少年Tの家出事件1
玄関まで迎えに来てくれたのはオクタヴィアだけだった。
「おみやげ、おみやげ」
ヘモジがカロッタのスティックを取り出した。
「ナーナ」
「……」
オクタヴィアはヘモジを無視して僕の顔をじっと見つめたが、僕が「ない」と言うとトボトボ戻っていった。
ヘモジはスティックを振りながら後を追っていった。
ヘモジ、そのスティックどこにあった? それがあれば青菜ばかりの野菜ジュースで地獄を見ないで済んだんじゃないのか?
居間には既に夕食を終えたみんながくつろいでいた。テトたちも来ていた。
「ただいま」と「お帰り」の応答をしただけで、僕は地下に降り、『楽園』のなかに隠してあったあれこれを取り出して整理し始めた。
「へー、地下ってこうなってたんだ」
振り返るとピノたち三人がいた。
「おみやげないの?」
「仕事だったからな。買う暇がなかった」
「確かめただけ」とピノが言った。
「あ、そ」
「若様のことだから、またおいしい獲物狩ってくるかと思ったんだけど」
ピオトが言った。
「今回は人間が相手だったからな」
僕は階段を上がってエミリーに夕飯を残りでもいいから出してくれるように頼んだ。
「すいません、子供たちが来ていたので何も残らなくて。今からお作りしますから少々お待ちください」
僕の後ろを付いてきたピノたちを見た。
「若様いないと、この家女ばかりで不用心だからな」
それと欠食児童となんの関係があるんだ?
第一お前たちがいても弱点にしかならんだろうが。
爺さんのところで修行頑張ってるみたいだけどな。
「ずっと来てたのか?」
「夕飯目当てよね」
横からチッタが言った。
どうやら原因は秘伝のソースのようだ。
「ばらすなよ! チッタ!」
「なあ、若様。あのソースどうやって作るか教えてよ?」
「アンジェラさんはなんて?」
「もうちょっとだから、待てって」
「だったら、僕も同じことを言うしかないな」
「作るの難しいのか?」
「分からない材料を使ってるからな。似た材料がないか今アンジェラさんに探して貰ってるんだよ」
「結構いろんな材料使ってますよね」
チッタが言った。
「分かるのか?」
「この町にない材料も使われてますよね」
「まあ、同じ味じゃなくてもいいんだけどな、美味しければ」
僕は食事の前に風呂に入ることにした。
しばらく入れずにいたから、なんとなく身体が怠い。
大浴場まで行く気力が無いので、自宅で済ませることにした。
「はぁー、生き返る」
湯船に浸かると思わず声が出る。目を瞑るとなんとも心地よくて睡魔が襲ってくる。
「若様、そんなところで寝ると死ぬよ」
テトの声だ。
目を開けると少年たちが湯を浴びている。
「ぷへー」
「おっしゃー、入るぞー」
ピノを先頭に湯船に特攻を仕掛けてくる。
ドッボーン、ドッボーン。
「……」
テトだけ、大人しく湯船を越えて来た。
「はへー、気持ちいい」
「若様、今度いつ飛ぶの?」
「改造終ったらな」
「改造なら終ったよ。昨日ロメオ兄ちゃんが言ってた」
「随分早いな」
「工房の職人が増えたんだってさ。それで棟梁、やることなくなっちゃって、改造に専念できたんだって」
「量産機組み立てるだけなら棟梁の力は要らないからな。それで量産型は生産順調なのか?」
「今ある材料で作れるだけ作るって。冬は職人がどうしても余るから、ちょうどいいんだって」
雪に覆われると大工も暇になるからな。
「情報管理は大丈夫なんだろうな?」
「みんなお抱えだから大丈夫じゃない?」
「大事なところだけは棟梁たちがやってる」
テトが答えた。
「ならいいけど」
食事が用意されているはずなので、長湯は止めて先に風呂を出た。
食事は照り焼きのチキンだ。
「もうこれで最後です」
エミリーはそう言って空になったソースの瓶を振った。
『照り焼きソース』は母さんのところでみりんが完成するまで、手に入ることはない。
