エルーダ迷宮暴走中(メルセゲル・ゴースト・オルトロス、決算編)30
このまま帰れたらいいのだが、まだやるべきことが多々あった。まず、パンパンに膨れあがったリュックの中身の処分である。
今回の魔石の回収は過去最多である。そこで魔石の整理も兼ねて、クヌムの町の魔石の交換屋に行くことにした。
「あの店には三十二階の入り口から入った方が近かったはずだ」
僕たちはゲートを抜けた。
吊り橋も降り、大門も開かれていた。そこには日常があった。人が行き交う姿があった。
すんなり門番に通され、僕たちはなかに入った。かつて見た景色とは大違いである。
正面から入ったら通常フロアーに繋がっていないかなと多少期待したのだが、それはなかった。
僕たちは地下三十二階と三十三階の通常エリアを攻略できないことが決まった。
「いらっしゃいませ」
前回会った店主が出てきた。
「交換を頼みたい」
「はい、毎度ありがとうございます」
「おや、もしやあなた方は王様のお知り合いで?」
え?
「アダマンタイトの剣、ハイエルフ様に猫又…… 間違いございませんね」
「ええ、まあ」
「ヘカとは友達なのです」
いつ友達になった!
「ああ、やっぱり! 王様から伺っておりますよ。お目にかかれて嬉しゅうございます」
なんだかおかしなことになった。
「王様から、命の恩人のお客様からは手数料を頂いてはならぬとのお達しで。いえ、わたくし自身、頂くつもりは毛頭ございません! よくぞ我らが大君とご家族をお助け下さいました」
なんだ? 成仏しないで生き返ったのか? まあ、安く済むならどうでもいいが。
「これもクエスト報酬なのかしらね?」
ロザリアが首を捻った。
「奥が深いな……」
さすがのアイシャさんも感心している。
「取り敢えず、これなんだが」
僕たちはテーブルにリュックの中身をぶちまけた。
店主は驚くこともなく機械的に処理を始めた。
「何と交換なさいますか?」
外の世界では、この時期はまだ火の魔石の高値が続いているので、火の魔石(中)に換金することにした。この町では魔石(中)は魔石(小)三十個と交換される。魔石(小)のレートは大体銀貨三枚なので、魔石(中)の値段は手数料が掛からなければ大体金貨一枚ということになる。これは土の魔石(中)の値段だ。この町では魔石の値段は属性に関係なくほぼ一律だ。石の大きさで若干変わることもあるが。外では火の魔石(中)はこの時期最高値で金貨三枚ほどになる。売ればボロ儲けである。
両替すると割に合わないが、逆に考えると随分儲かる仕組みだったわけだ。この間の買い物のときには気付けなかった。
「火の魔石(中)でお願いします」
当然だな。
大量の魔石を塵取りのようなスコップでごっそり持っていって次々機械に放り込んでいく。店主がしきりに計算している。機械は手数料込みのレートになっているので、逆算しているのだろう。そこまでして貰わなくてもと思わず思ってしまうのだが。
「おまけで百五十個にしておきます」
サービスまでしてくれた。
「ありがとなのです」
「ナーナ」
全員分のリュックの膨らみが一つ分に収まった。
「毎度ありがとうございます」
僕たちは店を出た。
「ええと、いくらになった?」
「百五十個掛ける金貨三枚で金貨四百五十枚ですね」
ロメオ君が計算した。
「おおっ」
みんな感嘆の声を上げた。
「でも、もうちょっとあってもよさそうよね」
「まあ、確かに回収作業は大変だったからね」
押収品を考えると敵は三千人以上いたことになる。
「で、どうするの? 魔石換金するの?」
道路の道端で全員腕組みをして考えた。
「交換するなら今のうちよね。後一月もすると、余った石でだぶついてくるから、値下がりが始まるわよ」
「値下がったら買い戻す?」
「どうせ、足りなくなったら狩りして集めるんでしょ?」
「ギルドランク上げる?」
「依頼は五個セットでしょ。何回クリアーできる?」
「三十回」
「依頼書の値段見てから考えよう」
目の前をブロックチーズを山盛りに積んだ荷馬車が通り過ぎた。
「こないだ買って帰ったチーズどうした?」
僕は何気なくオクタヴィアに話し掛けた。
「もうない。ヘモジが夜中にこっそり全部食べた」
「ナナ! ナーナナナ!」
オクタヴィアの台詞にヘモジが怒って、なすり合いを始めた。
要するにふたりで完食したんだな。あれだけ量があったのに。
「夜中にこっそりって…… 鼠かよ」
「鼠違う!」
「ナーナ!」
「美味しすぎるのが悪い!」
「ナーナ!」
「あれはなかなかうまかったな。酒の肴にちょうどよかった」
アイシャさんが自爆した。扇動したのはあんたか!
