神様熟睡中7
そして、『神の目覚めの儀』を行なう式典を翌日に控えた日の朝。
ひとりの少年が我が家にやって来るのが見えた。村で元気に遊んでいる姿を何度か見かけたことがある。白い尻尾が特徴の犬族の少年だ。
なんの用かは知らないが、僕は玄関先に出て、出迎えた。
他の家人はようやく目覚めた頃合いで、アンジェラさんが居間の暖炉に新しい火を入れているところだった。
空の端がようやく白み始めた。そんな時間だった。
「おはようございます。若様」
元気な声で朝の挨拶をする少年に、僕は笑って挨拶を返す。
「これ、預かってきました」
少年が両手に抱えてきた物に僕は見覚えがあった。
転移結晶の原石!
頭が真っ白になった。
これが今爆発したら、障壁で守られている家は兎も角、僕とこの少年はどうなるか。
家を吹き飛ばす大きさではない。でも、僕たちは死ぬ。
誰がこんなものを?
僕は周囲を見渡す。修行している探知スキルに怪しい人物は引っかからなかった。
見た限り、爆発する様子はない。ただの脅しか、警告か?
「ありがとう、重かったろ?」
原石を受け取ったその瞬間、突然、反応を示した。石が僕の魔力を吸い上げたのだ。
しまった! 石に術式を刻んでいたのか! 過負荷だッ!
爆発する!
「若様?」
僕と少年の間には原石があった。結界を掛けてやろうにも石を内包してしまう最悪の位置関係だった。リオナを蛙から守れなかったときを思い出す。
どうする?
爆発すれば以前やったように、溢れた魔力を『楽園』の行き掛けの駄賃として吸収できるが、今は無理だ。距離が近すぎる! 瞬時に吸収するなんて芸当はできない。
このままでは少年も僕も助からない。
ふざけやがってッ!
石に結界を張ったが、魔力が吸収されて、安定しない。
衝撃を完全には殺せない!
どうする? この子だけでも。この子だけでも助けないと!
僕はゲートを開いた。
転移術式だ。出口は誰もいない森の上、町の障壁ギリギリの高度だ。
石を転送すると同時に僕は少年を抱きかかえて、結界を張った。
ゲートに押し込んでいいものか甚だ疑問だったが、我が身かわいさに無茶をした。
頭上で爆発が起きた。
上空を守っていた町の障壁に衝撃波がぶつかり、空が揺れた。拡散した衝撃波が地上に降り注ぐ。
ドンッという音がして、森が大きく暴れた。土埃と強烈な風が周囲を襲った。
少年は僕の腕のなかで固まってしまった。
僕は彼を守りながらもう一度探知スキルを働かせた。隙ができるとしたら今だ。このどうしようもない状況こそ、襲撃には絶好のタイミングだ。
『魔力探知』は今は使えない。『生命探知』だ。
森は半壊。我が家は無傷だったが、朝も早くから大騒動になった。全ての門は閉じられ、守備隊が駆けつけた。
「エルネスト! 今度は何をした!」
守備隊長のサリーさんはカンカンである。長い話をする羽目になり、彼女は自分の与り知らないところでとんでもない事件が起こっていたことを知る。村長たちも集まってくる。子供の両親も一緒だ。子供は大泣きしたが、怪我はない。
「頼んできたのは老女だそうだ。背格好からして、恐らくお前たちが探していた人物だろう」
やはり、単独犯か。
「教会に照会して、名前が分かった。ピア・カルーゾ、六十才。ロンダ村出身―― 今ポータルの記録を調べている」
しばらくすると、ポータル使用者の記録からピア・カルーゾの名前が出てきた。時間的に見て少年に石を預けてすぐ立ち去ったようだ。
トラップに自信があったのか? あの石が家のなかに持ち込まれていたら、あるいは。
警戒は解かれ門は開放された。ユニコーンの朝の散歩にも間に合った。
唯一犯人の目撃者の少年は「犯人は現場に戻ってくる」という法則の元、転移ポータルに貼り付かされた。
一方、聖都エントリアでも騒ぎになっていた。
