指名依頼と魔法少年11
「ここは?」
僕たちが出た先は職員たちの宿泊棟だった。魔法使いの住処にしてはモダンだった。
「ここからなら職員棟は目と鼻の先。職員は全員登校しているわけだから、当然ここはもぬけの殻というわけだ」
僕たちは姉に続いて、宿泊棟を出て、目の前にそびえる職員棟を目指した。
在学中の姉さんはこんなことばかりしてたのか?
笑いが込み上げてくる。
「よし着いた」
どこかしんみりしていた気分が晴れていった。僕とパスカル君は顔を見合わせ、覚悟を決めて職員棟の扉を押した。
担当職員に連れられてパスカル君が遠ざかる。制服に着替えた彼はもう別人のようだった。
レクチャーは既に完璧。言い残したことは何もない。
僕たちは次の休みの再会を誓ってその場を後にした。
パスカル君の学生証には口座番号があって、学内のお金の管理はそれで行なうことになっている。
姉さんは学内の口座を管理している窓口でパスカル君の学費と生活費を振り込んだ。
学費を払い込めば自動的に教科書や制服の類いも購入したことになるらしい。どれも既に前倒しで頂いているものだが、これで晴れてすべての手続きが終ったことになる。
取りあえずパスカル君にしてやれることはもうなくなった。寂しい思いが去来した。出会ってまだ数日だというのに、随分長く一緒にいた気がする。弟ができたようなそんな気持ちだ。
「行くぞ」
僕は姉さんの背中を追い掛けて馬車に乗り込む。御者は自動的にヘモジである。
「ナーナ」
馬とのコミュニケーションから始めるから少し動き出すまでに間がある。
ようやく馬車が動き始めた。
来た道を馬車が行く。急に座席が広くなったような気がする。
それから僕たちは二日掛けて王都に戻り、馬車を返却してスプレコーンに…… と思っていたのだが戻れなかった。
裁判が待っていたのだ。
「ごめん、姉さん」
僕は小声で言った。
「何が?」
小声でしゃべらないとこの廊下は音が反響して。
「依頼、失敗しちゃって」
「別に失敗はしてないだろ?」
僕は首を振る。
「いや、失敗だよ。僕は依頼人の望みに答えられなかった」
宰相からの依頼だったら大成功だったんだろうけど、子の行く末を思う母の心には応えてあげられなかった。
「成功か否か、決めるのはお前だ。わたしじゃない。次からは気を付けることね」
「依頼料、どうしよう?」
「貰う気がないなら、預かるぞ」
「じゃあ、パスカル君の学費にでも充ててよ。今更返せないし」
「形的には依頼は成功してるんだがな」
僕は首を振った。
「これを成功にしちゃいけないんだ。だからごめん」
姉さんは正面を向いたまま少し間を置いて呟いた。
「黒星発進だな……」
僕は小さく頷いた。初めての指名依頼だったんだけど。
僕たちは法廷前の豪華な廊下で、椅子に座って出番を待っていた。
アポリアーニ家の悪行に引導を渡す宰相側の切り札として。
「証人をこれへ」
法廷のなかから声がこぼれてくる。
大きく分厚い扉が開いた。そして呼び出された。
衛士たちが見守るなか僕たちはふたり並んで枢密院の審問会の会場に足を踏み入れる。
「宰相側証人。王宮筆頭魔導師補佐官、レジーナ・ヴィオネッティー。並びにギルド『銀花の紋章団』所属冒険者、エルネスト・ヴィオネッティー――」
アポリアーニ家を筆頭とした諸侯が合同軍を編成し、領外に派兵した疑い。並びに王家に反旗を掲げた疑いに関する裁判である。僕たちは立証側の証人であった。
弁護側はパスカル君が領内で暴れていたので、逮捕に兵を差し向けたと証言した。だがパスカル君は魔法が使えなかったと僕たちは証言した。
試験で中級魔法を使ったと試験現場に参加したカッサンドラを初めとする面々が証言したが、僕は一本のステッキを提出して、芝居だったと反証した。
さらに試験官だった姉さんが彼が魔法を使っていなかったことを証言して、尚且つ、彼の身の安全を図るために魔法学校に逃がす算段を母親としていたことを暴露した。
パスカル君の母親が証言台に立った。そしてお家騒動の内情を語り、息子の安全を確保するために一連の計画に荷担したことを証言した。
証言としては弱かったが、成功報酬として払うはずだったお金が証拠として提出された。
被告席の面々はすべて僕たちの捏造だと叫んだ。宰相の企みだと。
