西方遠征7
巨大な亀だった。透明度の高い湖を探索するとそこに眠っていたのは船よりも遙かにでかい巨大陸亀だった。
さすがにこれは『吊るし首の木』でも捕食できまい。逆に食われるのが落ちだ。だが、これは想定外だった。
こいつの存在は堀による防御ライン構築の妨げになる。早々に駆除するしかない。
高度をギリギリまで上げた船から放った兄さんの一撃がけりを付けた。
湖の水は蒸発し、更に広がった大きな穴が残った。
「甲羅が残ったです」
信じられない強度だった。是非回収したかったのだが、でかすぎた。
川の流れを変えるため、船が進路を変え、現場から離れる一瞬の隙を狙って、僕はこっそり転移した。そして甲羅に接近して『楽園』に放り込んだ。一瞬のことだったが魔力がすっからかんになった。急いで万能薬で補充する。
ヘモジがやって来た。さすがに主の魔力の変化には敏感なようだ。
「内緒な」
僕はそう呟くと、黙ってヘモジは頷いた。それからしばらくヘモジは僕から離れなかった。
いよいよ大工事の始まりだ。川のほとりに降り立った兄さんは船からの誘導で方角を決め、その方角に『魔弾』を放ち、地面をどこまでも真っ直ぐ削っていった。大河の支流の一部が一気に流れ込んできた。
同じ調子で数回繰り返すと駐屯地の予定地の西側を通り過ぎる形で川の流れができた。
取りあえず一段落である。
一方、恐慌状態に陥ったのはモグラたちである。巣が水没したのか、頭上の悪魔のことなどお構いなしに飛び出して、一目散に退散し始めた。
『吊るし首の木』の触手だか蔓草だか知らないが、既に定員オーバーらしく獲物を追い掛けるそぶりはなかった。
モグラがいなくなったところで、辺り一帯を焼け野原にした。
『吊るし首の木』はよく燃えた。森が焼ける匂いと、巻き込まれたモグラの焼けた死臭が辺りに立ち込めた。
ヘモジが本来のサイズに戻って焼け焦げた木々を引き抜いては遠くに投げ捨てていく。
僕は木の根っこの土をゆるくしてヘモジのサポートをする。
兄さんたちは『魔弾』で地面ごと吹き飛ばしていく。そしてその地面をアイシャさんとロメオ君が整地していく。
「ごめんな、水の流れを変えちゃって」
ナガレにお断りを入れておく。
「気にすることないわよ。この森は水が豊富だから、この程度じゃ、水脈はびくともしないわ」
聞けば水脈というのは遙か地面の底を流れているもので、表層の流れが少しぐらい変わっても問題ないそうだ。元の川の流れがなくなってしまうと問題だが、支流を分けた程度では問題ないようだ。水が届かなかった場所に水が届くので却ってよかったと言われた。
「『吊るし首の木』は水が苦手だから、段々この辺りから消えていくわよ。根腐れって奴?」
「そうなの?」
「あんな捕食の仕方をするということは、元々餌のない乾燥した地で生きていた魔物なのよ」
「なるほどね。じゃあ、この辺りはモグラにとっても奴らにとっても天国だったわけだ。悪いことしたな」
「強欲なのよ」
「分からないから怖れる。知らないから怯える。だからすべてを知り尽くすそのときまでひた走る」
「面倒臭いわね」
「取りあえず人間側のこの身としては、人間サイドの被害が出ないことを祈るばかりだ」
「今日中にやっておいて正解だわ。モグラたちにも逃げる時間ができたでしょう」
『吊るし首の木』は逃げようがない。逃げて貰っても脅威にしかならない。せめて人跡未踏の地で長生きして貰いたい。
ヘモジのがんばりである程度の広さを確保できたので、僕は地面を硬化させていく。かなり広い面積をまっさらな平地にすることができた。
何をするにも更地にしておいた方がやりやすかろう。
