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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第八章 春まで待てない
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エルーダ迷宮暴走中(無翼竜・クヌム・メルセゲル編)11

「懐かしい匂いがする。あなた? あなたなのですか?」

 首のない女性がゆらゆらと彷徨っていた。ドキリとしたが身なりは他のメルセゲルよりいい物を着ていた。戦装束ではなく、上流のお嬢様よろしく七色に輝くドレス姿だった。七色は多重結界の印。

「ヘケトさん?」

「何者!」

「冒険者なのです」

「ここを王家の陵墓と知っての狼藉か!」

「質問は我らが先じゃ。そなたは牢屋に閉じ込められていたクヌムの妻かと聞いておる」

「牢屋?」

「この町の地下の独房だ」

「!」

 影は動揺し始めた。

「その者は……」

「ついさっき死んだ。それで髪飾りを預かってきた」

「…… そんな…… なぜ? そんなところに…… 生きていたなんて」

 ない顔を両手で覆った。


 動揺が激しくて、話は聞くどころではなかった。

 首のない幽霊相手に断片的にでも話を聞くのは随分と骨の折れる作業であった。

「つまり、ふたりは禁断の恋に落ちたが、双方の一族から引き剥がされて、あんたは別れた男恋しさの余り独身を貫き、見合いを勧める王の怒りを買って斬首にあった」

「あの人は祖国に帰り同族の娘と一緒になったと聞いていたのに…… よもや、この城に捕らえられて幽閉されていようとは…… 黄泉の世界を浚っても見つからないはずだわ……」

 首がなくてよかったと思えるようになってきた。

 もし首があったら今目にしているのは蛇の頭であったはずで、お相手の羊頭に対する一途な想いに、僕たちは当てられているというとんでもなくシュールな事態になっていたからである。

「頼みがあります」

「なんでしょう?」

「見ての通りわたくしにはその髪飾りを付けることができません。わたくしの首は殺された折り、検分のために持ち去られてしまったのです。どうかわたくしの首を取り返しては貰えませんか? 首はこの死者の町のどこかに必ずございますから」

「心当たりはないのか? いくら何でも広すぎるだろ?」

「すいません。死んだ後のことは……」

「任せておくのです」

 おい! リオナ、本人にも分かっていないことを安請け合いするなよ!

