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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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エルーダ迷宮迷走中(決闘前日)15

「一騎打ちを所望するだって」

 全員が顔を見合わせる。

「受ける理由がない」

 爺さんが切り捨てた。

「断ったら村に『バジリスクの猛毒』を撒くってさ」

 果たし状を爺さんに渡した。

「バ! バジリスク?」

 カミールさんが驚いた。こんな小さな村、一瓶あれば、あっという間に死の世界に変えてしまえるだろう。

「繋がったな……」

 僕は呟いた。

「知り合いだったですか?」

 リオナも気付いたようだ。

 ピア・カルーゾはサルヴァトーレ・チッチと関係があると。

 スプレコーンで起こったバジリスク襲撃事件。ユニークスキル『魔物を従えし悪魔の誘惑』の所持者、サルヴァトーレ・チッチが起こした事件。ミコーレ公国の三傑のひとりだった将軍が起こした襲撃事件を知っているのは今この場にはリオナしかいない。

 あのとき使われた手法と同じ手段を、今回ピア・カルーゾが使っていたことに、僕は違和感を感じていた。

「転移結晶の原石は魔力を溜め込む性質がある。しかし飽和した状態では衝撃を加えたり、魔力を過剰に注ぎ込んだりすると爆発を引き起こす」

「『飽和爆発』か……」

 カミールさんが言った。

「教皇神殿を襲撃するとき、ピア・カルーゾが雪崩を起こすために、用意した手口がまさにそれでした。この現象は一般には余り知られてはいません。仮に原石を見つけたとしても、一般人が管理できるものでもありませんから。少なくとも原石に術式を施せる技量がないと始まらない。つまり彼女はそれだけこのことに精通していたことになります」

「そこにバジリスクとくれば、疑いようがないのです」

「おい、リオナ、こっちにも分かるように話せ」

 アイシャさんがリオナの頭に手を載せた。


 僕たちは襲撃事件のあらましをみんなに語って聞かせることになった。

 果たし合いの期日が『明日の朝』になっているので構わないだろうということになった。

 夕暮れが迫っていたが、話す時間はあると判断された。

 教会側の人間も今世紀最悪の事件に直接関わった者の話を聞けるとあって、喜んでキャンプ広場の一角を提供してきた。

 なんだか余計な人だかりもできあがって、その場に円陣が組まれた。

 あっさり説明して帰るはずだったのに……

 尺を伸ばすために結晶の原石を担いだ闇蠍が発見されたところから、話し始める。

 その後、将軍の捕獲、その後のバジリスク戦の様子を語ったときにはいい時間が過ぎていた。

 チッチ戦、アシャン老のくだりはもちろん控えめに脚色したが、ユニコーン軍団によるバジリスク討伐のシーンはリオナが壮大に盛ったので、帳尻が合った格好だ。

 聖騎士全員が尻尾を自慢げに振る目の前の少女を複雑な心境で見つめていた。

「本当なの?」

 ロザリアが僕に確認してくる。

 そりゃ、信じられないだろうさ。僕も未だに信じられない。

「現にスプレコーンにはユニコーンが屯してるだろ?」

「人族と獣人族の垣根がやけに低いと思ったらそんなことがあったのね」

 チッチの残した最大の功績だな。


 話は終り、駐屯地では夕食の準備が始まった。僕たちは指揮官用のテントで話を続けた。

「ピア・カルーゾとサルヴァトーレ・チッチとの間には何かしらの繋がりがある。そして今になってピア・カルーゾが行動を起こした理由もそこにある気がする」

「サルヴァトーレ・チッチの経歴はミコーレでも不明だったな。確か」

 カミールさんが顎に手を置いた。

「接触があった可能性は高そうね」

 ロザリアが指を口に当てる。なんか、親子だ。

「復讐は、失った腕だけではなかったわけじゃな」

 アイシャさんも神妙だ。僕たちの話で、相手を過大評価しているのかも知れない。

「断定ではないけど、恐らくは」

「明日の決闘会場に何か仕掛けてくる可能性は捨て切れんな」

 爺さんは既に明日に思いを馳せている。

「手ぶらで喧嘩売ってくるとも思えないですしね。それに気になることは他にもあるんですよね」

 教会側はなぜ彼女をわざと逃がしたのか?


