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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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閑話 友への手紙3

 この町の入村案内が始まった。

 この町の変わった仕組みは既にここまで来る道中聞かされていたので、すんなり頭に入ってきた。

 要はこの町には四分の一の敷地を有する地主がいて、彼の土地に獣人たちが住んでいるということだ。獣人にして見れば、領主だろうが、大家だろうが地代を払うのは一緒だ。疑問なのは領主側の土地に住めば、自分の家が買えるのに、こぞって借家住まいをしていることだ。

 やはり…… この町でも獣人は冷遇されているのだろうか?

「町に住んでるもんも、新しい土地に入れるんか?」

「なんじゃ、カリメロ。家持ちが今更、借家住まいか? というか今はガイダンス中じゃぞ」

「風呂上がりに声が聞こえたもんで、ちょうどいいと思っただけだ」

 風呂?

「遠征帰りか? ご苦労だったな。収穫はあったか?」

「なんもねーよ。大概の魔物は冬眠してら。風邪を貰ってきたもんが数人いるぐらいだな」

 そう言って男はくしゃみをした。

「それで風呂か?」

 風呂ってなんだ?

「風呂入って、酒食らって寝ちまえば、風邪なんてすぐ治らぁ」

「薬を飲め」

「もったいねーよ」

「子供たちに移す気か?」

「わかったよ。で、さっきの話、どうなんだよ」

「母ちゃんに聞かんかったんか? お前の家からの申請はもう受理したぞ?」

「はあ?」

「酒場に寄らんと今日のところはさっさと帰れ。ああ、それからさっき若様の船が出航したから、今夜辺り肉祭りがあるかもしれんぞ」

「そりゃ大変だ。ガキ共に知らせてやらんと。風邪なんて引いてる場合じゃねーや」

 男は猛烈な勢いで階段を下りていった。

「肉祭りって?」

 甥が聞いてきた。

「お祭り知らんのか? 収穫祭とかなかったんか?」

 子供たちは首を振った。

 そんなものはただの休日だ。疲れた身体を休められるだけの日だ。何もかも地主に吸い上げられるのを黙ってみているだけの、一年で一番最低な日だ。

「わしらの主は冒険者でな。たまに獲物を狩ってはちょっとした食事会を催してくれるんじゃよ。少々桁外れなんじゃが、村の外からも参加者が来るからの。大騒ぎになってしまうんじゃよ。あんたらにも参加して貰うが、その前にさっさと心配事を解決せんとな。心配事が多いと食事も喉を通らんからの。まず全員に、風呂に入って貰う。そこで、新しい服に着替えて貰うぞ。これは強制じゃ。理由は獣人なら分かるじゃろ?」

 何人かが自分たちの体臭を嗅いだ。

「浄化の魔法があります」

 誰かが言った。

「風呂はもっとええもんじゃぞ。騙されたと思って入ってくるとええ。貴重品はロッカーにな。使い方は係のもんから聞くとええ。どうしても心配なら、荷物番を残して入れ替わりに入るのもええじゃろ。その辺は好きにするとええ。ただし時間制限があるからの。一時間ほどしたら鐘を鳴らすからの、全員この場に集合じゃ。そしたら、本題に入ろう」


 それから僕たちは風呂というものを経験することになった。

 財産と言っても、僅かな路銀しか残っていないが、これがなくなるのは困る。女たちが残るというので、男連中が先に済ませることになった。

 親父と兄と甥の四人、男の案内人の指示に従い下の階に向かった。

「ここが大浴場です。こちらが男湯、あちらが女湯になります」

 のれんというものを潜ると大きな下駄箱があった。

「履き物はここに仕舞ってください」

 言われるままにする。長旅のせいで随分傷んでいた。甥の靴の踵には靴擦れを起こして付いた血の跡が残っていた。

「靴を入れたら、この番号札を忘れずに引き抜いてください。それが鍵になります」

「こちらに進んで、桶のなかを確認してください。まっすぐ立って視線の高さのものをお取り下さい。なかにタオルと着替えが入っています」

 着替えが入っていた。厚手のしっかりした生地でできた上下と、まっさらな下着と靴下だ。

 これらはすべて古着じゃなかった。

「信じられない」

 低い棚には子供用の桶が用意されていた。

「服のサイズを確認してください。大きめの服を用意しましたが、合わなければ今のうちに申告してください。皆さん、風呂を出るときにはそちらに着替えて貰います。服の入っていた袋には着替えたものをしまって貰いますのでどこかにやってしまわぬように」

「服を脱いだら、先ほどと同じようにロッカーの扉を閉じて、鍵を抜いて、なかにお進み下さい。タオルだけお持ちになって下さい。下駄箱の鍵はロッカーのなかに一緒に入れてしまって構いませんよ」

 なっ! 裸になるのか? やはり我々を奴隷だと蔑んでいるのか?

