エルーダ迷宮暴走中(ピザ製作)33
渡り廊下に椅子とテーブルを並べる。廊下から中庭の景色を楽しみつつ、ピザとワインを楽しむ。なんともお洒落なことになってしまっていた。
さすがに大勢で押しかけるわけに行かず、ガラスの棟前の表広場に面した裏門で入場制限が行なわれていた。
リオナたちも食べる側から接客する側に変わり、僕はピザ焼き班で「今日は休日なのか?」と考えている始末。
さすがにうるさくなってきて起き出したロザリアは事態に呆れ、アイシャさんは書庫の奥の鍵部屋に消えた。
オクタヴィアとヘモジはようやく自分たちの過ちに気が付いて、二枚目をゲットすると、ヘモジはぱくりと食べ、オクタヴィアはギブアップした。さすがに猫に二枚はきつかったようだ。
残りは保管庫に取っておいてやることにした。
ピザは次から次に焼かれた。そして噂はどんどん人を呼び込んだ。
「なんじゃ、この伸びる食べ物は! 新手の餅か?」
「若様のお家ってのは随分雅なもんだったんだねぇ。上の方しか見えなかったからモダンなものだと思うとったよ」
「こりゃ、長老が自慢したくなるはずじゃ。なんとも落ち着く場所じゃ。自然と騒いじゃいけない気になるのぉ」
「ほんに、神々しい気が充満しておる」
「なんでもリオナ様の森にはご神木まであると言う噂じゃぞ」
「竜神様の祠もあると言うとったぞ」
「それならそこの石の祠のことじゃ」
「あんな小さいもんだったかね?」
「噂ではあのなかが水竜の住処と言うとったぞ。ナガレちゃんの話じゃ、この町の周囲の水辺を管理しておると言うとったぞ」
「そういや釣り好きの爺さんが最近『この辺りの流れが穏やかになった』と言うとった」
「うちの大家は随分と変わり者だったんじゃな。ただの良家のお坊ちゃまではなかったんかいの」
「ほーら、ここがあの飛行船を発明した人のお家だよ」
「ほえー すっげーな」
「すごいねー、お兄ちゃん」
青空の向こうに真っ白な飛行船が気持ちよさそうに浮かんでいた。
「このピザもとっても美味しいわ。若様はほんとにいろんな物を発明なさるのね」
「うちらの大家は本当に変わったお方だな」
「いいなぁ、わたしもこんなうちに住みたいなぁ」
「ここ廊下だぜ」
「え? そうなの?」
「このピザ、うちでもできるかな?」
「レシピならリオナちゃんに聞けば教えてもらえると思うよ」
「そうね…… 問題は材料ね」
「すっげー、これ廊下だってよ」
「うちよりでけーじゃんかよ」
「駆けっこできるよね」
「信じらんねー。テトやピノはほんとにここに出入りしてんのか?」
「あいつら若様の船の専属クルーだからな」
「すっげー魔物とも戦ったんだってさ。この間テトが火竜の肉、狩り土産に持ち帰ってきたって」
「すっげーッ!」
「知ってる。うち近所でお裾分け貰ったから。あいつの母ちゃん今妊娠中なんだ。今はテトが家支えてんだってさ」
「がんばってんな、あいつら。あいつら全然偉ぶらないからなぁ」
「すげーいい奴らだよな」
「それにしてもこれ、うんめーな。お代わりもらえんのかな?」
「全く、次から次へと騒ぎを起こしてくれるわね」
「隊長のお気に入りなんでしょ?」
「そうよ」
「いいんですか、我々がこんなところでサボっていて?」
「試食する間ぐらい構わないでしょ? いつも姫様ばかりずるいんだから、たまにはこっちにも恩恵がないとね」
「サリー隊長、さすがに任務中にワインは……」
「ジュースに決まってるでしょ」
「ほら、早く持ってこい」
「すいません、ついピザ焼きの作業に見惚れちまいまして。お待たせしました。これがピザだそうです」
「お前の実家パン屋だろうが! 窯焼きなど飽きるほど見てるだろうに」
