撒き散らすスキルなんてものがあると思うかね?」
「『毒の息』というのは聞いたことがありますよ。でも、薬が大量にいるほど深刻な状況になるとは思えませんが」
「まったく…… 三十年で大会の品位は地に落ちたかの……」
「前代未聞だと係の人も言っていたでしょ。今回の景品がそれだけ尋常ならざるものだと捕らえた方がいいのかも知れませんよ。たぶん大したものじゃないと思うんですけどね、僕は」
「勘かね?」
「推察かな」
「だったら参加しなくてもよかったんじゃないかね?」
「最近城に興味を持ちまして、一つあってもいいかなと」
大笑いされた。
あのアシャン老が大事な物を城になど置くはずがない。恐らく自分の作り出した空間に収めて誰の目にも触れられないようにしているはずだ。
爺ちゃんにとって城は文字通りただの居城だ。秘密なんてありゃしない。精々家族の思い出が残っている程度だろう。いや、それこそが宝か。
問題はそれが分かっていて姉さんたちが本気で狙っている点だ。目立つなといつも言ってる姉さんが禁を破ってまで僕に取らせようとしているのはなぜか?
姉さんなら城ぐらい自力で建てちゃいそうなんだが。白亜城とは一体……
試合は現在中断中だ。会場の浄化作業が行なわれている。
やはりロザリアが解毒魔法を展開しているようだ。重篤者も何人かいたようだが、息を吹き返したようだ。
愛すべきは我が同胞である。
国王が観覧している場所で毒を使うなんて、手が後ろに回ってもおかしくないぞ。馬鹿なんじゃないのか、あの三人組。思わずそう言いたくなるが、規則違反ではないため、お咎めはなさそうである。来年からは会場の障壁に毒の無力化が加わることだろう。
騒ぎはまだ沈静化していないが、三組目が入場するようだ。
僕たちは空いた控え室に入った。
「武器を選ぼう」
片手剣と盾を選んだ。握りやすい物を選ぶとどうしても細身の剣になってしまうが、仕方ない。盾は軽めの物を。どうせ結界でごまかすんだから、重装である必要はない。
「見られておるの」
こちらの一挙手一投足を追い回す視線が纏わり付く。対戦者の半分は僕狙いのようだ。
「あの王子、余計なことをしてくれたの」
まったくだ。何が僕一択だ。面倒臭い。
「あっ、賭けるの忘れた」
「賭は明日じゃ。予選で賭ける相手を見つけるんじゃろうが。今は余計なこと考えるな」
そうでした。ちょっと気になったもんで。
「儲けようと思ったら、予選は大人しくしておかないとな。オッズが上がってしまう」
僕は笑った。爺さんが賭ける気満々だったからだ。
第三戦は滞りなく行なわれた。手練れの騎士五人が予選を通過した。
「第四戦、参加者。集まってください。名前を読み上げます。最後の装備チェックを受けて下さい」
十人近い係の者が一斉に装備チェックを始めた。申告書類と差異がないか入念にチェックが行なわれた。この人たち全員『認識』スキル持ちである。僕のお友達である。
全員異常なしの判定を受けた。席に戻って人心地付いたところで、入場の合図を受けた。
「行ってきます」
「気を付けてな」
僕はステージに向かう集団に紛れた。文字通り、紛れたのである。
「予選四組、試合開始ッ!」
審判の手が振り下ろされた。
合図と共にわーっとなると思いきや、誰ひとり動かなかった。
おや? もしかして全員、僕狙いだったのかな?
僕は現在、筋骨隆々な男の後ろに隠れているところだ。
まだ誰も動こうとしない。
いやー、『隠密』スキルが成長するとこういう世界が開けるんだな。急に『隠遁』スキルが欲しくなった。この際、ここで頑張ってスキルを伸ばそう!
よーし、なんかやる気出てきた。
ひたすら深く沈降する。魔力を押さえ、呼吸を押さえ、会場と同化する。いつでも飛び出せる準備だけはしておいて……
しばらくすると業を煮やした連中が、動き出した。突然隣りの奴らを襲い、場外に叩き出したのだ。
こうしてるとひとりひとりの動きがよく分かる。僕と同じように目立たないように行動しているものが三人。力に自信があって、仕掛けている連中が五人。
その内のひとりは僕が隠れさせて貰っている男だ。パワータイプの重戦士だ。あの力は明らかに装備付与だ。ただでさえ力が有り余っていそうな二頭筋なのに二倍…… 三倍か? 一点極振りか。あの一撃は正面から受けると腕が折れる。このおっさんは抜けるだろうな。
逃げ回っていたひとりが別のファイターに捕まった。なんだ? 余裕こいていたんじゃないのか? あっさりやられた。が、やったファイターは別の戦士に押し出された。
なるほど、爺さんが「大人しくしていろ」と言った意味が分かった。敵の攻撃がどこから来るか皆目分からない。共闘を組んだ次の瞬間、襟首掴まれて場外にポイだもんな。わざわざステージをこしらえて場外を設定したのは主催者側の優しさだな。見た目以上に力の優劣が存在する。
果たして僕はどちら側の人間か?
数がようやく半分になった。が、まだ僕を捕らえる者はいない。




