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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第八章 春まで待てない
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指名依頼と魔法少年10

 お茶を一杯飲んで一息つくと、料理に取りかかった。

 台所には調理器具も食器類もそのまま残っている。ただ、テーブルがない。

「姉さんテーブルは?」

「ん? あるでしょ?」

「いや、どこにも」

「おかしいわね?」

 どこを探してもなかった。

「ああッ! 思い出した! 痛ッ」

 姉さんはロフトの天井に頭をぶつけた。

 頭をさすりながらロフトから飛び降りると一直線に外に出て行った。

「何?」

 僕たちも追い掛ける。

 家の裏手に回ると脚が折れ、朽ち果てたダイニングテーブルが転がっていた。

 姉さんはテーブルの下を覗き込んだ。

「ふっ、さすがにもういないか」

 そこには汚れたクッションが入った籠が一つ置かれていた。

「何か飼ってたの?」

「迷い猫がいてな。おかしいだろ? 鉄壁の防御を誇るこの学園に猫が入り込むなんて」

「誰かの飼い猫だったんじゃないの?」

「恐らくな。ちょうど退寮の時期だったしな。捨てられてしまったのかも知れんな。わたしもここを引き払う時期だったから、何もしてやれなくてな。せめてもと思って」

 雨風だけでも凌げるようにテーブルを置いたのか。

 姉さんは遠くの暗闇を見渡す。

「テーブルは買い直すようだね」

「どこで買えば? あの店に家具なんて売ってるんでしょうか?」

「取り寄せか、木工部に頼むかだな」

「木工部?」

「この学校専用の大工だ。備品なんかを専門に修理してる連中だ。多少高く付くが、取り寄せるよりは運搬費用が掛からない分、いい物を作ってくれるぞ。職員棟の向こうにある。木材が大量に積み上がっているからすぐ分かるだろう。わたしも随分世話になったからな。私の紹介だといえば話が早い」

 どうせ備品を破壊しまくったんだろう…… 世話というより迷惑掛けたんじゃないのか?

 僕たちは料理が冷めてしまうので、急いで部屋に戻った。

「仕方ない、今日のところは床に直置きだ」

 テーブルクロスを畳んで絨毯の上に敷いてその上に皿を並べた。

「いただきまーす」

 ポトフとパンとサラダとマッシュポテト。それと姉さんはワイン、僕とパスカル君は葡萄ジュース。ヘモジは野菜ジュースだ。野菜ジュースは絞るのが大変だった。この家には絞り器がなかったのだ。だから全部すり下ろして、漉したのだ。

 だと言うのに! ヘモジは一飲みすると「いらない」と言いやがった。

 カロータ全部食っちまったのはどこのどいつだ!

 結局、姉さんに無理矢理飲まされていた。

「ああッ、俺のウーヴァジュース!」

 ごくごくごく…… ヘモジ、お前ッ!

「げぷっ」

 口直しに僕の葡萄ジュースを一気飲みしやがった。

 パスカル君が笑った。

 姉さんも呆れかえってそれ以上叱ることを止めた。


 暖炉の石が煌々と燃えるなか、姉さんはパスカル君に校則や、学内のことなど話して聞かせていた。ヘモジは飲みすぎたのか寝ながら唸っている。再召喚してやれば治るかも知れないが、これは自業自得だからな。

 僕は姉さんがこの家に残した書籍を適当に漁った。

 どれもたわいもない内容だったが、パスカル君のスタートダッシュのためには有効なものばかりだった。姉さんがこれを残していった理由を考えると、溜め息が出た。



 翌朝の天気は快晴。昨日はよく見えなかった近隣の状況が眩しく目に飛び込んできた。

「なるほど」

 周囲の家々もこの家と同様、こぢんまりとした物だった。使用人のいない学生の家は日常の掃除や修繕を考えるとこのくらいの大きさがいいのかもしれない。面白い光景だった。

 一方、遠くを見るとどでかい学生寮があり。その周囲には貴族の別宅が並んでいた。並んでいるのは代々魔法使いとして王家に仕える名門ばかりらしい。費用対効果を考えるとあれくらい投資しても元は取れるのだろう。

