閑話 友への手紙2
黒い木々と白い積雪の混じりあった憂鬱な世界に突然、蒼が飛び込んできた。森が開けた先の空から差し込む光が、輝く水面に浮かんだ真っ青な城壁を照らし出した。
言葉を失った子供たちが身を乗り出し、吸い込まれるように景色に見入っていた。
両親も兄夫婦も揺れる馬車の上から首を伸ばして、その景色に釘付けになっていた。
「あれがスプレコーンです」
「きれい……」
青いタイルの城壁が荷台が揺れる度に近づいてくる。
「なんだありゃ!」
親父が柄にもなく叫んだ。見上げた空に巨大な影が浮いていた。
「ああ、あれは飛行船です。スプレコーンの各地を結ぶ遊覧船です」
「空飛んでる」
「スプレコーンの住人になりますと、一度だけ無料で利用することができます。お薦めは朝一番のコースと日暮れ前のコースでしょうか。日の出と日の入りが堪能できますよ。通常の料金は少々お高めなので、一年に一度乗れたらいい方でしょうか」
僕たちも、あれに乗れるのか? 本当に?
「わたしたちは南門からなかに入って、獣人村に直接向かいます」
僕たちは手前に見える門ではなく後ろからなかに入った。手形の確認はなされなかった。
驚いたことに門番たちが全員獣人だった。
僕たちは驚きを隠せなかった。
「そう言えば、なぜ手形の期限が延長されたのですか?」
義姉が尋ねた。
「ああ、それね。そうね、あなたたちになら話していいかしらね。実はね、難民の受け入れを拒否する領主が結構いたのよ。でも手形の期限は限定的でしょ? 若い人たちばかりじゃないから、期限内に移動できない人も大勢出てね。行き場のない難民が城壁の外に溢れることになったのよ。それで、もう少し柔軟に対処するために、国王の勅令で期限が三ヶ月延びたわけ」
同胞たちの苦労が忍ばれた。僕たちは結果的にタイミングがよかったらしい。
馬車は公園を横切り、雪が積もった森に辿り着いた。
「長らくご乗車ありがとうございます。ここから先は徒歩になります。村を抜け、今夜の宿泊所に向かいます」
大勢の子供たちが村の周りで楽しそうに遊んでいた。それも獣人の子供だけではない。人族の子供も一緒に仲良く騒いでいたのだ。
しかも見慣れない板に乗り、空を飛んでいる子供たちまでいる。
「あれはフライングボードよ。この辺りの領地の新しい娯楽なの」
山道を進むとやがて、村の隅に辿り着いた。
村の上をソリのコースが走っていた。子供たちの絶叫が上から聞こえる。
「立派な共同炊事場ですね」
義姉が広場の中央にある円柱形の建物を見て感心した。
「あの、わたしたちもここに住めるんですか?」
「いいえ、ここはもう満杯です。もしみなさんがここに住むことに同意なされれば、あの城壁の向こうに新しい家を用意してありますので、そちらに住むことができるようになります」
「城壁の外?」
「いいえ、あの先にも城壁があるんです。これから向かう建物から見渡せますので、ご自身の目で確かめてください」
そして、僕たちの目線の先に前面ガラス張りの巨大な建造物が現れた。
「今夜はあの建物でお休み頂きます」
絶句した。僕はこれまであんなに奇抜で大きなガラス張りの建物を見たことがなかった。
子供たちも空が映った美しいガラス張りの建物を口をぽかんと開けて見上げていた。
「あそこに村の長老たちがいらっしゃいます。村役場といった感じですね。あの建物の先に私たちの大家さんが住んでいます」
僕たちは建物の入り口を潜った。
大勢の獣人たちで溢れていた。
ここは一体? 役場と言ったが、なんだかみんな楽しそうにしている。
それに生まれてこの方、嗅いだこともない、とてもいい香りがしてきた。
「階段気を付けてくださいね」
我々が通されたのは展望室という広い部屋だった。
僕たちと同じようにここまで流れ付いてきた同胞が何組かいた。
僕はガラス張りの窓から外を見た。とても透明な雲母ガラスだった。
窓の外は絶景だった。町中が一望できた。
城壁の向こうは確かにあった。
それは城壁に囲まれた広大な平原だった。
「あれは?」
「農園じゃよ。元々作る予定だったんじゃが、難民のなかには農作業をしてきた連中もいると言うしの」
「また働かされるんですね……」
「働かないでどうやって飯を食う? 兵隊だって働いておる」
「僕たちは――」
「強制ではないぞ。嫌なら辞めるのも自由じゃ。もちろん始めるのもな。心配かね?」
僕は頷いた。
「あそこにドワーフが穴を掘り出したんじゃ」
「ドワーフ?」
「奴らの店はお前たちが通ってきた南門の近くにあるんじゃがな、自分たちで鉱石を探したいと言ってな。掘り始めたんじゃ。この忙しいときに迷惑な話じゃろ?」
僕は頷いた。
「でもな、強制されたからじゃないぞ。あやつらが掘りたいと言ったから、領主も我らの主も了解したんじゃ」
老人は優しく僕の顔を覗き込んだ。
「土地に縛られるのが嫌なら、冒険者にも兵士にも、商人にもなれる。誰も邪魔はせん。努力は必要じゃがな。」
突然、子供たちや、大人たちが大勢展望室に現れた。
「これ、お前たち! 展望室は使えんと言っておいたはずじゃろ!」
「すいません。子供たちがどうしてもと言って聞かなくて」
「もうすぐ来るんだよ。見てもいいだろ?」
「長老だって見に来たんだろ?」
「わ、わしは違うぞ!」
長老? この老人が?
「わしは職務上だな――」
「来たよ!」
驚いた。町の反対側からまた飛行船がこちらに飛んでくるのだ。
「操縦してるの誰だ?」
「まだ見えないよ」
船が真っ直ぐどんどんこちらに近づいてくる。
「テトだ!」
「おーい!」
子供たちがみんな船の方に手を振っている。
「テトがこっちに手を振った!」
「あの窓見ろよ。ピノだ」
「なんで格好つけてんだ?」
「あ、チコちゃんも見えた」
「若様は?」
「いるけど見えないわね。残念」
「リオナちゃんは?」
船のなかにいたのは子供たちばかりだった。貴族の子弟だろうか? 獣人の子のような気がしたが気のせいか?
鐘楼の鐘が鳴ると、船はこの建物の裏手に消えた。
「領主様の船は?」
「領主様の船は一時間後だ」
「今度の若様の船って太ってたね。前の方がよかったよね」
「でも今度の船の方が大きく見えるよ」
「前の船より今の方が可愛いわよ」
「冒険者の船だぞ。可愛くしてどうすんだよ!」
「リオナちゃんたちが乗ってるんだから可愛くてもいいでしょ!」
「さー、見学は終わりじゃ、さっさと戻れ」
老人に追いやられて集団が階下に追いやられる。
「あの…… 今のは?」
「若様の船じゃ。わしらの主のな。騒がしてしもうてすまんかったの」
「子供たちばかりのようでしたが?」
「そうじゃ、若様の船はこの村の子供たちが動かしておるんじゃよ」
「あんな大きなものを、子供たちだけで?」
「追加の定員募集があったらわしも行くんじゃがな」
そう言って老人は笑った。
「兎に角、自分にやれることをやることだな」
「長老、時間です」
「おお、そうか。ではガイダンスを始めようかの」
二話で終るはずが、すいません。続きますw




