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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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ピア・カルーゾの信仰2

 石が次々粉々になっていった。が、彼女が期待するような誘爆は起きなかった。

 否、正確には起きていた。瞬時に放出された魔力はこれまた瞬時に吸収されていたのだ。

 僕はあのときと同様、拡散する魔素を魔力に変換しながら魔法陣を想像する。

 普通に発動しても今の僕の魔力は枯渇しない。従って周囲の魔力も補充したりしないので、事前に魔力を消費しておく必要があった。

 僕が現場に到着したとき、僕の魔力は恐らく二割を切っていた。結構な飢餓感に襲われていた。

 そこに『楽園』を発動したせいで、全身から魔力を全て搾り取られることになった。だが、次の瞬間、膨大な量の魔素が僕に魔力を与えた。魔力が僕の身体に染み込んでは消えていく。

 そして『楽園』に僕はいた。

 数時間前に魔力を浪費するために何度も出入りしていた僕は、そこに使い慣れた自分のライフルを置いてきたのだった。

 テーブルの上に置かれた銃を掴んで僕は老女の前に再び戻った。

 スターダストのように原石の欠片がまだ宙に舞っていた。ほんの一秒にも満たない刹那だったらしい。

 老女の顔が恐怖に歪んでいた。それもそうだろう、彼女はここを爆破したついでに、溢れた魔力を吸収して一時的に魔力過多の状態を作り出し、ここから逃げおおせる予定だったのだ。

 辺り一帯を吹き飛ばした後、彼女はどこに消える予定だったのか?

「スプレコーンには行かせませんよ」

 しおらしい姿を演出しても、騙されたりしない。彼女の本質はチッチと同じだ。否、この場合、チッチが育ての親に似たのか。目的のためなら手段を厭わない非情さ。病的なまでの用心深さ。

「なるほど、あの子が負けたのも無理はなかったわけね。こんな離れ業があったなんて。あの子以上の化け物がいたなんて……」

 彼女は懐から小瓶を取り出した。『バジリスクの猛毒』!

 残念ながら今の僕には魔力はない。

 僕は鉛の弾を放った。

 小瓶の蓋を開けようとした彼女が沈み込んだ。

 そして雪のなかに倒れ込んだ。

 時間が止まった。

 なぜ?

 僕は雪を掻き分けて必至に彼女に近づいた。

 なんで結界を張っていなかったんだ!

 彼女の真の目的は…… 始めからこれを望んでいたというのか!

「これはただの水だよ。安心おし」

「なんで結界を! 今助けるから、じっとしてて!」

 僕は薬を取ろうとポケットに手をやると彼女はその手を制止した。

「よしとくれよ。ようやくこの胡散臭い世界からおさらばできるんだよ。邪魔しないでおくれよ。それにこれが一番したかったのさ。お前さんみたいな善人にはよく効く手なんだよ。復讐だよ」

 彼女の瞳が願うことと言葉は裏腹だった。

 助けるべきだということは分かっていた。分かっている…… でも、僕は彼女の細い腕を振り払うことができなかった。

「やっと、終れるんだね…… 長かったね…… 今度は優しい神様がいる世界がいいね…… そしたらパパとママと…… あの子と一緒に」



 天前月十三日、アルガスの南、『蟹の道』近傍において、ピア・カルーゾはその数奇な生涯の幕を閉じた。享年六十一歳だった。


 僕は、動けなかった。

 逃げおおせられたなら「まだ死ぬときではない」と、啓示であるかのように考えたのかも知れない。でも年貢の納め時が来たとき、彼女は自分の欲求に忠実だった。そこにはもはや悪意はなかった。

「死んだ息子に、家族に会いたい」


 雪が真っ赤に染まり切っても、僕の涙は止まらなかった。



 アルガス経由で帰宅した。

 リオナは長老たちに、アイシャさんは僕の代わりに領主館に報告に向かった。

 僕は万能薬を飲んで、魔力を回復し、自室に籠もった。

 気分は少しよくなったが、心は晴れなかった。

「まるで呪われた気分だ」

 僕は『認識』を発動させた。

 駄目だ…… 安定しない。心が動揺する分だけ浮かんだ文字列が揺れてよく見えない。

 情けないかな思い切り動揺してる。

 取りあえず、みんなに心配かけるのはよくないな。

 そういや、もう昼じゃなかったか?