「見たこともないタイプの窯で、あっという間に一枚が焼き上がるんですよ。パン屋の窯とはまるで違うんで」
「これがピザか…… 随分シンプルなものだな」
「熱ッ、うま」
「こりゃ、絶品ですな。まさにワインのお供だ。勤務中であることが口惜しいですな」
「あいつめ、またやってくれたな」
「こりゃ、姫様登場もありますね」
「さっさと食って警備網を引くぞ。レジーナ様がいれば安全だろうが、ここには不特定多数の人間がいる。長老たちに協力を頼め」
「その必要はないのです」
「リオナ!」
「お務めご苦労様なのです。お代わり持ってきたのです」
「ありがとう」
「ありがとうございます。お嬢様」
「警備の仕事を増やすより、土産を持っていって先手を打つのです」
「おおっ!」
「今お土産分を用意しているのです。少々待つのです」
「その手があったか」
「さぞや書類整理も捗ることだろうな」
「これが、ピザという奴か。坊ちゃんもおかしな物を次々と。では行くぞ! 皆心して食え! ただ飯だぁ!」
「おーっ!」
「ただ酒だ!」
「おー…… ん?」
「ドワーフはジュースなのです」
「ええーっ」
「『ええーっ』じゃないのです。我が家で騒いだら斬るのです。うちは飲み屋じゃないのです!」
「どうしたの? 疲れてるわね」
「中庭を勝手に開放したら、エルリンに叱られたです」
「そりゃ、叱られるでしょ」
「罰として一日接客なのです。もう飽きたのです!」
「あんた辛抱ないもんなぁ」
「アガタ、あんたも手伝うのです」
「ふざけんな。こっちだって仕事あんだからな」
「そうだ。伝言があった。エルリンが『頼んだ盾の製作は順調か?』だって」
「嗚呼、順調さ。今は紋章術式の彫刻師の所に行ってる。魔法陣を埋め込んでるところだよ。それが完成したら、あたしが仕上げて終わりだよ」
「そう伝えるのです。お代わり持ってきてやるのです」
なるほど、この魔法陣は使えるな。
僕はピザを焼きながら『聴覚探知』魔法を試している。この魔法は聴覚を何倍にもしてくれるものだ。実は先日の戦闘でヘモジが結構おかしな物をリュックに詰め込んで帰ってきていたのだ。そのなかの一つが『聴覚探知』のスクロールであった。幸いロックがかかっていなかったので、術式を読み解いて、退屈な今、使っているわけだ。
罪悪感が沸くのは僕が人族だからだろう。生まれながらに聞こえる獣人と違い、盗み聞きはやるべくしてやっているのだ。
リオナ以外満喫して貰えているので結構な話であるが、リオナがささくれ立ってきているのは問題だ。お客を迎える側としてはよろしくない。
「エミリー」
僕はエミリーを呼んだ。
「リオナがささくれ立ってる」
「分かりました」
笑われた。
エミリーはバジルを載せる作業を僕に譲り、厨房に入っていった。
しばらくして戻って来たエミリーの手には薄切りした生ハムとパタータとマヨネーズ?
エミリーの後ろには子供たちがゾロゾロと付いてきた。
「これで問題解決」
エミリーは次のピザ生地の上にトマトソースを塗って、賽の目に切ったじゃがいも、パタータを敷き詰めた。マヨネーズをたっぷりかけて、その上に生ハムを載せた。同じ物をもう一組作るとにこりと笑った。
効果は覿面だった。リオナの機嫌は戻った。心なしか毛に艶が戻った。
「頑張ってくるのです」
「ホスト役は笑顔が一番だ」
子供たちも嬉しそうに食べている。
「やっぱり肉もあうよな」
「さいですか」
裏門の先にはまだまだ長い行列が並んでいた。
「サエキさん休んでください。替わります」
「助かります。少し休ませて貰いますね」
窯番を変わった。
窯のなかを覗くと、生地がぷつぷつと焼かれている。
これも修行のうちだ。
「しっかり焼き上げてくれる!」




