ユニコーンの里
帰宅すると頭から湯気を出している姉さんが待っていた。
「遅い!」
すっかり忘れていた。ユニコーンの温室作り。
みんながエミリーと着ぐるみの話で盛り上がっているなか、僕は装備一式剥がされ、外套だけ羽織らされて連れ出された。
ユニコーンの里は武器の持ち込みが禁止だからだ。
巨大陸亀の甲羅でも凶器になるぞ。里ごと押しつぶせるぞ。
「せめて食事を」
「遅れたお前が悪い!」
館の転移部屋に連れ込まれた僕は姉さんの開けたゲートを潜った。
「ここは?」
真っ暗な空間に出た。
姉さんが明かりを灯すとそこには膨大な量の資材が整頓されて並んでいた。
「見たか!」
「見たけど、何これ? 町をもう一つ造るつもり?」
「スプレコーンの資材用の備蓄施設だ。見た目ほど大した量じゃない」
「何持っていくの?」
「そこの石だ」
「うわーっ、これって大理石だよね。うわーっ。これどうしたの? こんなに一杯あるなら白亜の宮殿でも建てたらいいのに」
「石の宮殿はドラゴンに潰されたら一番死傷者が出やすいんだぞ」
「姉さん…… そんなこと想定して家建てる人いないよ。地震が頻発するわけじゃないんだから」
「何を言う! 指揮官たる領主の命を守るのは最優先事項だ」
「姉さんの結界破るようなドラゴンじゃ、何やったって無理だろ? 領主にはいち早く待避を勧告すべきだと思うけど」
なんでいつもがっぷり四つなんだよ。このアマゾネス軍団が。
「それもそうだな。そのときは地下…… !」
あ、思いついたか? 白亜の地下宮殿。
「どこに造ろうかしらね?」
「決定かよ!」
「冗談はさておき。持っていくのはその石じゃない」
指差したのは真っ黒い砂岩だった。
「ユニコーンは蹄だろ? 硬い石の床だと滑るんだよ」
「じゃあこれを現地で砂にするわけ?」
「風呂上がりに砂が付くのは嫌だろうから、一応平らにしてから魔法で固めるけどな」
「へー、ただ建てるだけじゃないんだ。いろいろ考えてんだね」
「それが建築家というものだ!」
「あんた魔導士だろ?」
「最近どっちか分からなくなってきた」
「全部持ってく?」
「頼む」
僕は『楽園』が砂だらけになるのを防ぐために甲羅のなかに砂岩を押し込むイメージをして仕舞い込んでいった。
「本当にできるんだな」
「結構行けるもんだね」
そう言いながら枯渇した魔力を万能薬で補充する。
「そう言えば万能薬の検査どうなってるの? 時間掛かってない?」
「ああ、あれな。大変なことになってるぞ」
「そうなの?」
「多分新しい名前が付くだろう。候補がいくつか挙がっているけど恐らく『神薬』辺りに収まるだろう」
「シン薬?」
「神の薬で『神薬』だ」
「…… そんなに効能違った?」
「材料全部乗せの薬な。あれはもう薬じゃないぞ。あれを服用するとどんな攻撃を受けても一定時間不死身状態になるらしいんだよ。今は効果時間と、効果範囲の測定に躍起になってるところだ。それと副作用だな。既にトップシークレットだから、間違っても薬を外部に流すなよ」
「なかったことにしてもらいたい気分だよ」
「だから自重しろと言ってるんだ。年長者の言うことは聞くものだ」
「いつ頃結論が出るの?」
「ラボの入場を限定して極秘に行なってるから、臨床が終るのはもう一月掛かりそうだ。問題は人体実験ができないことだな」
「自分でやるしかないかな」
「お前の場合サンプルにならんからな」
「なんでよ!」
「お前の現状は常人を既に越えている。自覚ないのか?」
『竜の目』を手に入れて山の老人の覚醒薬を飲んだ辺りから、一線越えた気がするんだよね。
なんというか、余裕が出てきた感じ。
それでも勝てないんだよな…… 横にいる化け物をまじまじと見る。
「あるような、ないような……」
「兎に角、その話はこっちに任せておけ。前回のような醜態は晒さん」
粗方砂岩を積み込み終えた。
「よし行こう」
ゲートで一旦館の転移部屋に戻ると、休止している別のゲートに魔力を注いだ。
間違っても里に行けないように普段は魔力を抜いてあるようだ。
「よし、稼働した」
僕たちはゲートに飛び込んだ。
そこは世界から隔絶された大地だった。陥没した大空洞だろうか? それとも渓谷の底か?
