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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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エルーダ迷宮迷走中(ナガレ編)9

「あれでよかったの?」

「はい。よかったと思います」と、帰り道、ユキジさんは言った。

「もうお金も貯まってきただろうし、家を欲しがる人たちも増えたんじゃないのかな?」

「その逆です」

「へ?」

「最初の頃はこの暮らしもあくまで文化摩擦を起こさないためのワンクッションだと考えていました。町の暮らしに慣れるための一ステップだと。いつか独立して町のなかに家を持てればいいと考えていました。ですが、今は快適すぎて誰も村から出ていこうとは思っていません」

「それでいいわけ?」

「はい。温泉もありますし。家賃以上の見返りがあると思っています」

 長老たちはそれでいいかもしれないけど。

「それに、今度来ると思われる人たちは、間違いなく文なしです。いきなり町にやって来ても住むところもままならないでしょう。もしかするとわたしたちとの間でさえ、差別的な乖離が起こるやも知れません。だったら、一つのコロニーのなかにぶちこんでワンクッション置くしかないんです。我々がそうしたように」

 そう言うとユキジさんは笑った。

 僕は新しい土地の購入を決めた。面積は現在所有している土地の倍の面積になるらしい。元々予定していたことでもあり、移民してくる多くが農奴であるため、土地の半分を耕作地に当てることに決めた。残りの半分を居住区に当てるつもりである。

 一軒家が欲しい人たちは勝手に村を出て、町で暮らすから案ずるなと言われたので旧来通り、長老たちに任せることにした。

 ガラスの棟の増築も決まった。宿泊施設の追加と、大浴場の定員を二倍にする予定だ。いずれ新しい居住区とガラスの棟の正面広場とを繋ぐ無料の転移ゲートを設置する予定である。この際、正面広場を本格的に整備し、大通りからの便をよくすることにした。