 僕たちは三人で職員室に向かった。

「歩くには広い敷地だな」

「馬車は職員棟に置いてきたんだから仕様がないだろ?」

「そうだ、フライングボードだ! あれを流行らせよう!」

「とっくに禁止されてる」

「本当に? でも毎日通うんなら考えた方がいいよ」

「それなら大丈夫だ」

 姉さんが振り向いたので僕たちも視線を追う。

「通学用の馬車が走ってる。馬車の札を見ろ」

『C』とだけ書かれた札が垂れ下がっていた。

「あの馬車は『C』だから、C区画の生徒が乗る馬車だ。手を上げればどこでも拾ってくれるぞ。行き先は中央広場だ。うちはBー3区画だから『B』の馬車を利用するんだ。行きはどの馬車も行き先は一緒だが、帰りに間違うと明後日の方に行くことになるからな」

「へー、でも全員乗れるの?」

「計算上、人数分の席は用意されているが、やはり混む時間帯はある。通うならこの時間帯がいいだろう」

『C』の馬車の後ろから来る『B』の馬車の前で手を上げる。四頭立ての見たこともない大きな馬車だった。一階の座席だけでも二十席以上あった。二階のオープンデッキを入れると三十人は乗れるだろう。

「お早うございます」

 見本を見せるべく、姉さんが元気に挨拶する。

 パスカル君も大きな声で「お早うございます」と言って馬車に乗り込む。

 僕はいつもと変わらずだ。

「座席はどこでもいいんだが、大体乗り込む連中の間で暗黙の了解みたいなものができあがっているからな。先に乗り込んでいる連中に聞くのがいいだろう。たまに寝坊した大貴族様が乗り込んでくることがあるが、そのときは言わずもがなだな。変に意地を張ると災いの元だ」

「そのときは姉さんの名前を出せば大体黙るだろう」

「学長の名前で充分だ。それで黙らなければジーノの名前を使うといい。否、駄目だ。あいつに借りを作ると小間使いにされるからな」

 どの口が言ってんだよ。

「わたしで我慢しておけ」

「はい、ありがとうございます」

 姉さんも僕も彼が他人の力を笠に着るような人間でないことを分かっている。でも世の中、そうではない人間も大勢いる。親の権力を笠に着る奴、金に物を言わせる奴。実力主義のこの学舎のなかではその手の輩は排除されるとは言え、零ではない。

「実力を付けるのが何よりだ」

 姉さんが言った。

「確かにそうだ」

 この時間帯は車輪のそばの席は軒並み空いているらしい。泥が跳ねるので、夏場も窓が開けられない席になっているので誰かの固定席にはなりにくいのだそうだ。

 向かい合った座席の片側に僕たちは座った。生徒たちの会話を楽しみつつ中央広場を目指した。

 少々きついがせいぜい十分程度の運行らしい。

 搭乗してきた子供たちは皆まず元気に飛び込んでくる。

 だがすぐに姉さんの姿を見てぎくりと固まる。

 さすがに悪名高き『ヴァンデルフの魔女』が同席では、魔法使いの卵たちも血の気を失うというものだ。

 皆忍び足になって自分の席にそそくさと移動して座り込む。

 そして姉さんをちらちら横目で覗き込む。

 一部僕たちを睨む、嫉妬にまみれた視線も感じるのだが。

 ヘモジは移動中も自由にトコトコ歩いている。

「ナーナ」

 挨拶して回っている。何やってんだか。

 馬車はやがて中央広場の停留所に着く。前の席から順に降りていくが、皆後ろ髪を引かれたようにこちらを振り返る。

 人混みを掻き分け、僕たちは更に歩く。

「魔法学校なんだから転移ポータルぐらい置いとけばいいのに」

「あっ! その手があった」

 姉さんが急に立ち止まったところにパスカル君がぶつかった。

「何? あるの?」

「教職員用だがな」

 そう言うと姉さんは最寄りの校舎に入っていった。僕たちも急いで追い掛けた。

 職員準備室という部屋に飛び込んだ。

「よし、誰もいない」

 そう言うとゲートを開いた。

「何?」

「隠しゲートだ。目には見えないが、この手のゲートが学内に幾つも存在するんだ。わたしは在学中、一年掛けてすべてのゲートを発見したぞ。コードキーは教師だけが持つパスだ」

「なんで発動してるんだよ?」

「ふっ、コードキーの解析なんてお手のものよ」

「何? ガードを突破したの?」

「教師が使っているところを覗いて、魔法陣から解析してやった」

 自慢げである。

「凄いですね」

「スパイかあんたは」

 想像していたような大人しい学園生活ではなかったようである。

 それもそうだ。姉さんだもんな。淑やかな学生生活なんて、ないない、あるわけがない。学長も「じゃじゃ馬」て言ってたし。

「ほれ、見つかる前に行くぞ」

 僕たちはゲートに飛び込んだ。


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