神様熟睡中11
「スピード解決ね」
ヴァレンティーナ様はゆったりとした私服に着替えて自室でくつろいでいた。
「おかげさまで」
「書類が全部片づいていたから機嫌がいいんだ」
姉さんが僕に耳打ちした。
エンリエッタさんとサリーさんが休みを返上して処理していたらしい。もう武官なんだか文官なんだか分からないな。
「来年も年末に事件が起きてくれないかしらね」と本気でうそぶく。
「そっちはどうでしたか?」
「そっちの教皇の娘と一緒よ。余計な護衛に囲まれて、息つく暇もなかったわ」
「わたしも前線には行かせて貰えなかった。全く忌々しい」
それは当然の処置だろ。いくらなんでも最悪の結果が出ると分かっていて、送り出す馬鹿はいない。
「けりは付いたの?」
「勿論、と言いたいところだけど、分からないわ。相当強引にやったみたいだけど。何せ王女暗殺未遂事件ですからね。証拠も揃っていたし、こっちは国王自ら一戦交える気満々だったから。事実上の属国化ね。現国王にはご退位頂いて、傀儡の王が立つことになるらしいわ」
「お前たちが『サーペント・デローロ』を僅か一日で、それも数十名で壊滅したのが大きかったようだぞ。奴隷たちの反抗勢力もできつつあったからな、どの道あの王家は長くなかっただろうさ」
「でも問題もあるのよ」
「何?」
「ここスプレコーンが奴隷たちの聖地になりつつあることよ」
「何もないのに?」
「聖獣のユニコーンが町を闊歩してるくらいだな」
ああ、そう言えば、そんなことがありましたね。すっかり忘れてた。
「獣人の村は後どれくらい受け入れられそう?」
「余裕はありませんよ。子供たちが大人になったときの定住先にも不安がありますから」
「いよいよ地下都市が現実味を帯びて」
「却下、ドワーフじゃないんだから」
姉さんがヴァレンティーナ様に一蹴された。
「取りあえずユニコーンと交渉してみるわ。広げられるならそれに越したことはないし」
今年はミコーレとの境でも空中庭園の基礎を作る予定だし、なかなか忙しいことになりそうだ。主に姉さんが。
僕も治療のために、どこかの山の頂に秘密基地、じゃなかった、別荘を作らなければいけないし。
「この件は交渉次第だから今は保留にしておきましょう」
「取りあえず、ご苦労様。いろいろ悪かったわね」
「いえ、自分のためにやったことですから」
「で、暗殺集団のお宝はどうだった?」
にこりと笑われた。
「ヴィオネッティーから飛空艇の大量発注がありますよ。多分一括で」
「金が回るのはいいことだわね」
「西に重点を置くというのは本当だったんだな」
「西の近衛師団の補充が済むまでだと言ってましたよ」
「元には戻らないわよ。ヴィオネッティーの恒久的な負担が増えるだけ。他の西側諸領もね」
「西側諸領は限界だって兄さんが言ってたけど」
「第三師団が引いた分、領主たちの負担が増えるのは間違いないわね」
いきなり地図が開かれた。
この国の全土を現わしたギルド地図だ。
「エルネストならどうする?」
西の未開の地は広大な密林である。その先がどうなっているか、多くの冒険者が挑んだが未だに全容は把握されていない。
ヴィオネッティーは領地の西側に関しては山岳地帯の切れ目と隣の領地との境の一角だけを守っていればよかった。
だが、今後その隙間から進んだ先まで行かねばならなくなる。それぞれの領主が近衛の引いた穴を埋めるために北にずれるためだ。
大きな問題だった。奥地に進むとなると山岳地帯が今度は邪魔になるのだ。
現状の位置で防衛に徹するのが一番苦労も損失もない方法なのだが。それが叶わないならやはり、ヴィオネッティーとしては南から潰していくのが安全策だ。
南北から挟撃されないためには西側の山脈を跨いだ先、南側の山脈を背に、そこから北進、西進すべきである。