 そう思っていたら、案内人も服を脱ぎだした。

「最初は恥ずかしいかも知れませんが、しきたりなので。恥ずかしい方はタオルで前を隠して下さっても結構ですよ」

 浴室の扉が開いて、茹で上がった裸の少年が飛び出してきた。

 追い掛けてきた親に取り押さえられて、扉を出たところでタオルで全身を拭かれていた。

「やっぱ、冬は温泉だな。父ちゃん」

「さっさと着替えないと風邪引くぞ」

 裸の住人が平気な顔で利用している。しかも扉の隙間から覗いた先には人族もいた。人族も裸だった。

 風呂場のなかは湯気で真っ白だった。これなら相手の裸もさほど気にならないか。

「まず身体を洗います。蛇口が二つありますが、一つはお湯が出ます。火傷しないように気を付けてください。赤い方がお湯です。灰汁樽は近くの物を使ってください」

「お湯は何杯まで使えるんだ? 水は?」

「気にしなくていいですよ。出しっ放しにだけしないで下されば」

 使い放題なのか? 水は兎も角お湯も?

 それから身体の洗い方を見よう見まねで学んで、頭の先から尻尾の先まできれいに洗った。

 今までだって不潔にしてきた覚えはないが、それでも一生分の垢を落としたような気分だった。

「お前の毛の色…… そんな色してたんだな?」

 兄が僕に向かって、冗談を言った。

 甥が「父さんも同じだよ」と言って笑った。

 兄の身体を見て、冗談が冗談ではなかったことを知った。

 僕たち家族の毛の色がこんなに鮮やかな色だったなんて…… 

 親父はいつになくひょろ長くなっていた。

「痩せたんじゃないか?」

「水に浮きそうだな」

「不吉なこと言うな」

 親父に怒られた。甥は僕を笑った。満面の笑みを浮かべている。

 そして湯船に……

「熱っ!」

「ああ、水を足さんでくれよ。熱かったら取りあえず湯口から遠い所から入るといい。それでも無理ならあっちのぬるい方の浴槽だ」

 僕は言われるまま湯口から遠い場所に手を入れた。

「最初は身体が冷えておるからな、熱く感じるかもしれんが、浸かればちょうどええ心持ちになる」

 別の客に話し掛けられた。

 タオルを頭に乗せて、何とも幸せそうな顔をする。

「おお、こりゃ、気持ちいいもんですな」

 親父が湯に首まで浸かって言った。

「そうじゃろ? 若様は極楽じゃ言いおるよ」

「若様もここを利用なさるんで?」

「ああ、元々、本人が入りたくて作ったもんだからな」

 いろいろな話をした。初めて会ったというのに、皆親切で優しかった。

「しまった!」

 兄が突然叫んだ。

「どうした?」

「女房たちと替わるのを忘れてたッ!」

 ああ! しまった。残り何分だ?

 僕たちだけではなかった。兄の言葉に我に返った連中が大わらわで湯船から飛び出していく。

「焦らなくても大丈夫じゃよ。毎度のことだからな」

 そう言って住人たちは大笑いした。

 言葉通り、案内人が「三十分延長する」と知らせに来た。


「普段の利用は小銀貨五枚ですって。子供は十歳までは無料らしいわ」

 義姉が情報を持ち帰ってきた。

 結構するもんだな。子供が無料でも一日で銀貨二枚だ。

「住人は週に一度無料で入れるらしいわよ。それに家族割りがあるんですって。一ヶ月銀貨二十枚で家族全員入り放題らしいわよ。村の人たちはみんな買ってるんですって」

 女性陣の情報収集能力というのは、いつでもどこでも侮れないものだ。


次回につづくw

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