エルーダ迷宮暴走中(メルセゲル・ゴースト・オルトロス編)29
最初の部屋は若干広めだが従僕の部屋だった。
特出すべき点は帳簿の分厚さぐらいだった。引き出しにこっそり水の魔石(大)が隠してあった。従僕には気の毒だが、頂いておいた。
隣は食堂だった。
赤いテーブルクロスの上に燭台が置かれたテーブルが一つだけ中央に鎮座していた。暖炉と絵画があるだけの至って地味な部屋だった。食べ物がなくて数名が残念そうな顔をしていた。
匂いで分からなかったのか?
更にその隣が王の寝室になっていた。
部屋は食堂と同様地味な造りだったが、天蓋付きのベッドは豪華な物だった。とくに緻密な刺繍の入ったカーテンは一見の価値がある。お持ち帰りしようとしたら、「宝箱を発見!」とオクタヴィアの声に遮られた。
「お前寝てたんじゃないのか?」
「もう飽きた」
リュックから出て床に降りた。
「ナーナ」
チェストの裏側、細工が施された壁をオクタヴィアとヘモジが指差した。僕にはきれいな幾何学模様の装飾の壁にしか見えなかった。
なかから小さな宝箱が出てきた。
みんなが羨望の眼差しで蓋が開くのを待っている。
「行きます」
カチッ。
僕はアンティーク調の猫脚机の引き出しにあった鍵で宝箱を開けた。
そこにあったのは家紋入りの指輪がいくつかと、封蝋のスタンプと城の権利書だった。
「城って売り買いできるもんなの?」
「普通、領地と込みだから無理じゃないの?」
全員、戸惑い、扱いに困った顔をした。
「どうする?」
権利書があったからといって、この城が手に入るわけではない。明日になればまたゼロからやり直しである。
「案外、次に来たとき戦闘しないで済んだりして」
「クヌムかメルセゲルの町で売ったら金になんないかな?」
皆眉間に皺を寄せて考えた。
この宝箱は見つけた先人たちはどうしたのだろうか?
情報を漁っても回答は見いだせなかった。
考えていても始まらないので、取り敢えずすべて持ち出すことにした。
「またお宝じゃなかったのです」
魔石だけでも今回とんでもない収益になっていると思うのだが。確かにリオナが言う見るからにお宝と呼べるような物はまだ何もなかった。
礼拝室、更衣室が扉で隣接していた。蛇頭が一体何に祈るのか。祭壇には幾何学模様があるだけで具体的な対象を示す物はなかった。
更衣室には壁四面に豪勢な洋服ダンスがずらりと並んでいた。
当然中身は僕たちには大きすぎて着られそうになかった。にも関わらず、ロメオ君と一緒に女性陣の着せ替え人形にされていた。
「これ仕立て直せば着られるのです」
リオナがジャケットを足台に登って僕の肩に乗せる。
うわっ。見るからに派手だ。演劇の役者じゃないんだから。
リオナは嬉しそうに回収袋に放り込んだ。
いや、それ着ないから!
「ロメオ、これかぶってみろ」
アイシャさんが羽根帽子を投げて寄越した。ロメオ君はノリノリで楽しんでいる。が、やはりでかすぎた。顔がすっぽり収まった。
「この手袋、デザインいいですよね? 赤めの明るい革がアクセントになっていていい感じです」
ロザリアは回収袋に確認も取らずに投入する。
「なかなかお洒落な王様だったようだな」
「でもお尻、全部破れてる」
そりゃそうだ。メルセゲルには尻尾があるんだから。
「ナーナ」
ヘモジが自分の衣装を選んでいた。お前じゃサイズ合わなさすぎだろ。
ベルトや帽子、カフスやボタン、小物あさりまで、攻略の最中だというのに暢気に時間が過ぎていった。
一通り見終わると、更衣室の先に繋がる居間に移動した。
見るべき物はなかった。否、疲れ果ててどうでもよくなっていた。バルコニーが広く取られていたが、窓は施錠されていた。
扉を開けたら、隣りの執務室に出た。
長テーブルに椅子が置かれていた。
更に隣りの扉から副官部屋に行くことができた。
王の間に比べると呆れるほど簡素な造りだった。僕の部屋の方がまだ増しに思えた。
扉を開けて外に出ると控えの間に出た。
どうやら一周したようだ。
次に僕たちは後回しにした奥の階段を降りた。
そこは王の家族の間だった。王座の間への扉はなかった。
部屋の造りは上の階とほぼ同様であったが、明るい色調で統一されていた。子供部屋が小さく仕切られていたり、使用人部屋が多かったり、食堂のテーブルの椅子が多かったり、執務室の代わりに談話室があったりするだけで大した変わりはなかった。
ここでも更衣室で女性陣の物色が始まった。
今度は女性ものだから熱の入れようも半端ではない。
僕とロメオ君とヘモジは一時退散して、子供部屋を散策する振りをして休憩を取ることにした。
子供用のベッドがヘモジにちょうどいいサイズだった。天蓋を見上げるとベットメリーやガラガラが吊り下げられていた。子供じゃなくて幼児用のベッドだったか。
ふとヘカやヘケトさんのことを思い出した。
彼らの存在が現実で、許されるものであったなら、きっとこんなお城で幸せに暮らしたに違いない。この城は少なくともヘケトさんの育った城なんだから。
もしかして!
