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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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エルーダ迷宮迷走中(ナガレ編)7

 サハギンの代表者は水掻きの付いた手を振り回しながら自分たちに起きた不幸な出来事を延々と語り続けた。

 風は凪ぎ、船はいつの間にか止まっていた。

 これは依頼を受けないと風は止んだままになるのではないか、そんな面倒臭さを孕んでいた。

 聞けば、この海の主がここに住み込んで百年、毎年生け贄を要求してくると言う。今年もその季節になり、これから主の所に生け贄を捧げに行くところだったらしい。

 実にタイミングのいい話だ。

 冒険者がいたので、ここで会ったのも天啓と思い声を掛けた。「どうか主を倒してください。お礼は必ず致します」ということだった。

 因みにその主というのが水竜なのだが。相変わらず勝手な言い草である。なぜこれだけの人数がいて倒せないものを僕たちに倒せというのか?

 大体、そんな弱い魔物の使役カードなど欲しくないぞ。邪魔なだけだ。カードが美人のお姉さんのカードなら考えなくもないが、半漁人は雄も雌も見た目一緒だからな。少なくとも共有できる美意識は持ち合わせていない。

 ぜひクエストは放棄の方向で、と行きたかったのであるが、リオナとロザリアは既にやる気満々だった。ロメオ君も面白そうだと前向きだ。アイシャさんは、死んだ魚のような目をして、「早く決めろー」と僕の顔を見つめる。

 断れと言ってるのか? 受けろと言ってるのか? 呆れているのは分かるが、言いたいことがあるなら言ってくれ。

「分かったのです。大船に乗ったつもりでいるのです!」

「あっ」

 ちっこい船長が承諾してしまった。

 アイシャさんは苦笑い。他の連中はやる気満々であった。

 早速、道案内してもらえることになった。船を引っ張って貰えるそうなので帆を急いで畳んだ。

「結局、水竜戦か」

「まあ、いいんじゃない。面白そうだし」

 得るものは少ないというのに。

 何度も言うがサハギンのカードは要りません! せめて人魚とか、ローレライとか、あるでしょうに。なんで槍持った魚なんだよ。

 船は僕の意見など無視して、島の間を器用に抜けて行く。

 しばらくするとそれっぽい島の断崖に大きなほこらが見えてくる。

 おー、なかなか秘密基地っぽいね。

 ほこらのなかに船ごと突っ込んだ。

 暗闇にロザリアが光の魔法を放つ。

 照らされた先に傷んだ船着き場があった。

「こちらです」

 僕たちは船を係留すると、板を渡して順に船を降りた。

 狭いな。こんなとこに水竜がいるのか?

「この奥に大きなほこらがあります。そのさきに地底湖がございます」

 じめじめした洞窟を進んでいくとやがて広い場所に出た。

「おお、これって海底鍾乳洞だよ」

 ロメオ君が感心している。

 そして、いよいよ水竜とのご対面のほこらの前に。

 ガッシャーン。

 突然、僕たちの後ろで音がした。

「おや?」

「ははははっ、引っかかったな」

「今回の連中はチョロかったな」

 通路を鉄柵で防がれてしまった。

「お前たちが生け贄だ。悪いが死んで貰う――」

「ああっ、この野郎、何しやがる!」

 講釈が続いていたが、オクタヴィアが柵の隙間を通り抜けて、リーダー格の男の腰にぶら下げがっていた柵の鍵を奪って戻って来た。さすが黒猫、闇に紛れるのはお手の物だ。

「これで安心」

 尻尾をフリフリ、ご主人様に鍵を届ける。

「しまった! 開けろ、鍵を取り返せ!」

「駄目です、鍵はあいつらが」

 発砲音がした。振り返るとリオナとロザリアが銃口をサハギンに向けていた。

「なっ?」

「魚は猫の下僕だと知るがよいのです!」

「内緒話は小声でするものですよ」

 ロザリアが偉そうにしていたが、聞いていたのは耳のいい連中だ。

 うちの連中に聞こえないように内緒話をするのは至難の業だからな。

 リオナもアイシャさんもオクタヴィアも道中だけでなく、接触前からサハギンの内緒話が聞こえていたらしい。アイシャさんの苦い顔の原因が今になって分かった。

 オクタヴィアももっと早く教えてくれればいいものを。

「こいつら、私たちを生け贄にする計画だったです」

 それはもう聞いた。

「誰が逃げていいと言いました?」

 所詮はサハギン。一斉に逃げ出す。が、後ろを振り返るとそこには二匹の幻獣が。

 さようなら。ご冥福をお祈りします。

 海に戻れた者はいなかった。

 相変わらず、殲滅力が半端ない一行であった。

 アイシャさんが鉄柵の鍵を開けた。そのとき洞窟の奥から声が聞こえた。

「ハラヘッタゾ。メシヲモテ」

 子供の声だった。

「はい、ただいま。お待ちください」

 なんだ? 水竜じゃないのか?