親父もそう考えているから、飛空艇を考えているんだと思う。
問題はその間、西側諸領が、特に隣りの領地が耐えられるかに掛かっている。
不本意だがヴィオネッティーは隊を二分しなければならなくなるだろう。山越え部隊と正規の越境部隊と。領地の東側危険地帯と合わせると三分割だ。いくら精鋭揃いでも、そもそも狭い領地、兵士の数では大きな所領には敵わないのだ。
「この辺りの魔物の分布は分からないんですか?」
「船がお釈迦になったでしょ」
くそッ、つくづく忌々しい。
僕はふと馬鹿なことを思いついた。リオナと狩りしたときのことを思いだした。
「壁を作ればいいんだ」
僕は地上部隊が進む山間ルートの先を西に真っ直ぐなぞった。
「壁?」
「ここに防衛ラインを西に真っ直ぐ引くんですよ」
山岳地帯の豊富な水源は未開の地にいくつもの河川を作り出していた。だがそれらはただ地形に沿って北西側に遠ざかっていくだけで、我々の要害にはなってくれてはいなかった。
残念ながら、魔物の侵攻を妨げるほどの川幅に成長するのは、この国の西側国境を北に三分の二ほど通り過ぎた辺りだし、その川岸にぶつかるまで、討伐隊は未開の地を何日も彷徨うことになる。
でもこれらの河川を一つの束にして、領土寄りに引き込むことができたらどうだろうか?
安全地帯ができるのではないだろうか?
そう、いきなり戦わず、まず結界でワンクッション置くのと同じだ。
「戦わずして、領地を切り取るか……」
「これならヴィオネッティーは背後を気にせず、尚且つ森を牽制し続けられる。他の領地も川の流れが防壁となれば防御がしやすくなるはずだ」
「山脈の麓に湖を作り、水を一括して集め、国境に沿って作った人工の水路に流す。未開の地との国境なんてないも同然なんだから、南北に真っ直ぐ引けばいい」
「相変わらず破天荒だな。湖作って、川を作るだなんて。金が幾ら掛かると思ってるんだ」
兄さんなら二発だろ。
「陣取り合戦を何百年も続けるよりマシだと思うけど。建国前からやってるのに、人族の版図は西側には全然広がってないじゃないか」
「なるほど面白い。この方法なら一気に領地が切り取れるし、目に見えて成果が見える」
「採用する気?」
「採用するか決めるのはあなたのお父さんよ。あんたも別の対案、何か考えなさいよ」
「なんでよ?」
「こっちは兵力も金も出さないのよ。アイデア出すしかないでしょ」
仕事がなくなった途端、退屈になっただけだと思う。付き合ってられないから帰ろっと。
「地下に拠点を作って地下壕を整備して奇襲戦法というのはどうかしら?」
「だからドワーフじゃないって言ってるでしょ!」
家に戻ると、調度品の飾りも済んだようで、いつもの生活に戻っていた。
食堂の向こうからいい匂いが漂ってくる。
リオナは珍しく読書している。どうやら明日の迷宮攻略の予習らしい。ロザリアは自室で、アイシャさんは奥のテーブルで文献を漁っていた。猫はと言えばソファーの上で腹出して寝ていた。
居間の壁に絵画が二枚飾られていた。一枚は静かな海辺の景色。もう一枚は風車小屋のある景色だった。どちらも日差しの多い明るい絵だった。
螺旋階段を登った先の、二階の突き当たりの壁に一番大きな草原の絵が掛けられていた。
どの絵も名の知らぬ作者のものだったが、僕的にはどれも風景画の名画だった。
調度品も派手にならない程度にうまく並んでいた。出窓に水晶の馬の置物はきれいだった。
僕も書庫から本を引っ張り出すと、寝室のべットに転がりながら明日の獲物の情報を調べる。
エルーダ迷宮、新年年始めの獲物は第二十四階層、ヒュドロスである。『四肢がある鰐を飲み込む巨大な水蛇』である。