 部屋の扉を開け、匂いを嗅ごうとしたら、オクタヴィアがいた。

 じっと僕の顔を見つめている。

「平気?」

 猫にまで心配かけるとは…… 家長失格だ。

「魔力使いすぎて、鬱になってたよ。もう大丈夫だ。飯は?」

「今できたところ。呼びに来た」

 そう言うと僕の肩に乗ってきた。

「みんな帰ってきたか?」

「ご主人はまだ」

 僕が報告に行かなきゃいけないのに、悪いことをしてしまった。


 食堂に入ると、みんな僕の顔を見て、あからさまにほっとした顔をした。

「ただいまなのです!」

「お邪魔しまーす」

 リオナと一緒に子供たちがドヤドヤと入ってきた。

「なんだ若様、元気じゃん」

 ピノの一言にげんこつが飛んできた。チッタが小声でデリカシーがないと叱責する。

「だって、リオナ姉ちゃん、死にそうだったじゃん」

 二発目を食らっていた。テトとチコにも一撃を食らっていた。

「テトは後で殺すのです」

「なんでだよ!」

 僕は笑った。

 みんな心配して来てくれたようだ。

「ただいま、今帰った」

 アイシャさんと一緒に姉さんが来た。

「落ち込んでると聞いて遊びに来てやったぞ。弟よ」

 そう言って僕を抱きしめた。

「出遅れてしまいましたかな?」

 長老たちが酒を持ってやって来た。

 千客万来。

 皆思い思いの場所に座る。

「若様、新しいソリのコースできたよ。前より凄いよ。後で遊ぼ」

 テトが呟いた。

 できれば遠慮したい……

「フライングボードの方が先だろ」

 ピノがテトに突っ込む。それをピオトが「まあまあ」となだめる。この三人は本当に仲がいい。

「これどうぞ」

 チコが光る緑色の小石を僕にくれた。

「元気が出る石だよ。お姉ちゃんがくれたの。若様に貸してあげる」

 それはきれいに磨かれた緑黄石だった。

「うん、ありがとう。チコちゃん」

「若様、それ……」

 チッタが「ただの石を磨いただけだ」と言って赤くなる。

「ちょっと、あんたたち、しゃべってないで手伝いな。お肉食わせないよ」

 アンジェラさんが食事の用意を子供たちに手伝わせる。

「長老はいいのかよ」

 ピノが反抗する。

「長老はいいの。長老なんだから」

 来客がまたひとりやって来た。

「ちょっとみんな、外が凄いことになってるよ」

 着替えに家に戻っていたロメオ君が飛び込んできた。

 僕たちは窓から外を覗いた。するとそこには大勢の子供たちが思い思いの姿で佇んでいた。

「静かだと思ったら」

「みんな、心配して来たようじゃな」

 ドン、玄関の扉に頭突きするユニコーンが一匹。

『草風』まで……

「こりゃ、落ち落ち沈んでもいられないな」

 僕はアンジェラさんをすまなそうな顔で見つめた。

「仕方ないわね」

 アンジェラさんの号令で昼は急きょ、焼き肉パーティーになった。

 全員で材料と道具をガラスの棟の正面広場に運んで、あっという間に騒がしい食事会になった。大人たちも思い思いのものを持ち寄って集まってくる。獣人たちと親交のある人族の家族も。

「今年最初の焼き肉パーティーなのです。いっぱい食べて寒い冬を乗り切るのです!」

 リオナが格好いいことを言って、焼き肉パーティーが始まった。

 差し入れの肉やら、お総菜やらがたくさん集まって、新年の祝いより騒がしい、お祭りになってしまった。

「これは角兎の肉!」

「正解!」

「こっちは?」

「ドラゴンの肉!」

「大正解ッ!」

 利き酒ならぬ、利き肉を楽しむ者たち。

「お、おい、お前ら、そんな肉、安い肉と一緒に出すな!」

「野菜も食えよ、リオナ」

「うまうまなのです」

 ナガレとリオナが調理担当をすっぽかして、食っていた。

「おいしいね。お兄ちゃん」

 人族の幼い娘が僕に声を掛けてきた。そして僕の返事を聞かずに走り去ると、獣人の友達といっしょに人混みのなかに消えた。

『母さん、もう行こう。みんなが待ってる』

 僕は慌てて振り返った。 

 人混みのなかに一瞬、幼いピア・カルーゾがチッチに手を引かれて、家族の元に向かう姿を見た気がした。


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