エルーダ迷宮暴走中(ピザ製作)34
こんなに長く炎と付き合うことはなかった。特にこの熱気。普段大気に逃げるはずの熱気が窯のなかに籠もっている。煙突に揺らめく蜃気楼。
なんだか自分の苦手な火の魔法のイメージがより具体的な物になった気がする。
日も暮れ、列の人たちも大方捌けた。こんな時間までよく並んでくれました。最後の人たちを入場制限を解除してなかに入れた。
さすがのエミリーも子供たちももう居眠りしている時間の方が長い。
今日の給金ははずんでやらなきゃな。リオナの金で。
当人も頑張って接客している。味を占めたのか、時たま「疲れた」と言って肉入りピザを要求してくるが、最後は「絶対太るからね」とエミリーに言われてなんとかこらえていた。
厨房のなかももう壊滅状態だ。子供たちが手伝ってくれたが、慣れない生地作りの作業に参ってしまっていた。
ようやく終わりが見えてきたので僕は全員に気合いを入れた。
「さあ、最後のお客だ。頑張っていこう」
窯の火を落としたのはそれからちょうど二時間後だった。長かった……
あのサエキさんが椅子の上でぐったりしている。
「あの…… 本日はリオナの思いつきのせいで、このような事態を招き、大変申し訳ありませんでした。今後このようなことにならぬよう、気を付けるので、本当にごめんなさいなのです。つきましては本日のお給金をはずませていただきますことで謝罪にかえさせて頂きます。お許しくださいますよう、お願い申し上げます」
さすがに失敗だったと悟ったのか、リオナがみんなを集めて謝罪を述べた。原稿を用意したのはナガレのようだ。
「みんな万能薬だ。取り敢えず飲んでくれ」
僕は小瓶を全員に振る舞った。
全員が万能薬のことを忘れていた。
「もっと楽できましたね」
「すっかり忘れてたよ。悪いな、エミリー」
「いえ、これで元気百倍です」
「すっげー、疲れが吹っ飛んだ」
ピノが両手を振り回している。
「これが噂の万能薬なんですね」
サエキさんが肩を回す。
「でも無茶苦茶高価なんだぜ」
「薄めてるから大丈夫だよ」
「さあ、後片付けだよ。もう一踏ん張りがんばるよ」
アンジェラさんの号令と共に厨房の清掃作業が始まった。
裏門から誰かが入ってきた。この気配は……
「ごめん、姉さん。もう窯の火落としちゃったんだよ」
「大変なことになった。これにサインしろ」
「何?」
僕は何かのエントリーシートを渡された。
「参加申込書?」
「お前には武闘大会に出て貰う」
「なんで僕が! 出ないよ。騎士にはもう未練ないから!」
「そんなこと分かってる! わたしだってお前を人目にさらしたくない! だが、景品が……」
「景品?」
一等賞品、白亜城移築権。これか?
「何これ?」
「白亜城だ」
「だから、何?」
「アシャン老の居城だろうが! 何度も一緒に行っただろ!」
「記憶にございません」
「ああもう、確かにお前はまだ小さかったしな。兎に角この城は誰にも譲れんのだ!」
「でも城が手に入るわけじゃないよね? 移築権だし。っていうか移築権って何?」
「移築先を決める権利だ。今ある王都の東のエリアは再開発が盛んでな。今の領主が契約期限と同時に出て行って貰いたいらしい。あの城の価値も分からないとは愚かなことだ」
「よく分からないんだけど」
「今城のある場所の領地はハイサックス領と言ってな、爺さんの親友だった男の領地だったんだ。共に骨を埋めようと誓い合った仲だったんだが、親友は先の戦争で亡くなってな。アシャン老も随分次代の領主のために頑張ったんだが、それが不味かったんだろうな。次代の領主が重石に思ってか、反りが合わなくなってしまってな」
「それで期限切れと同時に出て行けと」
「何がなんでもあの城を他の奴にくれてやるわけには行かないんだ」
「随分こだわるね」
「当たり前だ! あの城は代々、爺さんの一族が暮らしてきた城だ。爺さんに世継ぎがない以上、このままでは王家に返上することになる」
「それでいいんじゃ?」
「馬鹿を言うな! あの城には一族の記憶が眠ってるんだぞ。それを無に帰するのか!」
「でも血筋が絶えてしまったら、しょうがないよ。爺ちゃんだけなら老後うちで預かってもかまわないし」
「そんなことになったら母さんがまず名乗りを上げるわよ。母さんの家系の方が爺さんに近い。それより城だ! あれは誰にも渡せんのだ!」
「爺ちゃんの一族の秘密が残ってるわけね。いろいろと」
「爺さんが死んだら、城は城のある領地の領主が一時的に、或いは恒久的に管理することになるだろう。そうなればこの国一番の魔法使いの一族が蓄えた膨大な情報が手に入るわけだ」
「でもなんで爺ちゃん、こんな方法とったんだ?」
「恐らくだが、お前に取らせたいのではないかな?」
「回りくどい」
「爵位も何もない子供に他に譲りようがあるか?」
「優勝できるとはとても思えないけど」
「移築できる土地はある。後は優勝するだけだ。開催日までまだ二十日はある。焦る必要はないぞ。迷宮遊びは中断して、この際剣の修行に精を出せ」
「まじかぁあー」
「爺さんのためだ。負けるなよ」
百戦錬磨の戦士が集まるんだよな。どう考えても無理だろ。
姉さんはそれだけ言うと、余ったワインボトルを持って出ていった。
「またおかしなことになったねぇ」
アンジェラさんと後ろ姿を見送った。
「ヴァレンティーナ様とかが出た方が話が早いんじゃないの?」
「役職にある身は、役を捨てなくてはエントリーできんからの。それに生涯にチャレンジできる回数は三回じゃ。大概の名うての騎士は使い果たしておろう」
「爺さん、今まで何してた?」
「廊下は繋がっておるんじゃ、道場にも客は来る。来た客に茶を振る舞っておった」
「ご迷惑おかけしたのです」
「たまには、騒がしいのも面白い」
残り物のピザとワインが出てきた。
「これが噂の?」
「ピザです。温め直したものなのですが」
エミリーが答えた。
「すいません、できたてをお持ちすればよかったですね」
「忙しいのは分かっておったよ。わしが食べに来ればよかっただけの話じゃ。これで充分じゃよ。エミリー」
夕飯をすぐ用意すると言ってエミリーは奥に引っ込んでいった。
「で、どうする?」
「見かけから行きます。即席では鍛え上げた連中には勝てない。装備品とスキルを取り敢えず揃えます」
「止むを得んの。入手の心当たりはあるのかの?」
「ええ、まあ。明日までに当たりを付けます」
「わしも本格的にやる用意をせんとな」
「助かります」
今夜スキルを探す。『楽園』のなかで入手方法を検索することにする。
どんなスキルを手に入れようか。
明日は近接特化の装備品集めだ。装備できるのは首、腕、足首、それと十本の指。これで身体能力のなさを補う予定だ。
今は後片付けである。




