エルーダ迷宮暴走中(創世王クエスト編)21
「気を付けろ、レベル七十だ!」
水流が手のひらを攻撃した。
少年王が涙を溜めながら反抗する。
「地上に帰るんだ!」
『逃がさんぞ。そなたは我が子となりて、冥府の王となるのだ。そして未来永劫、そなたの血族は我に忠誠を示すのだ』
「人の頭の上でうるさいんだよ!」
このままじゃ押しつぶされる!
『無刃剣』を押しつけている腕にぶち込んだ。
「この子は両親の元に返します!」
ロザリアの光魔法がヘルの肩口を襲った。
魔物は大きくのけぞり、ようやく結界を押さえつける手をどけた。というより肩から先がない。やはり、闇の魔物には光魔法の威力は絶大だ。
『うごおおっ…… のれぇえええ』
哮りながら睨み付ける瞳は理性の欠片もない狂気に満ちた月光のようであった。
これは!
「まずいッ!」
「目を瞑れ! 即死攻撃じゃ!」
僕が警告を発する前にアイシャさんが叫んだ。
僕は目を瞑りながら、化け物の目があった場所に目掛けて『無刃剣』を全力で叩き込んだ。
壁を破壊した音と絶叫が轟いた。
震動が何度も地面を揺らした。
うつむき、ゆっくりまぶたを開き、地面を見つめ、恐る恐るその視線を上げていく。
巨大化したヘモジの足が見えた。
頭の吹き飛んだ魔物が巨大化したヘモジに更に叩き潰されるところだった。
「ナァアアアアアア」
ミョルニルが巨人女にとどめを刺す姿が見えた。
リオナの前にはナガレが真剣な顔でブリューナクを構えたまま、睨み付けていた。アムールとベンガルもロザリアとロメオ君の前に立ちはだかっていた。
さすがだ、みんな。
「ヘモジ、ありがとう」
「ナ?」
ヘモジが振り返った。
「あっ!」
すっごい笑顔だ…… やばい!
「ナーナナー」
ぎゃあぁああああ。ボディープレス・ダイビング! 小さくなったヘモジが手のなかに飛び込んでくる。
二度目だが、心臓バクバクだ。
「な、何やってんのよ、ヘモジ! 死ぬかと思ったじゃないのよ!」
早速ナガレに怒られた。みんなも尻込みしている。
「危ないよ、ヘモジ」
ロメオ君が起き上がって裾を払った。
「心臓止まった」
自分の心臓に手を当てるオクタヴィア。それをつまみ上げるアイシャさん。
少年王を抱きしめてかばっていたロザリアも起き上がる。少年王はロザリアを眩しそうに見上げている。惚れるなよ。
リオナだけがいない。ボディープレスの範囲から一瞬で逃げたようだ。
「味方に殺されるとこだったです」
「ナーナナー」
突然ヘモジがポージングした。
「何?」
みんなが一瞬戸惑った。
「レベル上がった?」
「ナナ」
ヘモジが頷く。
さすがレベル七十。ヘモジのレベルも一気に増したようだ。
「わたしも行ってくるわ」
そう言ってふたり勝手に消えた。ナガレのレベルも上がったようだ。
あの、召喚者の立場は? せめて了解とってから……
溜め息をつきながらリオナとふたりで再召喚する。
「ナーナナー」
ヘモジは相変わらずのポージング。ナガレは自身のボディーチェックだ。擬人化がうまくいっているか確認している。特に頭の飾りは念入りだ。
「では参ろう」
少年王がゲートを開いた。
「地上まで送ろう」
そう言うとさっさとロザリアの手を引いてゲートに飛び込んでしまった。
「ドロップは?」
「何もないみたい」
ヘル・シャドーの遺体は跡形もなく消えてしまったらしい。
再召喚している間、軽く周囲を調べていたみんなが慌てて戻ってきた。
そして僕たちもロザリアの後を追った。
飛び出した場所は、霊廟のある丘陵だった。
遠くに僕たちが突入した教会の聖堂らしき建物が見える。季節は変わり、ここだけ春が訪れていた。暖かい風が吹き、花の香りが充満していた。
自分たちにまとわりついていた死臭に気付き、僕たちは急いで消臭の魔法を掛けた。