僕はヘケトさんの形跡を探した。女性陣の物色は当分終りそうにない。
僕は部屋中の引き出しを漁った。記録を開いた。
隣りの部屋も、その隣りの部屋も確かめたが、何一つ出てこなかった。何も出てこなかった。
何やってるんだ。出てくるはずないのに。
女性陣の用が済むと僕たちは上の階に戻った。
そして、いよいよ王座の間に入った。
幾つもある段差を一フロアー分降りると、そこに大き過ぎる王座があった。
「一階のあの扉の先を調べてからにするか?」
秘密の地下道に入ったらもう戻ってくることはないので、今が見納めだと思った。こんな面倒なフロアーを攻略する気がもう一度起きるとは思えない。
王座から見下ろす長い階段を降り、一階フロアーに降り立つと一つだけある扉を開けた。
すると真っ白な陶器のような壁に金をあしらった広い控えの間があり、その先に更に一階に降る階段を見つけた。
下を覗き込むと両開きの真っ青な大扉があった。
一階の扉を開け、外を見渡すと案の定、長通路の突き当たりに出た。
壁一面が扉になっていて気付かなかったようだ。
どの道、閂が掛かっていてこちら側からしか開かなかったようだが。
僕たちは再び、王座のある高台まで登ると、脱出用の地下道を探りあてた。
わずかな風の流れを見逃さなかったのだ。
王座の後ろには別の扉があった。その扉は庭園を見下ろすバルコニーに続いていた。
バルコニーを行くと両端に螺旋階段があり、僕たちは庭園に降り立った。
そこには霊廟があり、その先が目的の地下通路だと思われた。
「ここからがゴーストエリアなのかな?」
扉を開けるといきなり螺旋階段に出くわした。ここから一気に地下まで降りるようだ。僕たちはひたすら下を目指した。
そして火の魔石の燭台に照らされる横穴に出た。
デジャヴだ。
いつか見たような地下墓地の通路だった。
枝道がなく一本道だったので迷うことなく先を目指せた。
立派な墓が並んでいた。と同時にゴーストが現れた。
ようやく登場か? 薄々城にはいないかもと感じてはいたが、あからさまな登場に思わず笑みがこぼれる。
「やっぱり臭うのです」
「臭う」
やはり臭わなかったのは、城内にいなかったからだと結論づけた。
そして、心労を掛けさせられた礼にロザリアが光の矢をお見舞いした。
さしたる抵抗もなく僕たちは進み、幾つもの墓標を越えた。
そして遠くに出口の明かりが見える頃、通路に初めても分岐が見えた。
「何かの引っかけか?」
直進せずに分岐を右に曲がった。するとすぐに行き止まりになった。そしてそこには小さな墓碑があった。
ヘケトさんとクヌムの王様の名前があった。そして、生まれることなくこの世を去った幼子の名が記されていた。
「なんでこんな所にあるんだよ」
遺体はここにはない。彼らの亡骸は少し離れた小高い丘の霊廟にある。王家から追い出されて、狂うほどに虐げられて。でも、忘れなかった人たちもいたんだ。
「これあげるのです」
それは僕たちが見つけた紋章入りの指輪だった。
「これで、ヘカも王家の一員なのです」
リオナは人数分、三個墓碑の前に並べた。
「権利書は……」
僕はどうしたものかと考えた。明日になればどうでもいいことなのだが。
「全部返しましょう」
ロザリアが言った。
そうだな。どうでもいいものだ。シーリングスタンプといっしょにお供えしてやる。
「クッキー残しておけばよかった」
オクタヴィアが後悔していた。
「ほんとに見納めだな」
僕たちは踵を返すと光の差す出口に向かった。
そして出口を出ると……
そこはあの小高い丘の霊廟だった。
「また会ったな」
僕たちは振り返った。
「こんにちは。この度はよいものを頂きまして」
「この権利書を元手にクヌムで三人で暮らすことに決めたぞ。意趣返しもできて一石二鳥だ」
王様は大笑いした。ヘケトさんもヘカも笑っている。
「一言いいか?」
「おお、なんでも言ってくれ」
なら、言わせて貰おう。
「さっさと成仏しろ」