『楽園』で手に入れれば別だが。余りズルはしたくない。したくないのだが、誘惑が…… ひたひたと。
「醤油もみりんも、まだ販売されてないのです」
リオナだ。
「リオナのプレゼントの筈だったのです」
大盤振る舞いしていたくせになくなるとこれか。
「お金では改善できないのです」
「そう簡単にできあがるものじゃないからな」
「安い肉でも美味しく頂けるんだがね」
台所の奥から出てきたアンジェラさんが加勢した。手に持ったマンダリノの入った籠をリオナに渡す。
「後でなんとかします」
いっそ、迷宮でドロップしてくれないかな。
僕の返事を聞くとリオナは尻尾をフリフリしながら居間に戻っていった。
「何やってんだ?」
居間を覗くとヘモジが旅の武勇伝を語って聞かせていた。
オクタヴィアとナガレが「それで、それで?」と煽っている。
仕事から解放されたエミリーも輪に混ざった。
ピノたちが出てきた。濡れたままベタベタと。
解放されたはずのエミリーがタオルを持って飛んでいった。
その日は早く休んだ。
みんなの相手はヘモジに任せて、早々にベッドに潜った。
一旦眠りに落ちると翌朝まで、起きることはなかった。
ボーッと朝日を見ていた。
意を決して下に降りるとリオナたちはもう外出していなかった。
ヘモジは語り部役を満喫できて、満足そうにコタツのなかに転がっている。
オクタヴィア…… 仰向けになって腹掻くなよ。
食卓に着くとアンジェラさんが朝食を運んできた。
「おはよう、今日はどうするんだい?」
「取りあえず船の様子を見て、それから迷宮かな? みんなどこまで進んだんだろ?」
「進んでないよ」
「え?」
顔を見合わす。
「一週間だよ?」
「あれが出たらしいよ」
「まさか……」
「それで先に進まないでランク上げしていたみたいね」
三十四階に出現する魔物は順番的に羊と蛇頭と後何かが出てくる筈なんだが。ゾンビって……
「ゾンビか…… 今日は相手にしたくないな」
「リオナから伝言があるんだが」
「何?」
「『三十四階クリアーしておいて』だそうよ」
「サボる気か!」
「ご愁傷様」
食事を済ませると工房に向かった。
子供たちが言っていた通り、改造は済んでいた。
「おおっ! シャープになってる! もうデブじゃない」
身体が震えた。
「なんだか、凄く格好よくなってるんだけど」
棟梁を見つけて、なかを見せて貰った。
何もかもが変わっていた。
物資を搬入する大きめのハッチが新たに側面に設置されていた。
なかを覗くと格納庫が一階部分に移っていた。
「格納庫を一階にしたことでいろいろスリム化できた」
棟梁曰く、錨やバラストの収納スペースが確保できただけでなく、新たに設置したアームの収納をも可能にしたのだ。それでいて胴回りのある二階部分に居住スペースを移したことで、広い居住空間を確保できたのである。
「もっと早くこうするべきだったな」
船の原形が元々、積載量が少ない第一世代だったから、格納スペースは屋根裏だったのだが、やはり、入れ替えて正解だった。
キャビンが二階に移動したことで、操縦室のフロアーと段差ができてしまった。これからは一.五階と二階を往復することになる。
ちょっと疎外感が。
その分操縦席の上に展望スペースが設置され、操縦席を見下ろしながら、進行方向を眺められるスペースができあがった。旋回スリット窓はそのままに、下の階にも増設されていた。
居住スペースが広いこと広いこと。
これなら近日中に西の未開の地に出られるだろう。
工房を出るとテトが店先で僕を待ち構えていた。
「どうしたんだ、こんな所で?」
「みんなに聞かれたくないから」
確かにビアンコ商会のある西区は村から遠いから、側耳立てられなければ聞かれることはないだろうけど。
「何があった?」
「僕、家出する。家に帰りたくないんだ」
元気がないと思ったら…… そういうことか。
僕は周囲を消音魔法で囲いながら、最寄りの茶店で話を聞くことにした。