だが、実際に馬車は襲われた。
戦闘が行なわれた森の調査結果が報告された。
被告側はこちらが攻撃してきたからだと言い張った。パスカル少年が魔法を使ったという目撃証言もあると言い張った。
こちらは襲われたから反撃したまでだと語った。しかも手を出したのは僕であり、パスカル君ではないことも証言した。こちらは護衛として当然の反撃をしたまでだと証言した。更に襲撃してきた者たちが守備隊の装備をしていなかったことも付け足しておいた。こちらはあくまで賊に襲われたと判断したと証言を強めた。
さすがにこれには被告側も黙るしかなかった。が、一貫してパスカル君が攻撃してきたから応戦したという意見を変えなかった。魔法が使えないことを証明することが如何に難しいかを知っていたからだ。逆は容易いのだが。
取りあえず有耶無耶にできそうだと被告席が安堵しかけたとき、証拠として僕たちが乗っていた馬車が提出された。
審問官たちは中庭に出て実物を見て驚いた。そこにはハリネズミのように矢が突き刺さった馬車が置かれていたからだ。
馬車の入手に関する説明がなされているなか、ざわめきが起こった。
一部の人間が気付き始めたのである。馬車に施されている紋章がどこのものなのか。
これにはアポリアーニ家の弁護をしていた連中も青くなってしまった。
すぐさま休廷を申し入れた。
「なんだと言うのだ?」
アポリアーニ家の当主連中は訳が分かっていなかった。
弁護団に引き摺られるように控えの間に押し込まれた。
再開されると弁護団はパスカル君の一件は自分たちとは無関係だったと証言を変えた。盗賊のやったことであり、領内一丸となって犯人を討伐すると高々に宣言した。
しかもここで派兵した理由を失った諸侯は、新たな理由を示した。よりによって近隣の領地と合同で盗賊討伐をしていたと意見を変えたのだ。
信じる者などもはや誰もいなかった。
「近隣諸国を巻き込まねばならぬような盗賊団がいるなら、なぜ報告しなかったのだ」
「王宮への報告があって然るべきではなかったかね?」
「周辺の諸領に逃がすわけにはいきませんな。第一師団を差し向けては」
「デメトリオ・カヴァリーニ殿下率いる第一師団の遊撃部隊が戻って来ております。派遣されては如何でしょうか?」という話しになって、話はより大きく膨らんでいった。
完全ないじめである。
だがここで偽証を続けると間違いなく王家反逆罪が適用される。断罪が待っている。騎士団を扇動した罪も加算され、第二王子をも謀ったことにされると、もうお家断絶しか残っていない。
宰相側から休廷が要請され、そのまま幕を閉じた。
これによりアポリアーニ家を始めとする諸侯はゆるやかな没落か、現状維持が決まった。もはや周辺諸侯に構ってなどいられる状況ではなくなったのだ。
後日、国王陛下の温情を持って、案の定、罪は減刑され、代わりに西部遠征のため派兵することが決まった。僕たちを討伐するために集めた軍勢がそのまま派兵リストに加わった格好だ。
新たに雇わなければならない守備隊の費用を考えると、人件費だけでも二倍、西への補給物資を考えると惨憺たる結果になることが予想された。あとは西で得られる獲物次第だが、僕たちが視察した限りでは苦戦することは必至だ。
僕たちは控え室で普段着に着替えると帰り支度を整えた。
パスカル少年の両親がやって来た。
姉さんがパスカル君の意思を伝えた。
「そうですか、あの子がそんなことを……」
彼の父親も西方送りになることが決まった。ただ一連の事情でアポリアーニ家などと行動することは確執が起きるとして、第二師団ではなく、ヴィオネッティーの傘下に入ることが決まったらしい。
宰相殿が姉さんの怒りの矛先を見事にそらした格好だ。これで姉さんは宰相に文句が言えなくなってしまった。とんだ人質ができたものだ。
最も姉さんもやられてばかりではない。魔法学校への来年度予算増額の申し入れを既にジーノ氏と企んでいるのである。
「持ちつ持たれつよ」
姉さんは笑って僕の肩を叩く。
僕は大きく溜め息を付いた。
「もっと素朴な生き方がしたいよ」
「だったら大人しくすることね」
そう言って控え室の扉を開いた。
「僕のせいじゃない! 不可抗力だ」
僕は言い返した。
「じゃあ、残念な運命を呪うのね」
僕たちは兵士たちを残して部屋を出た。