 ユキジさんと別れて家に戻ると、騒がしいことになっていた。

「アンタバカ! コオッタイケニ、ショウカンスルナンテ、アリエナイデショ! コゴエシンダラドウスルノヨ!」

「もう分かったのです。次から気を付けるのです。もう帰っていいのです」

 角の生えた少女が仁王立ちしていた。

「リオナ、家のなかで召喚するなよ」

「召喚したのは池のなかなのです。勝手に上がってきたです」

「アンナツメタイトコロニショウカンスルナンテ、アイガタリナイワ!」

 おかしなことになってるな。

「セッカクショウカンサレタンダカラ、コノサイ、アンタタチノスミカヲタンサクサセテモラウワ」

 ひとりちょこちょこ散策を始めた。

 ヘモジはいい子だったんだけどな。

「オオ、コレハナニ! ミズガアッタカイ。キメタアタシココニスム」

 風呂場で召喚獣が好き勝手なことを言っている。

「どうなってんだ?」

「帰ってくれないのです」

「召喚者がビビってどうすんだよ」

「イイニオイガスルゾ」

 僕が遅い夕飯を食べるために食堂の席に座ると、ちびっ子が廊下を一周してきて僕の前に座った。どうやら自分の分も出ると思っているらしい。

 アンジェラさんが取りあえずパンのバスケットを持って様子を見にくる。

「召喚獣も食事できるのかい?」

 ナガレはアンジェラさんの顔を見つめながら言った。

「ヒトゾクノショクジハタベタコトナイ。ウマイカマズイカモワカラナイ。デモチョウセンスルユウキナラモッテイル」

「だったら試してみるんだね。駄目なら諦めな」

 言われてナガレはパンを手に取った。モチモチパンではなく堅めのバケットだ。

 僕の顔をじっと見ている。

 僕はパンを掴んで食べる実演をした。

 それをまねて、ナガレはぱくりと口に放り込んだ。

 モグモグモグモグ……

 一同の視線を集める。

「ヨクワカラナイ……」

 この塩気の効いた甘さが分からないとは気の毒な。

 オクタヴィアがクッキーを差し出した。

「これおいしい」

 ナガレはきな粉、マフィン風味、お砂糖味クッキーを食べた。激甘である。

「オイシイ!」

 一口食べて叫んだ。

 なんだ味音痴の甘党か? なんだか反応がオクタヴィアにそっくりだ。

「ヨコセ」

「んぎゃ」

 オクタヴィアのクッキー缶がナガレに奪取された。

 追いかけっこが始まった。

「ちょっと何してんのよ、オクタヴィア」

「静かにするのです、オクタヴィア」

「オクタヴィア悪くない。悪いのナガレ!」

 ナガレはクッキーを鷲掴みにして口に放り込んだ。

 アンジェラさんが僕の夕食を運んできた。

「あれ、ほんとに召喚獣なのかい?」

「リオナを選んだ変わり者ですけどね」

「一緒に遊びたかったのかもしれないね」

「そうですか?」

「あの笑顔を見てごらんよ。楽しそうじゃないか」

 オクタヴィアの泣きそうな顔ばかりが目に入る。

「こんばんわー」

 子供たちが遊びに来た。

「おーっ、これが召喚獣か」

 男子がナガレに近づいた。

「角が生えてる」

 ナガレは即刻リオナの背中に逃げ込んだ。

「ナンナノダ、コイツラハ?」

「子分なのです」

 違うだろ。

「ナンダ、ソウナノカ。リオナノコブンナラ、ワタシノコブンモドウゼンダナ」

 それも違うから……

「見た目変わんないわね」

 チッタが覗き込んだ。

「コレハカリノスガタダ。ナメルトショウチシナイゾ」

「よろしくね。名前は? わたしはチッタ、この子はチコ」

「ナ、ナガレヨ。ヨロシク……」

 威嚇も簡単にスルーされたナガレは、顔を真っ赤に照れながら握手を交わした。

 子供たち全員で双六大会が始まった。

 ナガレのカードには三時間分の魔力が込められている。が、少女形態のときはどうやら魔力消費が少なくて済むようだ。

「変わった召喚獣じゃな」

 アイシャさんも首を傾げる。

 どうやら今夜はこちらで飲み会を始めるようだ。アンジェラさんがグラスとボトルを持ってくる。爺さんもやって来た。

「ほお、あれが召喚獣か? かわいいものじゃな」

 僕は食事を済ませると、食堂を後にする。

 風呂に入った後は自室に籠もって、魔力の浪費を行なう。まずは周辺の探索から。

「チョットアンタ、ハナシガアルンダケド」

 一通り周囲の探索を終えたとき、後ろから声を掛けられた。

「なんの用だ?」

「オネガイガアル」

「何?」

「コノイエノシキチニ、リュウジンノホコラヲタテテホシイ」

 おかしなことを言う。ナガレは水竜ではないのか? 水竜は魔物であって、祠を欲する生き物ではないはずだ。

「効能は?」

「ショウカンチュウノマリョクショウヒガヘル」

「他には?」

「マチヲスイナンカラマモッテクレル」

「それはいい」

 やはりそうだ。こいつ水竜じゃない。

「タテテクレルノカ?」

「建てて欲しいんだろ?」

 ナガレは頷いた。

「ほんと変わった召喚獣だな」

「オマエタチモカワッテイルカラチョウドイイ」

 それだけ言うと階段を飛び跳ねながら降りてった。

「今夜の魔力消費は『楽園』だな」

 調べ物は竜神の祠だ。

 そう、僕たちは大きな勘違いしていたのだ。水竜だけがいるフロアーだから、当然召喚獣も水竜なのだと。

 カードにはナガレの名前はあっても種族の名前まではない。

 あの海底の生命反応。あの階層には案外、他にも魔物がいるのかも知れない。僕たち冒険者が知らないだけで。

 祠と水竜となればその延長線上にいるのは竜神である。

 ユニコーンのお仲間、正真正銘の聖獣だ。

 差し詰めリオナは巫女に選ばれたというわけだ。こうなるともうレアカードどころの話ではない。恐らくレベルが上がればカードなどなくともこの世界に勝手に顕現できるようになるのではないだろうか。

 

『楽園』のなかで目的の物はすぐに見つかった。

『有名祠百選』

 なんだかよく分からないガイド本が出てきた。説明を読む限り、祠にはグレードがあって、御利益もいろいろあるらしかった。

 竜神を祭るのに最適なものを数点選んだ。そして我が家にふさわしいデザインかどうかで一点に絞り込んだ。

 僕はその場でほこらのパーツを作った。というより思い描いたと言ったところか。よくよく見るに付け、これはなんらかの魔道装置なのだと理解した。

 当然疑問はすぐに解消されるべく、回答が提供された。

 魔道装置が地脈や水脈の安定を図るものだと大まかに理解できた。そしてその力を持ってナガレは力を増幅するのだ。その結果、ナガレは魔力消費を気にしなくてもこの家に居候できるわけである。

 本来の姿に戻ったとき、狩りに同行してここから離れたときの方が魔力消費は大きくなるのである。


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