エルーダ迷宮暴走中(無翼竜・クヌム・メルセゲル編)12
音が反響する。靴音が響く。
敵はいない?
「匂いないです」
ヘモジもオクタヴィアも遠くを窺う仕草をする。
「降参」
ふたり揃って戻って来た。
「気にするな。道は今のところ一本道だ」
枝葉はあるが幹は常に一方向を目指していた。
安心して歩いていたら壁が倒壊している現場に出た。幹の先に行けなくなってしまった。
どうやら迂回しろということらしい。
しかも崩れた壁の先には敵がいるようだ。
「無翼竜なのです」
「ここで? 普通アンデットだろ?」
ロメオ君が地図に一筆加えるのを待って、僕たちは壁を乗り越えた。
「空気が淀んでるな」
空洞には無数の反応があった。反応はじっとこちらの様子を伺っていた。
足元の土砂の上には尻尾を引き摺った無数の後が残っていた。岩や凹凸のある地面の上にこちらを見つめる無数の目が。
「参ったなこりゃ」
数が多すぎだ。
正直、様子見の散歩にしては長すぎた。そろそろ帰還の時間である。サクッと終らせたかったのだが止むを得まい。
僕たちは前進した。
襲ってくる敵は総攻撃で瞬殺していく。この際石などどうでもいいということになった。
兎に角前に進む。
既にここはマップ情報にもないエリアだ。出口を自力で探さないといけない。
ロメオ君は地図に掛かりっきりだ。
ロザリアはそのそばで明かりを灯し、オクタヴィアはその肩の上で周囲を警戒していた。
僕は『魔弾』を容赦なく叩き込み、リオナとヘモジ、ナガレもフル稼働だった。アイシャさんだけは万が一に備えて後方で援護に徹して貰っている。
そして埃を吸い込むこと数十分、ようやく煉瓦造りの出口が現れた。
全員が大きな溜め息を付いた。
「ちょっとここ……」
ロザリアが杖を高く掲げて周囲を照らした。それでも奥行きには足りなくて、光の玉を天井高くに打ち上げた。
広すぎる空間だった。
「このサイズの敵が出ると言うことかな?」
天井の闇も奥行きの闇も完全には払拭できなかった。石壁と石の床だけだ。
僕たちは罠に警戒しながら前に進んだ。
目も当てられないほどの明るさが突如視界を襲った。
この半端ない魔力量は?
天然石の台座の上に探していた者が見つかった。
「邪気を感じる」
「当然じゃ、その髑髏には怨念が住んでおる」
振り返ると牢屋で死んでいたはずのクヌムの声だ。
「あんたも頭がなかったんだな」
頭のない幽霊が佇んでいた。
「案ずるな。わしの頭はクヌムの町に奉られておる」
見窄らしく布を引き摺る男が言った。
「今邪気を払ってやろう、ヘケトよ」
男の手には小さな斧が握られていた。
あっ!
骸骨に振り降ろそうとする瞬間、心臓を貫かれたのは男の方だった。
「ふふふふふ…… ふふふふふふ…… やはり我を謀っていたのか……」
「謀ってなどおらぬ…… ヘケトの生み出した亡霊よ」
目の前にいたのは霊廟で見た彼女だった。ただ首の上には蛇の頭が乗っていた。冷たく凍り付くような……
まずいッ!
「見えなくなったです!」
「ナーナ」
「また見えなくなった」
「ごめん、僕もだ」
「大丈夫だ。落ち着いて薬飲んで」
反応が正面から迫ってくる。
無理だ!
結界は越えられない。
「うぎゃぁああああああ」
金属に爪を立てたような金切り声の叫びが響き渡った。
「さすが聖職者」
「の家族です」
ロザリアの聖結界に触れた邪は結界に触れたところから煙を出していた。
「頭を破壊すればいいのか?」
「頼む…… 冒険者よ。奴を倒さねばヘケトは帰らん」
垂れる頭のない奴に頼まれてもな。
僕は『魔弾』を放り込んだ。多重結界が行く手を阻んで輝いた。
蛇の頭は効かぬとばかりにニヤリと笑った。
身体が肥大化していった。細い腕に鱗が生えてきて筋骨隆々の太い大木のようになり、指先の爪はナイフのように鋭くなった。色気のあった脚線も巨人のように硬く岩のように盛り上がり太くなった。そして恐ろしく長い尻尾が生えてきた。巨大な無翼竜より更に巨大化した化け物だ。無翼竜の亜種だと言われても恐らく信じただろう。
だが、僕は構わず二発目を叩き込んだ。視力を回復したみんなも攻撃に参加した。
結界は砕け散り光の粒子になって四散した。
敵はそれでも動揺することなくこちらを襲う気満々だった。
ロザリアはあらぬ方向に銃口を向けた。
「やめろおおおおおッ!」
それを見た敵は激しい動揺を見せた。
銃弾が台座の上に鎮座する頭蓋目掛けて放たれた。
巨大な蛇の化け物の手をすり抜け、頭蓋骨を粉砕した。
「ぎゃぁあああああああッ」
亡霊の化け物女は断末魔の叫びを上げながら虚空に消えた。
「よくやった。よくやってくれた」