「三十六ヶ月熟成ものなんだから、安くないんですからね」
「ずるいのです」
誘われなかったリオナが怒った。そして上目遣いで懇願する。
「買って帰るか」
「チーズ屋はどこなの?」
「こっち」
「ナーナ」
ふたりが率先して案内した。
結局、前回と同じ物をブロックでホール一個分購入した。
ロメオ君もお土産にホールの四分の一程買って帰った。
僕たちは他の回収品を受け取りに修道院の物品倉庫に向かった。
ほとんどが着られない装備や衣装だった。余りの量に送った本人たちが辟易していた。あれほど嬉々としていたのに、すべて売却することに決めた。
どうせ、縫製し直すなら新しく作った方がいいという考えに収まったようだ。
もっと早く気付くべきだったな。
ほとんどはその大きさからいって値の付かぬものになった。ばらして宝飾代や生地代にはなったが、手間を考えると安く買い叩かれざるを得なかった。
それでも他の冒険者に比べればましらしく文句は言えなかった。
僕たちはチーズの匂いをプンプンさせながらギルドに戻った。
『依頼レベル、C。依頼品、火の魔石(中ランク)。数、五。期日、水前月末日まで。場所、エルーダ迷宮洞窟。報酬依頼料、金貨十五枚、全額後払い。依頼報告先、冒険者ギルドエルーダ出張所』
一つ当たり、金貨三枚……
僕たちは頷いた。
裏手の納品窓口に行く。そして、百五十個の魔石が入った袋をリュックから取り出してカウンターに置いた。
「依頼かい?」
「はい、お願いします」
僕たちは三十回分の依頼を果たして、金貨四百五十枚を手に入れた。
「あー、いたいた。エルネスト!」
食堂の主人だった。
「こんにちは、もうこんばんはか?」
「そんなことはいい! お前たちチーズ持ってるな!」
「ええ、持ってますけど」
「どれくらい持ってる?」
「全部で一ホールぐらい」
「助かったぁあ」
店長は地面にへたり込んだ。
「どうかしたんですか?」
「急な泊まり客の団体が来てな。それも結構な身分の人たちで困ってたところだったんだ。うちじゃ出せる料理に限界があるからな。先方はチーズとワインがあれば構わないと言ってくれたんだが、肝心のチーズの入荷が明日なもんでな。そしたらお前たちがチーズの匂いをさせて戻って来たと聞いてな」
困ったときはお互い様だ。必要な分だけ持っていって貰うことにした。もちろんお代は頂戴するけれど。
「こりゃ、最高級のチーズじゃねーか」
「三十六ヶ月熟成ものですからね」
「迷宮で取れるのかい?」
「あ、否…… まあ、その……」
「まあいい。冒険者に秘密は付きものだからな。これならお客も満足してくれるだろうさ」
そう言ってホール半分を金貨一枚で買い取っていった。
「儲かっちゃった?」
「四分の一の値段でよかったのに」
クヌムの町のチーズ屋はどこよりも安いのである。おまけに品数豊富で種類もある。チーズのことは素人だが、いい店だと思う。
取り敢えず、半分残っているので、今日のところはこのまま帰ることにした。
もうみんな限界だった。
「そうだ……」
帰ったら、まず金塊を金庫に収めないとな……