スプレコーンからの照会によって、教皇の娘の護衛からもたらされた先刻の報告が、裏付けられたからである。教皇暗殺。信じられない事態が起ころうとしている。
式典当日は招待客しか大聖堂の周囲には近づけないので、高を括っていた警備隊も犯人の使った手口に恐怖した。
「既に大聖堂にトラップが仕掛けられているかも知れない」と総点検が始まった。
結果として十三個のトラップが見つかった。最大のものは司教座に仕掛けられていた。
結局、スプレコーンにピア・カルーゾは戻ってこなかった。本命を翌日に控えているせいか、所詮どうでもいいオマケだったのか、僕たちの警戒は徒労に終った。
一日棒に振った少年には迷惑料として、例のお肉を持たせた。守備隊からも金一封が出るらしい。
早くいつもの明るい少年に戻って欲しいものである。
今は少年のことは長老に任せるとして、明日の心配である。
姉さんとヴァレンティーナ様が昼間、一度戻ってきた。明日の式典に出席するための着替えを取りに戻ってきたそうだ。
姉さんに「北の一件はどうなっているのか」と尋ねたら「面白いことになっている」と答えが返ってきた。
姉さんにとって面白いということは相当物騒なことになっているということだ。詳細は後日教えてくれるそうだ。
カミールさんは姉さんたちと一緒に聖都に戻っていったし、親父も同行している。まず鉄壁と言えよう。
不安なのは我が家の方だろう。対魔法使い相手の戦闘なんて、迷宮のへっぽこソーサラーぐらいなものだ。リッチともやり合ったが、あれを基準に考えると町が崩壊する。
そんなわけで夜の見張りは交代制だ。狙われている本人たちは抜きにして行なわれる。
まずリオナと母さん、次にアイシャさんと爺さん、そして僕とオクタヴィアである。取りあえず魔法戦闘があると仮定して、近接と遠距離を分けた。オクタヴィアは戦闘は兎も角、探知能力はリオナ級なので頼りになる、と思う。
それ以外にロザリアの部屋の前にいつもの護衛のふたりである。
恐らく今夜の襲撃はないと皆考えている。教皇暗殺への狼煙としてはもはや手遅れだからである。
「食べる?」
オクタヴィアがクッキー缶を差し出した。
「焼いて貰ったのか?」
黙って僕の顔をじっと見ている。缶をよく見ろ? 肉球が指し示す。
「これは! 保存庫?」
クッキー缶サイズの保管庫だ。
「作って貰ったのか?」
「んふふ。これでもうカビない。お餅も入れられる」
いや、お餅とクッキーは一緒にしない方がいいと思うぞ。
「おや? 味が変わった?」
「アンジェラの新作。これはいつものバター味と紅茶味。これがクルミ味。これはお砂糖味」
「どれも美味しそうだな」
全部に肉球スタンプがある。
水筒には温かい紅茶が入っている。オクタヴィアは専用の木彫りのカップを両手に持って注がれた紅茶をチビチビ啜る。
「なんで溶けないの?」
かまくらの天井を見上げる。
「なんでだろうね」
なんというか、最初に見張りをしていたふたりが玄関先に作り上げていたのである。
二チーム目が酒やつまみを持ち込んで、スルメを炙った携帯コンロで、現在僕たちはお餅を焼いている。
兄さんの非常食じゃないから蜂蜜は仕込んでない。きな粉を失敬してきた。
「よし、焼けた。お湯に潜らせてからきな粉をまぶす」
「うう……」
涎が出てるぞ。
「おいしい。焼いたのも美味しい」
ほんとにお前の猫舌、どこ行ったんだ?
「保存しておく」
クッキー缶の蓋をぱかっと開ける。
「ぎゃああああ、駄目ーッ」
きな粉がたっぷり掛かったお餅を、クッキーがいっぱい詰まった缶のなかに納めた。
「ああ…… せっかくのクッキーがきな粉テーストになってしまった」
オクタヴィアは気にしない。餅とクッキーを一緒に食べる。
「おいしくなった!」
きな粉がかかったクッキーを美味しそうに頬張る。
気を付けよう、暗い夜道とクッキー缶。次に何が混ざることやら。
結局、夜も空振りであった。