子供たちは上陸を認められなかったが、オープンデッキから景色を楽しんでいた。
あれほど言ったのにピノたちは点検通路を駆け回っていた。
「落ちるなよ!」
「分かってる!」
万能薬を二本飲み干したところで昼になった。
予定地の基礎固めは大体終った。モグラたちが戻って来ても、もはや潜ることも頭を出すこともできないだろう。
煤で真っ黒になったヘモジを再召喚してやると汚れが消えてきれいになった。
「ナーナー」
子供たちの所に飛んでいった。
船内では昼食の準備が整えられていた。
兄さんが僕のボードに乗って戻って来た。
「これはなかなか面白いな」
「行きつけのスノボー屋で改造してくれるから、兄さんのボードも改造しちゃいなよ。飛空艇を買うんだから、ボードがあると便利だよ」
「どうせなら新調するか」
「それで、あとどれくらい?」
「取りあえずはもう終わりだ。親父たちも戻ってくる」
「それにしてもほんとに真っ平らだな」
「箱物を造ってもよかったんだけど、遠征時期はまだ先でしょ? 何もしない方がいいかと思って」
「補給物資の輸送が容易ければな。今からでもやって貰ったんだが」
親父たちが戻って来た。
「何はともあれ、目処は立ったな」
「早々に転移ゲートを運ばせようか?」
「帰るですか?」
食後のお茶の席でリオナが聞いてきた。
「やることなくなったからな」
「まだ狩りしてないのです」
「モグラでも狩るか?」
「役不足なのです。亀がよかったのです」
「亀は品切れだ。セベクならいたぞ」
「あれは面倒臭いのです」
魔石集めで苦労したせいで変な苦手意識を持っているな。
「今日中に帰れたら、明日迷宮行ってやるから……」
「禁断症状は我慢するのです」
ソファーで腹出して言う台詞か? まず食欲を我慢しろ。獣人は皆馬鹿だと思われるぞ。リオナの横にはピノとピオトとオクタヴィアが転がっていた。
増大する魔力。急速接近する影が三つ!
「戦闘態勢ッ!」
直撃する!
船目掛けて炎攻撃が。
船が傾いた。
が、魔法陣は攻撃を凌いだ。流石新型結界、びくともしない。
「火竜だッ!」
叔父さんが叫んだ。
あの驚き具合からすると初見か?
僕も初めて見たけど。やけに暑苦しい奴であった。火の粉を纏った見るからに好戦的な奴であった。
「あれの肉はもう焼けてるですか?」
溶岩のように真っ赤な巨体を見てリオナが言った。
「食ってみようぜ」
「『照り焼き』ソースで」
感心している場合ではない。
欠食児童たちがよからぬことを考えている。
お前ら、さっきまで腹一杯で苦しかったんじゃないのか? もう次の算段か?
それにしてもあんな奴が当たり前に飛んでいるとなると問題である。
僕は窓の外を覗き込む。
流れの三匹とは考えにくい。どこかに巣があると考えた方がいい。殲滅する必要がある。が、いきなり探知圏外からだし、数も知れない。
これは拠点の設営より遙かに厄介な問題である。
旋回してきた火竜が炎を吐いた。
「ブレス以下なら怖くない!」
爆炎と同等の攻撃だった。炎が地面に着弾するのと同時に周囲に爆風が広がった。
僕が結界を張るまでもない。
『結界用の魔力が減ってるよ』
テトが叫んだ。
「魔石が勿体ないのです」
僕に結界を張れということか? この程度の攻撃なら魔石一つで問題ないだろうに?
「取りあえず誰でもいい。頭の上を飛んでるのを落とせ!」
そうだ。あいつにも『第二の肺』はあるのかな? それともワイバーンと同じ役立たずか。
ブリューナクの雷撃が落ちたが、健在だった。
「魔法耐性があるのか?」
二撃目で沈んだ。ナガレも加減を誤ったか。
「よし、今だ。船を出せ!」
操舵室の扉を開け放って言った。
船は低空から一気に加速、浮上した。