「早く行くのです」

 リオナは大股で勇ましく霊廟を後にした。

 ヘモジとオクタヴィアも後に続いた。

 あいつら何か隠してるな。仕方ないので僕たちも後を付けることにした。

「どう思う?」

 アイシャさんが話し掛けてきた。

「嫌な予感しかしないんですけど」

 ロメオ君が意外な感想を述べた。

「父親が娘を斬首にするなんて普通じゃないですよね?」

 ロザリアも疑念を持っていたようだ。

 言われてみれば確かに、政略結婚を拒み続けたからといって首を刎ねられるというのはやり過ぎだ。おかしい。

「でもメルセゲルのすることだからな。容赦ないのかも知れないが」

「だったらあのクヌムが先に首を刎ねられてるはずだろ?」

 リオナたちは迷わず教会に向かっていた。

「教会ね…… あの子たちまた何か聞こえてるのかしらね?」

「匂いよ」

 ナガレが言った。

「あからさまに香を焚いてるわ。あの女の衣装に焚きしめてあった匂いと同じ匂いが教会から漂ってくるわ。さっきまで匂いなどしなかったのに」

「このクエストはあれか? 鼻の効く奴とか耳のいい奴しか攻略できないんじゃないのか?」

「メルセゲルの最大の武器は『盲目』じゃろ?」

「メルセゲルを警戒すると必然的にそういう人材が集まってくる?」

「そこまで考えるかな?」

「行ってみれば分かるわよ」

 敵はきれいさっぱり見当たらない。

 戦いの喧噪だけが遠くから聞こえてくる。まだレイドパーティーは戦っていた。


 聖堂のなかから複数の反応があった。

「じゃ、行きますか?」

 僕たちが態勢を取るとヘモジがミョルニルを叩き込んだ。

 教会の扉は容赦なく破壊された。

 いるわ、いるわ。尼僧兵という奴か? 随分と切れ味のよさそうな長斧を持っている。

「捜し物をさせて貰う」

 キシャーッ! 蛇頭が一斉に威嚇してくる。

「道を空けなければ斬るのです」

 そう言って相手の反応も見ずにリオナは斬りかかった。ヘモジも小さい身体を鞠のように弾ませ襲いかかった。

 オクタヴィアは戻って来てリュックのなかに待避した。

 入れ替わりにナガレが前に出て、いきなりの落雷攻撃で敵を一網打尽にした。

「なんだか、こっちが悪党のような気がしてくるな」

「まやかしじゃ。奴らがただのセベクだったら躊躇するか? 見せかけが女だからといって手をこまねいておると痛い目を見るぞ。人族の悪い癖じゃ」

 人とは人形にも心を見出す生き物であるが、大概自分の都合のいいものを見ようとする。もし自分のかわいがっている人形が「てめえ、気に入らねえから、ぶっ殺す」とか言ったとしたら、頭を撫でている手で何をするだろうか?

 考えごとをしている間に粗方片づいてしまった。

「相変わらず、手際がいいようで」

 リオナたちは祭壇の周りに集まっている。どうやら匂いはこの辺りで途切れたようだ。

「祭壇には地下通路というのが――」

「あった」

 リオナが床を蹴って反響を聞いていた。

「この下なのです」

 さて入り口は分かったとして、どうやって開けるのか?

 オクタヴィアが祭壇の周囲を囲っている柵の代わりのロープに興味を持った。

 揺れる紐には目がないらしく、たわんだロープに釘付けになっていた。

 目を丸くしてロープをじっと見ながら、片手を上げて飛びかかるタイミングを計っていた。

「あっ! そういうことか!」

 僕は紐の端を辿った。そして見つけた、ロープの端が祭壇の後ろの柱のロープ止めに縛り付けられているのを。

 僕はもう一方の端を探した。

 ぐるりと祭壇の縁を囲んでいる支柱を回り、祭壇の向こう側の同じ位置に縛られていた。

「全員ここから降りて」

 全員を一段高くなっている祭壇の床から降ろした。

 そして僕はひとり床の上で紐をたぐり寄せる。

 すると僕が乗っている床がズルズルと音を立てて動き始める。

「祭壇の床全部が蓋になっているのか!」

 僕が立っている位置と反対側のロープ止めの柱の上には屋根の重心の一部が掛かっていた。

 一方、僕の近くにある、柱にはよく見ると横に梁が掛けられているだけで何処にも力が作用していないことがわかる。よく見ると梁との間に隙間もあった。

 構造的に中央の大黒柱とあちら側の一端で横木を支えていると推察できる。

 これは動滑車の原理である。

 あちら側のロープ止めの柱が支点となり、祭壇の周囲を半円周上に囲んでいる支柱が滑車代わりになっているのだ。そしてロープを引っ張る僕が力点になることで、半分の力で支柱を固定している床を動かすのだ。

「なんで分かったですか?」

「教会はシンメトリーを基調にしているものだろ? ロープの片側の奥の支柱の数が不自然に足りなかったんだ。あれは床が動くときに必要な遊びだ。天井を支える柱もね、わざわざ苦労している。それに柵を一本のロープで囲うというのもおかしな話だ。せめて高さをもっと低くするか、一箇所は長い裾を引き摺る司祭が通れるように開閉できるようにしておくものだ」

 それが分かったのもオクタヴィアのおかげだろう。

 オクタヴィアのおかげでロープの仕組みに気が付いたのだ。


 僕たちは明かりを灯すと現れた地下への階段を降りていった。

 なかは地下墓地(カタコンベ)だった。


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