神様熟睡中6
さて、こんな状況なので、魔力過多をやり過ごすのは中止である。正夢でも何でも、役立つならあった方がいい。そんなわけで、魔力の大量消費はなしだ。姉さんに負けない地下娯楽基地建造計画は中止である。
でも探知スキルを極めるのは、今しかない。必要は発明の母。今極めずしていつ極めるというのか。僕は書庫に籠もると、探知スキル関係を専門に扱っている書籍を探した。相変わらず隙間の多い書庫だが、そうだな、地下娯楽施設を造ったら、子供図書館でもやるかな。今から、書籍集めを始めるか。姉さんもきっと賛同してくれるだろう。
お目当ての書籍は僕の書庫にはなかった。こうなるともう一つの書庫に行かなければならないのだが、姉さんは現在外出中。いくら弟でも鍵がなくては入れない。
そうなると、禁断のあそこしかなくなるわけだが。
躊躇する理由はない。僕は奥の禁書庫に入って部屋に鍵を掛ける。
魔力を大量消費しないと言っておきながら、いきなりこれである。我ながら計画性のなさは相変わらずである。
目を開けるといつもの部屋に出た。今度はドラゴンに押しつぶされてはいない。とても温かそうな部屋だ。僕の部屋の内装、これでいいかな。明るめの壁紙カーテンに、大きなソファーを置いて、本棚を正面に……
そうだ、時間がなかったんだ。
僕は目的の本を探した。探知スキル関係で鍛え方なんかを詳しく説明している本。できれば、今回『魔力探知』以外のスキルも手に入れたい。
右隅の膝元の本が光った。これだけあって一冊だけとは。
僕はその本を取り出すとなかを確認した。
「なッ! これは……」
伝説のアサシン『山の老人の回顧録』だ。
信じられない、こんな物があったなんて。
暗殺者集団の祖と言われていた人物の本だった。
彼は山の上の秘密の楽園に住む老人で、訪れた若者に暗殺の依頼を出していたと言われている。楽園には不思議な魅惑の成分があって、「再びこの楽園を訪れたくば、仕事をこなせ」と言って若者たちを操ったと言われている。酷い話だが、その場所を訪れた若者は皆希代のアサシンとなって名を馳せると言われた。
「とんでもない本があったもんだ」
頁をめくると、山の老人が若者に何をしたかがつぶさに書かれていた。
そこには実際に魔物の巣穴に若者を放り込んだとあった。
若者を檻に押し込んだまま巣穴に放置するらしい。檻は頑丈なものではなく数日もすれば壊れてしまうような柔な代物だったという。そこに知識だけを詰め込んだ若者を放り込む。あとは一月ほど放置である。
檻が壊れる前に隠遁スキルを覚え、逆に魔物を襲って食いつなぎ、身を隠しつつ、周囲を探り、獲物を狩る暮らしをさせるらしい。が、実際は最初だけ脅して、死人は出さなかったと書かれていた。
どうやら幻覚を見せるため、強力な催眠薬を使ったらしい。
恐怖に駆られた若者自身が魔物を量産する仕組みだったようだ。実害はないわけだ。
老人曰く、「素養がないからと言ってそれは罪に当たらない。ここに辿り着く者は皆優秀で野心のある者ばかりだ。が、わたしが欲したのは特定の才能がある者だけだった」と。
秘薬のレシピがあった。
物騒な薬で一度使ったら、二度と使ってはいけない薬らしい。
レシピを見る限り精神を拡張する薬のようだった。
要するに感覚を何倍にも鋭くする薬だ。
老人が望んだ才能とは、ずばり、この薬を二度と使わないでいられる才能だった。
本棚の本がまた光った。
薬草学の本だった。
呆れたことに、レシピに載っていた薬材の入手方法が事細かに載っていた。さらに有毒性を除去する方法まで懇切丁寧に記されている。
自分で望んだから本棚が反応しているわけだが、こうも先読みされてしまうと辟易してしまう。
だが、薬の調合方法は分かった。
要するにこの薬を飲んだ状態で修行しろということだ。
さらに『山の老人の回顧録』に載っていたのは、各種探知スキルの覚え方であった。
『魔法探知』の覚え方はまさに姉さんが教えてくれたときの方法、そのままだった。山の上の秘密の楽園では鬼ごっこではなく、闇のなかで食料に有り付くための実戦だったが。
前回の試練同様、餌になる獲物数匹と一緒に、明かりのない闇の洞窟のなかに一ヶ月の滞在である。
『聴覚探知』『嗅覚探知』も同様である。大概一度の試練で複数のスキルを身に付けることになる。
さて僕が今回選んだもう一つの探知スキルは『生命探知』である。
『聴覚探知』『嗅覚探知』に類するものはリオナを始め、獣人たちが既に持っていることもあり、急ぐ必要なしと判断、保留することにした。
勝手に覚える分には構わないが、正直、余計な音も臭いも知らない方が幸せに生きられるような気がする。
それで残ったのが『生命探知』というわけだが、これ、普通人が覚えるスキルではない。
このスキル、アンデットなどが覚えるスキルで生命力に反応するものらしい。
魔力と何が違うのかと言われると今一分からない。
ただ、他のスキルに比べ反応が小さく、他のスキルと同時展開するといらない子になる、可愛そうなスキルなのである。おまけに命のないアンデットにはてんで役に立たないと来ている。リオナ流に言えば「だめだめなスキル」なのである。
ではなぜ、このスキルを選んだのか?
