神様熟睡中5
「なぜそう思った?」
「彼女は夢のなかでいくつもの犯罪を直視してきたはずでしょ。本人の希望かは兎も角、普通なら目をそらしたくなるような現実にも耐えてきた。実際、家族を殺されても犯人の後を追いかけ続けている。父親の悪行に耐え切れなくなって記憶を喪失したというのはどうにも信じられないんですよね。だったら母親を殺された段階で、いや、もっと以前にそうなっていてもおかしくないはずなんですよ。全てが終った後で、というのは解せない。それに父親が家族を殺した順番もなんとなく納得いかない。まず浮気した妻を、それは分かる。でもそのあとは元凶になった娘でしょ? いや、ことと次第によっては最初に殺さないといけない。一家心中を一度、彼女に止められてるわけだし。真実を暴く彼女は誰より邪魔だったはずです。この状況を作り出した娘を恨んでいなかったのか? それ程までに愛おしかったのか? だったらまるで関係ない息子たちを殺した理由はなんだったんでしょう? それこそ必要があったとは思えません。日記が今になって見つかるというのもどうかしてる。今見つかるものなら、当時見つかっていたはずでしょ。大量殺人事件です。捜査は甘くなかったはずです」
「隠したのは娘か……」
「そう思います」
「問題はなぜ時を経て、今になって懺悔しに来たのかということじゃな? 嘘を暴いて欲しかったのか? その割りには隠す気満々のようだが。自己申告という手は思いつかなかったのかの?」
「神を試したかった」
僕の言葉に双六をしているコンチェッタさんが驚いたようだ。
「耳がいいみたいですね」
「女はとかくな。そういや告げ口も得意じゃたかの」
リオナと、オクタヴィアが凍り付いた。
僕たちは笑った。
「罰を与えられないまま、人生の終局まで来てしまったことへの失望」
「神にもう一度チャンスを与える気だったというのか?」
「でもそのシグナルさえ届かなかった」
人数分の紅茶が入れられ、居間に運ばれる。
僕たちも香りに引かれて付いていく。そしてコタツから離れたソファーに向かい合って腰を下ろした。
直接聞き耳を立てれた方がいいだろう。すっかり駒を動かす手が止まっているようだし。
エミリーがアイシャさんにブランケットを持ってきた。
「カミールさんはなぜこの話をしたのかな?」
「本人もどこかでおかしいと感じていたのだろう。ただの偶然と言うわけではあるまい」
「昔の話なんですかね?」
「現在進行形なら大変なことになるのぉ」
「どういうことでしょう?」
コンチェッタさんが立ち上がった。
奥方として黙って聞いているわけには行かなくなったようだ。
「それは事実確認が取れてからの方がいいですかね」
「そうじゃな、昔話なら今更話しても詮無きことよ」
「呼んできてもらえる?」
リオナとオクタヴィアが仲良く駆けていった。
しばらくするとリオナと手を繋いでカミールさんが戻って来た。親父とオクタヴィアが後に続く。杵と臼を庭先に運んでいたらしい。
気が早いことで。餅米もまだ蒸していないのに。
「実は一月ほど前、実際にあった話だ。直接対応したのはわたしじゃないが、後日、わたしを訪ねてきたらしい。わたしは式典の準備で忙しくて会うことができなかった。すまなかった。かこつけてしまった」
「運がよかったの」
「?」
「もし老女に直接会っていたら、今頃、ここにいる全員、墓参りの準備をしておったじゃろうからな」
全員の目が丸くなった。オクタヴィアがくしゃみした。
「王宮から直接こちらに来られたのも運がよかったですね。でなければ狙われていたでしょうから」
「どういうこと?」
ロザリアの声が震えている。
僕たちは若干先ほどの話を巻き戻して、親父たちに僕たちの推論を聞かせた。
「シグナルを見逃した? その老女は逮捕されたがっていたというのかね?」
「今更行動に及ぶ理由が他にあれば、別だがの。懺悔とは本来そう言ったものではないのかの?」