周囲を切り立った高い壁に囲まれた天然の要害であった。壁から流れ落ちる無数の滝は一つの河川になって僕たちが進む樹海の海へと流れていく。
さすがにこれではここがどこか見渡したところで、確認できないだろう。
あわよくば場所を突き止めてやろうかと思っていた僕が甘かった。
「ようこそユニコーンの里へ、だな」
姉さんが笑んだ。
すぐに巨大な影がやって来た。
相変わらずでかいな。
『よく来た。歓迎する』
成人のユニコーンはやはりでかい。
「ありがとう」
僕は素直に感謝する。
ユニコーンの案内で森に踏み込んだ。
明るい。
樹海を抜けた先に巨大な大空洞が浮かび上がった。
「魔石だ」
壁に光の魔石が埋め込まれていた。
洞窟はユニコーンの巨体でもゆとりある空間になっていた。
風がないだけでもなかは大分暖かかった。
洞窟のなかでは家族単位でコロニーができあがっていた。
『若様だ』
『若様発見!』
『何しに来たの?』
子供たちがワラワラと集まってきた。
「姉さんの手伝いで、温室を造りに来たんだ」
『温室ってあの温室?』
「そう、あの温室よりでっかい奴」
『親父たちが欲しがってた奴だ』
『うちのお父にも言われたよ。お前ら贅沢だって』
『うちの母ちゃんも風呂は楽しいけど上がったら寒いって言ってた』
どうやら不満は結構鬱積していたようだった。
案内役の大人に「お前らは戻れ」と散らされていたが、子供たちは「いいじゃん別に」とまるで取り合わない。それどころか行列が更なる行列を作る始末だった。
しばらく歩くと『草風』と『日向』も顔を出した。
大人たちは兎も角、最近子供たちの区別ができるようになってきた自分が怖い。
「さ、ここが現場よ」
「うわぁあ」
僕は余りにも幻想的な景色に感動した。
魔石に照らされた巨大洞窟のなかに透き通った温泉が湧き出ていた。
「広いな」
大人のユニコーン全員でも入れるんじゃないのか? 想像を絶する大きさだった。巨大陸亀の甲羅に匹敵する湯船の大きさだった。
ただ、吹き抜けの大空洞から吹き込む風がやはり寒いか。
「それでは作業を始めます。子供たちはこれ以上先に進まないように」
そう言って姉さんは床に線を引いた。
姉さんと打ち合わせをして大体の位置を決める。
位置が決まると僕は『楽園』から巨大陸亀の甲羅を取り出した。
子供たちが目を丸くして嘶いた。
『どっから出てきた?』
『若様が出したよね?』
『すっげー、さすがリオナの彼氏だな』
『でも、どこに入ってたんだ、あれ?』
『あれ巨大陸亀の甲羅だってさ』
『亀?』
『あんなにでかいの? 俺、父ちゃんたちよりでかい奴なんて見たことなかった』
『すっげーな。若様、あれ倒したんか。やっぱ『草風』が自慢するだけあるぜ』
子供たちが思い思いのことをいいながら、はしゃいでいた。
子供たちのはしゃぐ声に誘われて大人たちまで顔を出し始めた。
「人気者だな」
姉さんが僕をからかった。
「これから甲羅を三分の一ほど沈めるぞ」
「了解」
見る見るうちに床に甲羅が沈んでいった。あたかも泥の池に沈むかのように。
地面が緩むと同時に真っ平らに整地された。
「よし!」
姉さんの掛け声と共に地面が固くなって、元の堅さを取り戻した。
「砂岩を均等に甲羅の周りに並べて頂戴。内装の分は残して。そうだな、半分だけ使おう」
数なんか数えて収納してないよ。
僕は歩きながら数十歩ごとに砂岩を平らになった床に置いていった。
甲羅の周りを一周すると、姉さんが既に半分ほど岩を崩して砂を表面に均等にばらまいていた。
僕は地面に触れた。砂地がすっかり地面に定着していた。
姉さんが残り半周している間に僕は甲羅のなかに残りの砂岩を敷き詰めた。
外周の整備が終った姉さんが顔を出した。
「甲羅のなかはこうなってるのか」
今頃?
「陸亀の甲羅だから高さも充分でしょ」
「やはり骨が見えるのは嬉しくないだろうから天井も目隠ししておいた方がいいだろうな」
まず砂岩を砕いてできた砂で天井をきれいに吹き付けてきれいな曲線に仕上げていく。
それから壁の周囲に温泉を行き渡らせるための溝を作る。
そして外と同じやり方で床を張る。最後に甲羅の反対側に換気用の穴を設置して残りの隙間を埋めた。ドーム型のきれいな内装ができあがったところで、明かり取りの光の魔石を埋め込んだ。
「完成だ」
物が物だけにスムーズにいったと言っても外はもう白み始めていた。吹き抜けの空が明かりを帯びてきていた。
「徹夜か……」
子供たちもいつの間にか寝床に帰ったようだった。
温泉を引き込むための堰を解放して、お湯を流し込んだ。
じわじわと温室の温度が上がっていく。
朝方の一番寒いこの時間帯にこの暖かさなら問題ないだろう。引き込んだ温泉の温度以上には上がらないのだから、茹で蛸になる心配もない。
暑くなったら外に出て涼めばいいだけだしな。
「よし完了だ」
僕たちは子供たちが目覚める前にこっそり撤収した。
聞いた話によると、温室はすっかり溜まり場になってしまったようで、寒い日には特に憩いの場所になっているという。