「ヘカ」
そう声を掛けてきたのはヘケトさんだった。少年王の名はヘカと言うらしい。そこには以前より歳を取った母親の姿があった。
少年は呆然と立ち尽くし、ヘケトさんをじっと見つめ続けた。何か言いたそうな口元はただ震えるだけで音を発することはなかった。
ヘケトさんの後ろには、同じく歳を取ったクヌムの王様が立っていた。優しく微笑みながら息子を見下ろしていた。
「感動の親子の対面ね」
女性陣は既にうるうるきていた。オクタヴィアですら鼻を啜る。
僕とロメオ君は苦笑い。
「ナーナ」
ヘモジはヘカの背中をそっと押した。
「ママーッ」
堰を切ったように走り出した少年は母に飛びついた。そして号泣した。母は子供を抱き抱えると頬を寄せてむせび泣いた。
「やっと会えたわね。愛しい子」
クヌムの王はそんなふたりを抱き寄せる。
三人だけの時が流れた。
その時だ。
『キャァアアアアアアアアア』
突然金属音のような奇声と共に真っ青な空が壁紙のように切り裂かれた。鎌の刃が見えた。
春の息吹に満ちあふれた世界が再び死の都へと化していく。
「ちょっと……」
闇が忍び寄る。
切り裂かれた空間から出てきたのはいつか見た巨大なスケルトンだった。
今回は鎧ではなく、古ぼけた、すすけたローブを纏ったどす黒い色をした骨だった。
「ちょっと、あの、ローブ…… あの色……」
ロメオ君の想像通りだ。
『闇の信徒・死神、レベル七十、オス』
「『闇の信徒』だね」
「えーっ、このタイミングで?」
「やっぱり壊しすぎていたか」
「何したの?」
「十二氏族とやったとき少しね…… 派手にやり過ぎたかな」
「嗚呼もう、いいとこなのにーッ」
ナガレが振り向きざま『闇の信徒』目掛けて雷撃を放った。
結界が稲妻を弾き返す。
「ちょっと、あれを弾き返すわけ?」
「いや、命中してる」
ローブが燃えている。貫通はしているんだ。
やはりここはロザリアに頑張って貰うしかないか。
アイシャさんが衝撃波を放った。
骨が軋む音がする。敵は鎌を前に構えながら必死にこらえていた。
ここはかぶせるしかない!
襲撃波をもう一度だ! これで障壁が破れるはずだ!
『闇の信徒』は耐えきれずに吹き飛び、背景に突っ込んだ。
「これでとどめなのです!」
リオナが何かを投げた!
「え?」
「あ!」
「嗚呼ーっ?」
宙をくるくる回っていたのはヘモジだった。
「ナーナナー」
暢気な掛け声が遠くで聞こえる。
ズン!
落下ポイントで土煙が上がった。
全員で駆け寄るとミョルニルが頭蓋骨を粉砕していた。
まさか。これで終わり? レベル七十の『闇の信徒』だぞ!
「恐らく防御力が売りだったのだろうな」
アイシャさんが万能薬の小瓶を飲み干していた。
リッチ戦以来、久しぶりに見たな。アイシャさんが万能薬を飲むところ。それだけこいつの結界は強固だったということか?
「出番なかったわね」
ロザリアはグングニルを収めた。
ヘモジのレベルもまた上がったが、今回はクエストの終了を見てからということにして、僕たちは家族の元に戻った。
オクタヴィアがひとり、戦闘に参加せず、家族を見上げていた。
「お話し今、終った」
え? この状況でクエストの話は続いていたようだった。
『いろいろ助けてくれてありがとう。冒険者よ』
『また、どこかでお目にかかりましょう』
『ありがとう。みんな』
「ちょっと!」
『さらばだ、冒険者よ』
『さようなら』
『またねー』
三人の姿が虚空に消えていった。
僕たちは立ち尽くす。春の野に戻った景色のなかで微風に吹かれて呆然と。
「一番肝心なところを見逃した?」
「ちょっと、オクタヴィア! 説明しなさいよ!」
全員がこれ以上ないと言うほど悲愴な顔で詰め寄った。