実は化けるのである。
スキルのなかには上級スキルというものがある。
有名なところでは『隠密』の上位『暗殺者』だろうか。『毒調合』との複合スキルである。
つまり、『生命探知』はあるスキルと掛け合わせると上級スキルになるのである。掛け合わせるのは言わずと知れた『魔力探知』、僕が唯一使える探知スキルである。そしてその上位スキルとは『竜の目』である。
この部屋にある『スキル大全』を見て確認済みである。
断っておくがこのスキル、ドラゴンと名は付いているが決して無敵ではない。妨げる方法はある。ただ、そのために費やすコストはドラゴン級である。「そんな金があるなら、『竜の目』なんて持ってる奴と戦うなよ」というレベルである。
僕はこれを目指そうと思う。少なくとも装備付与ではどうにもならないスキルを身に付けるのだ。
そうとなれば、さぞ大勢の者が『竜の目』を覚えたがるだろうと思うかも知れないが、実はそれが難しい。
どうしても覚えたければ自らアンデットになるしかないのだ。
でも僕は知っている。
やり方は山の老人が教えてくれた。なんとアンデットに憑依するのである。なんてお手頃な手段であろうか。自ら仮死状態になる手もあるのだが、それは怖いから駄目だ。死んだら困る。
さて憑依する方法だが、呆れるほど馬鹿馬鹿しいものである。
まず迷宮に行く。そこでアンデットを見つけ、一度倒す。野生のアンデットでは私怨が強く呪われたりするので半端に生かしておくのは止めた方がいい。
結論から言うと必要なものは生きた頭蓋骨である。死んでるのに生きていると表現するのもなんだが。
兎に角、後頭部を割り、頭の前面だけを残してお面にするのである。
よく未開種族が、上顎までの頭蓋骨をお面にして、威勢を鼓舞したりするが、あれこそ『生命探知』スキルを覚える儀式か何かの名残だと思われる。
極力明るく振る舞ってきたが、結構ハードな要求で心が萎える。
まあ、一瞬でもアンデットの視界で世界を覗くことができれば『生命探知』スキル習得となるらしいので、さっさと終わらせたい。
誰かにバレたら、異端審問に掛けられそうだ。人のやることじゃない。迷宮のアンデットが単なる前世がない魔法創造物だと思えばこそできることだ。
神様も寝ていることだし、さっさと済ませることにする。
僕は『楽園』から出ると、母さんたちに「二時間ほど外出してくる」と言って家を出た。
あとの説明は省くとするか。
二時間後、エルーダ迷宮から戻った僕は『生命探知』スキルを取得していた。そして『魔力探知』とも違う不思議な景色を手に入れた。
「あれ? コンチェッタさん…… もしかしておめでた?」
コンチェッタさんのなかに命の輝きが二つあったのだ。
その後、命を狙われているかも知れないというのに、確認作業やらなにやらで家中大騒ぎになった。『魔力探知』スキルを持ったお産婆さんが来て僕を褒めた。
「よくこんな小さな反応見つけられたわね」と。
どうやら三ヶ月らしい。
すっかり家のなかの雰囲気が様変わりしてしまった。
女が多いせいもあるだろうが、カミールさんは今年の『目覚めの祭典』を欠席したいと言い出す始末だった。なんとか妻に諭されるが、気持ちは分かる。
それより複雑なのはロザリアだ。自分に妹か弟ができる。それも今度の子は紛れもない実子である。ふたりの間に子供ができて欲しいと望みながらも、養子である自分のことを気に掛けないわけにはいかなかった。
彼女のことだ、素直に喜べない自分に打ちのめされているに違いない。
僕も複雑であった。アンデットから得たスキルで、生命の神秘を見つけたのだ。産婆はよくやったというが、ここは苦笑いしかないだろ。
幸せながらも緊張した数日が続いた。
王都からも聖都からも朗報は来ない。
僕はその間、人混みと暗闇のなかにいた。そして隠遁と探知スキルを巡らしながらその時が来るのを待った。