刺されたはずのクヌムの親父が何ごともなかったかのように僕たちを迎えた。まあ、今や幽霊だからな、痛くも痒くもなかろうさ。
「さあ、妻の所に帰ろう」
ゲートが現れた。
僕たちは男に続いてゲートを潜った。
出た先はヘケトがいた霊廟だった。
窓の外が明るくなっていた。
「ようやく町が開放されました。ありがとう、皆さん」
蛇頭のヘケトが言った。
うわっ、メルセゲルだ。瞳は愛らしかったが蛇頭は蛇頭だった。
その横には横に長い瞳孔をした羊頭の王がいた。
お互いどこに惚れたのか僕には理解できない。
遠い昔、ヘケトの父であるこの町の王は諦めきれないヘケトのためにひとつの嘘を付いた。羊男が自国に戻り妻を得たと。やがて、徐々にではあったがヘケトの心は壊れていった。
そしてヘケトはメルセゲルの一族に呪いを掛けた。
「みんなわたくしのように愛する夫を奪われるがいい」
男たちは奇病にかかり次々倒れていった。やがてそれは子供や老人たちにも及んでいった。
非難に耐えかねた父王はかばえきれなくなり娘の首を刎ねた。
だが呪いが消えることはなく、一族の男たちの死が早まっただけだった。
斯くして死の町はできあがった。男たちのいない、女だけのメルセゲル。
一方、クヌムの町も同様であった。
メルセゲルの町の異変に気付いた羊頭の王は、変わり果てた死者の町を訪れ、ヘケトの真実を知る。
そして羊の王は拘束された。
「この町を滅ぼしたヘケトには例え冥府でさえ、この男とは会わせまいぞ」と男は幽閉され、「死ぬことかなわぬ」と呪いを掛けられた。
一方、首を失ったヘケトは裏切り者の夫を捜してクヌムの町を訪れていた。
だが、そこで夫もまた謀られていた事実を知る。
彼女は謀っていた者たちを粛正し、やがてクヌムの町も男だけの町となり、灰色に染まった。
ヘケトは夫を探したが見つかることはなかった。
やがて男の首は故郷に戻った。
それは「自分をもう探すな」というヘケトへのメッセージだった。
ヘケトの想いは時の流れに溶けて消えた。だが、切り落とされた頭蓋は怨念の温床となり地下でくすぶり続けていたのだ。
そして今日まで二つの町は開放されることなく呪縛のなかにあり続けた。
そこに暢気な顔で現れたのが、うちのちびっ子チームだったわけだ。
メルセゲルとクヌムの幽霊カップルが幸せそうに笑顔を湛えている。
腹減った……
「これでようやくわたくしたちも眠ることができます」
「報酬は?」
リオナが言った。
「そうであったな」
「これを」
それは蛙の着ぐるみだった。しかも人数分揃っている。
ええー…… 面倒な逸話に付き合わされた結果が着ぐるみ?
「これを着ると、蛙に同化することができるのですよ。これを着れば赤子でも蛙が取り放題になるという優れものです。わたくしの宝物です」
確かに蛇の餌は蛙だからな。食うに困らないというのは大切なことだけどね……
僕たちは全員固まっていた。
「それと、わたくしたちの町への入領許可証を与えましょう」
「改めて、我らの町を訪れるがよい。きっと再生した町で面白い物に出会えよう」
「ありがとう。さらばだ。冒険者よ」
ポケットに異物が混入した感触があった。
手を入れるとなかから通行パスが現れた。全員のポケットから出てきた。ポケットのないオクタヴィアだけが悲しそうに泣いた。
するとカランカランとカンカンの音がした。急いでクッキー缶を取り出すと蓋を開けた。
「あった! オクタヴィアもあった!」
通行証がクッキー缶のなかにあった。
泣いて喜んだ。
「よかったのです」
「ナーナー」
おい待て、頼むからクッキー缶のなかに許可証を戻すなよ。オクタヴィアはアイシャさんの顔色を窺った。
「一緒に預かっておいてやる。食い物と一緒にするな」
一難は去った。
今度この地を訪れたらどう変わっているか楽しみである。
「帰るか」
「お腹空いたのです」
脱出用のゲートを開こうとしてはたと立ち止まった。
「このフロアーの出口はどこだ?」
「どうせまた来るんだからいいんじゃない? そのときで」
ロメオ君の一言にみんな頷いて、僕たちは全員脱出した。
「疲れた……」
帰ったら早めに寝ることにしよう。
着ぐるみを着込んだヘモジを見て、玄関に迎えに出てきたエミリーが叫び声を上げた。
「きゃー。蛙! 蛙がいます!」
ヘモジサイズのでかい蛙を見て飛んで逃げてった。
僕たちも見たときは驚いた。初めて見たリオナの蛙はもっとでかかった。
ヘモジが立ち尽くしていた…… どうやら喜んでくれると思ったらしい。
効果覿面であった。
着ぐるみは我が家の宝物庫の収蔵第一号になった。