「だが嘘は見抜かれることもなく、同情的な関係者たちによって見逃されてしまった。また彼女は神に許されてしまったわけです」
「そうなるのか?」
「カミール殿に面会を求めたのは狼煙を上げるためだろうな。教皇の血筋で、枢機卿、申し分ない生け贄じゃろ?」
「これで気付かぬ神ならばどうしてくれよう」
「今度こそ神様の目に触れますように」
「老女は思った。自分は許されたのではなく、そもそも神様に見て貰えていなかったのではないか? でなければ自分の悪事が二度も見逃されるはずがない。ならばまず気付いて貰わなくてはいけない」
「だから、狼煙?」
「でも狼煙は上がらなかった。仕方がない。代わりの狼煙を上げることにしよう」
僕たちの視線は、コンチェッタさんに向けられた。
「教皇の娘…… これなら教皇も気付くだろう。延いては神も。もはや見ていなかったとは言わせない」
「でも、わたしには接触などなかった」
「事件の捜査やらで、結論が出たのは恐らく『神様の休日』前。失望してから、方針転換まで余り時間がなかったのでしょう。コンチェッタさんは式典準備のために王宮に向かわれた後だった」
「そこまでする人物がなぜ周囲を巻き込んでまでとは思わなかったのかしら?」
母さんが言った。
「彼女の本質は悪党ではないように思えます。悪党は反省しないと言うでしょ? 彼女は人生最後の賭を銀行の地下金庫ではなく、教会の懺悔室を選んだ」
「彼女がどういう人物だったかは憶測にしかならないだろ。未だに誰も死んでいないという事実があるのみだ」
さすが親父。いいこと言う。
「どうなるですか?」
オクタヴィアがウンウンと頷いている。
「『神様の休日』が鍵だと思う。彼女は神様に自分を見つけて貰いたがってる。だとしたら神様がいない間、何かをすることはないと考えられます。何かするとすれば」
「神様が目覚めたとき」
「おあつらえ向きに盛大な式典が催される。他ならぬ教皇の手で」
「まさか」
「段階を踏みたかったのでしょうが、叶わぬとなれば」
憶測が過ぎるというものだ。口に出して話していても誰一人確証が持てなかった。
導き出された結論が突拍子もないことだったから尚更だ。
護衛をひとり帰して、報告に向かわせることにした。ことの真偽は兎も角、警戒しなければ。
『神の目覚め』の日は近い。
突拍子のないことは教会関係者と聖騎士団に任せて、ロザリアとコンチェッタさんは我が家に逗留することで話が付いた。さすがにカミールさんは帰らざるを得ないが、その分親父が直々に警護に就くことになった。
その親父たちが餅をつき、昼には充分な量の餅ができあがった。前日からの仕込みができなかった分、お湯で四、五時間浸けておいた餅米を使った。今年の新米だし、保存庫からの直送なのでなんとかなったようだ。
今回はオクタヴィアも残しておこうなどとは思わなかった。両手で熱い餅をお手玉しながら奮戦していた。
エミリーが冷ましてやろうと手を貸したら怒られた。熱いうちに食べるから美味しいのだと。
お前、食うのに夢中で自分が猫だって忘れてないか? 猫舌って言葉知ってるか?
水をペロペロ舐めながら、餅食ってたんじゃ、腹のなかでさらに膨れそうだな。
今日も腹出して苦しむ姿が目に浮かぶようだ。
アンジェラさんとエミリーは餡ときなこの作り方をしっかり伝授されていた。
これなら母さんが帰っても餅が食えると僕は安堵した。
一方、ロザリアは食が進んでいなかった。
対外的にロザリアはコンチェッタさんの実の娘であるから、現教皇の孫ということになっていた。立派な標的候補である。
が、本人が気にしているのはやはり祖父と父親の安否である。
北の問題に解決のメドが付くまでヴァレンティーナ様も姉さんも王都から帰ってこない。任されたわけではないけれど、僕までこの町から離れるわけにはいかないだろう。少しでも支えなければ。
飯を食ったら、探知スキルの練習をしよう。ついでに夜中、魔力消費をする算段をしなければ。
久しぶりに本の虫になるとするか……