 家に戻ると姉さんがヴァレンティーナ様と留守番をしていた。当然その取り巻きの騎士団も一緒だ。珍しくエンリエッタさんもいた。

 さすがに驚いた。

「この家とヴァレンティーナを同時に警護はできまい?」

 僕たちはアンジェラさんの手料理がテーブルに並ぶまで、もう一度、状況をおさらいすることにした。

 早速、今は亡き将軍と老女の背後関係を洗う命令が下された。

「で、教会は何を企んでいる?」

「裏取引をした可能性がありますね。ただ何を材料にしたのかまでは」

 ロザリアが答えた。

 そちらも調べることになった。

「で、明日は誰が相手をするんだ?」

 そういや、決めてなかった。過去のしがらみを考えるとリオナか僕ということになる。

「リオナがやるのです!」

 即刻ボツを食らった。

「向こうに特別な思惑がないなら、僕がやるのが妥当だろうね?」

「魔力で分があると言っても、舐めるなよ。相手は幼い頃から犯罪に慣れ親しんだ、言うなれば犯罪のエキスパートだ」

「最悪、またバジリスクを召喚されることを念頭に置いておいた方がいいのかしらね」

「薮を突いて蛇を出した気分だわ」

 ふたりはソファーに沈み込んだ。

「手はあるのか?」

 サリーさんが僕の後ろから突然現れた。どうやら夕飯の食材のチェックをしていたようだ。

「僕の力が及ぶ範囲でなら、問題ありません」

「及ばない範囲とはなんだ?」

「決闘があちらの狙いでなかった場合。僕たちをおびき出すことが目的で、本命は別にあったとしたら」

「この町の破壊か……」

「そんなこと、あり得るのかしらね?」

「現にいないはずの僕が助けたでしょ?」

「ああ、夜這いの件か?」

「夜這い!」

 大人しくしていたナガレが反応した。

「あら、この子は?」

「リオナの召喚獣なのです。ナガレなのです」

 姉さんとヴァレンティーナ様はマジマジとナガレを見つめた。

「よくもまあ、こう次々と……」

 ふたりは最後の言葉を濁した。そして互いに何食わぬ顔で挨拶を交わす。

 食堂からちょうどお呼びがかかった。

 僕たちは場所を変えることにした。


「エルネストはその老女に、離れた場所に影響を与えるなんらかの能力があると踏んでいるのか?」

 ヴァレンティーナ様が問うた。

「恐らくは。その発動条件にも心当たりがあります」

「条件、何かしら?」

「転移結晶の原石に昔興味を持った人間がここにもいるんですよね」

 姉さん以外の全員が周囲を見回した。

「エルネストのことよ」

 姉さんの一言で周囲の視線が集まった。僕は頷いた。

「僕はある理由から大量の魔力を欲していた時期がありました。『魔道開放の儀式』のおかげで今はそれも必要なくなったけど。恐らく彼女が転移結晶の原石について精通しているのは、当時の僕とおよそ同じ理由からだと思われます」

「膨大な魔力を必要とする魔法…… 空間、転移系魔法かしら?」

 ヴァレンティーナ様の回答に僕は頷いた。

『楽園』も、空間を渡る魔法には違いない。

「彼女は空間を渡る術を持っている。ただ、自身の内包する魔力だけでは補えないから、外から補う必要があった。それが転移結晶の原石だ」


 これは想像なのだが。教皇神殿を襲ったとき、雪崩を起こす以外に転移を試みる気だったのではないかと僕は思い至った。

 破壊と同時に発生した魔力をその身に取り込み、魔力過多を引き起こし、それをトリガーに跳躍する。

 問題はその行き先であった。

 教皇の前か、あるいは手配の届かない場所への脱出、アリバイ作りか? 憶測は憶測でしかないが、妙な確信があった。偶然の偶然は必然と言うし。


 久しぶりにヴァレンティーナ様を囲んで、騎士団のみんなと一緒に食事を取ることができた。

 なんだかとても懐かしい気がした。マギーさんがいれば完璧だったのに、残念だ。

 リオナも懐かしそうな目をしていた。

 すべては明日。訳の分からない一件も終わりにしなければ。

 というより終っていたはずの事件を教会はなぜ蒸し返したのか?

 ケリを付けてやる。もし、ふざけた言い草だったら大聖堂爆破だ。爆破。

「エルネスト」

「はい。ヴァレンティーナ様」

「いつも言ってるけど」

「自重します!」

「悪巧みしてる顔してたわよ」

「いえ、そんなことは決して!」

「教会に報復なんてしないでね。どうせなら貸しを作ってきて頂戴」

「……」

「くれぐれも自重するように」

「はい。自重します」

 

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