エルーダ迷宮暴走中(『身代わりぬいぐるみ』製作)24
眠れなかった。
今回の即死付与の一件が頭から離れなかった。
僕たちはどうやって戦ったんだったか?
ナガレが電撃を放って、アイシャさんと僕が衝撃波で相手の結界を破壊して、最後はリオナが…… 否、ヘモジがとどめを刺した。
でも、それはたまたまそうなっただけだ。
もし最初に敵に突っ込んでいったのがリオナだったら、ほんの少しでも刃先がかすっていたら。メモを取っている最中にロメオ君が触れていたら。刃先に効力が残っていたら。
怖くなった。万が一が、すぐそこにあった。
浮かれすぎていたのかも知れない。否、浮かれていたのだ。
このレベル帯に敵などいないと思い上がっていたのだ。今までだって自分たちの目標より遙かに高いレベルの魔物を容易く葬ってきた。だから今回も。
レベル七十といえば本来、地下五十層の敵だ。Aランクの冒険者が戦う相手だ。
ドラゴンと戦って勝ったことが僕をつけあがらせている。ただ漁夫の利を得ただけなのに。
僕の肩にはリオナたちの命がかかっているのに。
何がパスカル君に「頑張って」だ。頑張らないといけないのはお前じゃないか!
僕たちはまだDランクなんだ。戦い初めて一年のひよっこだ。思い上がるな。昔を思い出せ。地下蟹の一撃をあんなにも恐れていたじゃないか。あのときの自分と今の自分と何が違う?
殴られれば死んでしまうことに変わりないじゃないか。結界を手に入れたからって、皮膚が硬くなったわけじゃない。骨がミスリル製になったわけでもない。僕たちは人なんだ。魔物より遙かに柔で弱い生き物なんだ。
もう一度思い出せ! 人生臆病路線で行くんじゃなかったのか!
慎重になれ。冷静になれ。臆病になれ。
すべてに目を配れ。見逃すな。
失うときは一瞬だ。
死んでいった冒険者たちを思い出せ。たったひとり生き残ってしまった男に何を学んだ?
思い出せ。思い出せ! 思い出せッ!
忘れるな。
笑って生きるために。後悔しないために。
どうすると誓った?
どうすればいい?
何をすればいい?
何をすれば……
眠れない。
慌てるな。落ち着け。
最優先事項は? 今やるべきことは?
本質を見失うな。怖いのは即死だ。それだけだ。
即死以外なら対処の仕様はある。既にそれは手に入れた。
僕はベッドに横になったまま『楽園』の扉を開いた。
見慣れた光景が目に飛び込んでくる。
「あっ! 金塊と銀塊、金庫にしまうの忘れてた」
野暮な塊が僕の憩いの空間に積み重なって鎮座していた。
床下があったら抜けそうだな。
「即死に対抗できる手段を」
僕は本棚の前で声を発した。
幾つもの書籍が薄ら光った。
僕はいくつもの輝きを見て改めて反省した。
今日まで僕は一番聞かなければいけない質問を先延ばしにしてきたのだ。こんなに情けないことはない。「仲間が大事」と言っておきながら、その実、真剣ではなかったという証拠だ。
リーダー失格。恋人失格。友達失格。家族失格。冒険者失格だ。
最初の本を手に取った。
書かれていたのは即死攻撃を使う魔物の情報だった。そのなかには死神もしっかり名を連ねていた。
「でも僕が今欲しい情報はこれじゃない」
もっと直接的で即効性のあるものだ。攻略情報ではない。
「あらゆる不測の事態に対応する具体的な手段だ!」
僕は本を開いては閉じた。
「薬は? 完全回復薬の上を行く薬は?」
『神薬』じゃなくて、蘇生薬のようなものは?
反応が消えた。
スキルはどうだ? 対抗スキルはないか?
反応があったのは大技や即死技を持つ敵にスキルを有効に行使する方法論だ。
読まなきゃいけない本の候補が山ほど出てきて、気が滅入る。
「アイテムはないのか? 即死を防ぐ――」
一冊の本が光っていた。
それは『異世界召喚物語』だった。全三十巻のなかの一冊だけがさも当然であるかのように棚に並んでいた。
幼い頃魔法が使えない自分を慰めるために姉さんが何度も読んでくれた英雄譚。ワクワクする物語。不思議な物語。いつしか自分で手に取るようになって…… 僕のバイブルになった。
いつの間にか興味の的は本の物語ではなく、なかに隠された情報になっていた。この本のなかに書かれている幾つもの秘密を解くことが僕の楽しみになっていた。
久しぶりに開いた本はずっしりと重かった。
こんな重い本、子供の癖によく持てたな。
薄ら光る頁に指を挟んで開いた。
見つけた!
これだ!
この発想だ!
それは『お守り』の発想だった。もちろんお守りぐらいこの世界にもある。着眼点は、「不測の事態に身代わりになってくれる」という発想だ。
そうなのだ。即死技を食らっても、死なないための一番分かりやすい回避方法。
それは身代わりを用意することだ。
それで、肝心な方法は?
形代? 身代わり人形? スケープゴート? どれも似たようなものだが、効果は同じ。一度だけ身代わりになってくれるということだ。
でも具体的に何をどうすればいい? そんなスキルも魔法も持ち合わせていないのだ。それこそハイエルフの怪しい儀式……
「! それだ」
徹夜して、気付いたときには『楽園』のなかで眠っていた。
試作品を作り上げるのに、本棚の叡知の助けを得て、エルフの術式を探り出した。尚且つコンパクトに入れ子構造にまとめ、魔力の使用量も極限まで減らした。
実際に魔力を流し、回路が断線していないことを確認して、そのまま寝てしまったようだ。
外はまだ暗い。
「いけない。朝になっていたら、またみんなに心配かけてしまう」
僕は完成品を片手に『楽園』を出た。
「金庫に行くのも忘れないようにしないとな」
ベッドに戻ると小さいやつが僕のベッドのなかで寝息を立てて眠っていた。
「ごめん、ヘモジ。お前には隠せないな」
時計を見るとまだ三時間ほど眠れそうだった。
僕はヘモジを起こさないようにそっとベッドに潜り込んだ。
「おやすみ」
翌日、ヘモジに起こされた。
「ナーナ、ナナナ」
ヘモジと一緒に一階に降りるとリオナたちはもう起きていて朝食を取っていた。
ロザリアも起きていた。その傍らには例の本があった。
もう寝ているのはアイシャさんだけだ。
アイシャさんに用があったのだけれど、急ぐ話ではないので後回しだ。
僕の分の朝食を出して貰った。
アイシャさんが起きてくる前に試作品の実験を先に済ませることにした。
アイシャさんも未完成品の相談をされてもしょうがないだろうからな。
まず実証しなければならない。
僕はフライングボードを片手に町の外に出て、被験者を探した。
狐を見つけた。
死なない程度に凍らせて捕まえた。
試作品を背中に括り付け、穴を掘って逃げられないように閉じ込めた。
そして動けるように氷結を解除して、過剰とも思える攻撃を加えた。
普段なら跡形もなく消し飛ぶレベルだ。
実験は成功した。
『身代わりぬいぐるみ(仮)』の中身の完成である。
外側のぬいぐるみはエミリーに頼もうかな。
さあ、帰ってアイシャさんに相談だ。