 奥に進むと、子供がひとり、石でできた椅子の上に踏ん反り返っていた。

「マタカイソウカ? タマニハオオキナクジラガクイタイゾ」

「申し訳ございません。私たちの力では鯨は無理でございます」

「シカタナイノ。ソレヨリ、ドウクツハイツカイツウスルノジャ」

 洞窟?

「はい、それがサハギンたちに申しつけておるのですが、一向に埒が明きませぬ」

「キンピンバカリヨウキュウシオッテ、イマイマシイ。ココカラヌケダシタラ、ネダヤシニシテクレル」

「それだけはご容赦を」

「ナニヲイウ、オマエタチハイケニエニサレタノダゾ」

「それでも同族です」

 どうやらサハギンたちが言ってたことと違うようだ。

 そこにいたのは角の生えた色白の子供とサハギンの取り巻きが数匹。サハギンのメスはピンク色だった。やはり可愛くはなかった。

「もうそろそろ突っ込んでいいか?」

 突然現れた僕たちを見た連中は叫び声を上げた。

「うるさいのです」

「黙らないと焼き魚にするぞ!」

 アイシャさんが脅したらピタリと静まった。

「生け贄を要求する悪党水竜はお前か?」

 どう見てもただの幼女だが、こいつがサハギンを食うのか?

「ナニモノジャ!」

「冒険者なのです」

「ドコカラキタ?」

「向こうの入り口から」

「…… ナンデアイテオル?」

「開けたから」

 リオナはくるくる鍵の輪っかを回して見せた。

 全員が驚き立ち上がった。

「その鍵の持ち主は?」

 サハギンのひとりが質問してきた。

「人を騙して生け贄にしようとしたから殲滅した」

 サハギンのメスたちは悲しそうな顔をしたが、少女は違った。

「ヨクヤッタ。コレデコノドウクツトハオサラバダ」

 少女はすっくと立ち上がって出口に向かった。

「ムスメタチヨ、セワニナッタ」

 スタスタと少女は僕たちが来た方に向かった。

 リオナとすれ違い様に少女は言った。

「ワガナハ、スイリュウノヒメ、ナガレデアル。ワラワノチカラヲカリタクナッタラ、イツデモヨブガヨイ」

 カードを一枚リオナに渡して闇に消えた。

「……」

 ええええええッ?

「サハギンじゃなくて…… 水竜の召喚カードクエストだったのか……」

「これって、リオナちゃんがカードの持ち主ってこと?」

 ロメオ君が尋ねた。

「カードは売り買いされる物だからな。誰が使っても問題ないが、召喚獣も懐くからな。余り貸し借りしないほうがいい。でないと性格がささくれ立つからの」

「そうなの?」

「なんじゃ知らんかったのか?」

 僕は頷いた。そして又貸ししなくてよかったと思った。今のヘモジが非行少年になったら手が付けられないからな。

「でも、リオナちゃんに渡したってことは、リオナちゃんに使って貰いたかったってことじゃないの?」

「残念ながらクエストというものは、心情に左右されるものではない」

 カードを見ると少女ではなく水竜の絵が描かれていた。

「ああッ!」

 僕は思わず声を上げた。

「何?」

「どうしたのよ」

「召喚条件…… 水の魔石……」

 これはもうご指名だろう。

「なるほどの。おかしなこともあるものじゃな」

 全員がカードの主をリオナと認めた。

 召喚条件が『相応の魔力』ではなく、別の何かであることは稀にあるらしい。滅多に見られるものではないが、ロメオ君の話ではレアカードと呼ばれるらしい。

 増してこのカード、魔石で召喚となれば、魔法使いではない者でも召喚できるわけで、超お宝レアカードということになる。売れば高値間違いなしである。

 ときに少女がここに閉じ込められていた理由を知りたいところだが、どうやら親への牽制だったらしい。海を徘徊している水竜は彼女の親という設定になっているらしい。

 要するに「サハギンに何かあったらわかっているな」と水竜を逆に脅していたわけだ。さすが小悪党。

 貴重な人質だったのでたまに間抜けな海人や、対立する勢力の娘を餌に与えていたらしい。

 もっとも少女に人を食う趣味はなく、生け贄になった連中に食材を採らせて細々と一緒に暮らしていたのだった。


『ナガレ入手クエスト』発動クリアー条件。

 ・一度も水竜を倒していない。

 ・サハギンを発見する探知能力がある。

 ・ナガレの居場所を見つける。

 ・洞窟の鍵を手に入れる。

 ・ナガレを逃がす。

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