神様熟睡中4
あの馬鹿!
「あら、難しい言葉知ってるのね。猫ちゃん」
コンチェッタさんも大概大雑把である。ユニコーンには驚くくせに、尻尾が二本あるしゃべる猫には驚かないんだからな。可愛ければいいのか? 『妹ちゃん』も可愛いぞ。
「誰か具合悪いのかしら?」
「死ぬほど元気」
こら!
「レジーナか?」
アイシャさんが僕に耳打ちする。
「本を一冊置いてった」
「忙しい奴じゃな」
僕は自分の席に着いた。
「で、どうなの? エルネストちゃん」
母さん……
「エルリンは予言者なのです。ドラゴンが襲ってきたこと知ってたです。姉様が襲われたときも暗殺者やっつけたです」
テーブルに料理が並んでいく。ドワーフ村のモチモチパンがバスケットに載って出てきた。
「姉様?」
「レジーナさんですか?」
「ここの領主様よ」
ロザリアが言った。
「暗殺未遂事件聞いてるでしょ?」
「エルネストさんが、防いだの?」
「寝てたら、見えちゃったんですよね。夢だと思ったら夢じゃなかったみたいで」
「典型的な魔力過多だと思ったけど……」
コンチェッタさんが考え込んだ。
恐らく、見えただけでなく、実際に事象を妨げたことに引っかかっているのだろう。
僕がゲートを使わない転移や『楽園』を使うとは知らないのだから当然だ。無意識であれ空間に作用する術を持つとは考えていないはずだ。
「探知スキルがたまに見せるってヴァレンティーナ様が言ってたけど」
「彼女はレジーナを知ってるからそう言ったのよ」
母さんが神妙な顔をして言った。
「お姉ちゃんも以前は魔力過多だったのよ。安定するまで数ヶ月かかったんじゃないかしらね」
「ああ、それでか」とアンジェラさんが思い至ったようだ。
ちょうどアンジェラさんたちと冒険していた頃だ。姉さんが夜な夜な地下宮殿を造っていたという話が繋がった。あれは、無駄な魔力を放出していたんだ。
「あいつはあの後、更に魔力が上がったんだよな。母さんの魔力をあっさり超えやがったんだ」
父さんが口を挟んだ。
でも、多分それは違う。姉さんの魔力は母さんと変わらない。でも操ることを覚えたんだ、魔素を。この世界に充満する魔素を魔力に変える術を手に入れたんだ。
姉さんだけの『魔弾』を。
完治後のことは考えなくていいだろうと僕は考えた。『魔弾』を先に覚えた僕とは、順序が逆だっただけだ。
「エルネストさん、あなた、空間を越えられるのではなくて?」
コンチェッタさんが真剣な眼差しを向けた。
答えに悩む。どう答えたものか。
「使えるに決まっておるじゃろ?」
答えたのはアイシャさんだった。
「ここにいる全員がやってることじゃ。ただし、ゲートを使わずにできる人間は少ないがな」
アイシャさんがコンチェッタさんを睨み返し、魔力をほんの少し増大させて見せる。
そして忽然と消えた。
「え?」
カミールさんも、警護のふたりも呆気にとられている。
警護のふたりはすぐに気付いたようで、うちの両親とリオナと同じく、二階の踊り場を見上げた。
「術式と魔力さえあれば誰にでもできる。そんなことより飯じゃ。せっかくの料理が冷めてしまう」
そう言いながら階段を優雅に降りてくる。
なんとか有耶無耶にできた。アイシャさん感謝である。
それにしてもアイシャさんも転移できたのか。もっと早く教えてくれればいいのに。
「レジーナに教わった」
僕の耳元で呟いた。なんと術式は姉さんからか!
「この家はまるでびっくり箱ね。次から次へと」
コンチェッタさんは溜め息を付いた。
周りに規格外が大勢いるとなれば、僕にできてもおかしくないという結論に達したようだ。
「それで、治療法は?」
ロザリアが母親に尋ねた。
「寝る前に魔力を消費することね」
「それだけ?」
「空にするのが理想だけど、魔力が多いと消費するのも大変よね」
それなら大丈夫だ。やりたいことは山ほどあるし、探知スキルの修行も待っている。
「覚醒している間は問題ないけど、眠ってしまうと潜在意識が働いてしまうから。本人すら予想しなかった結果を導くことがあるのよ」
「それは時に不幸を招くこともある。過去の事例では、眠っている間に恨みを晴らしていたケースもあった」
カミールさんが妻の言葉を繋いだ。
「ある家の娘が朝起きたら、家族全員が惨殺されていたという事件があった。今から五十年ほど前の話だ。それは最後まで犯人が分からなくて迷宮入りした事件だった。真相が分かったのはつい最近だ。教会に懺悔に訪れた老女の口から明かされ、調べてみて分かったことだ」
みんなの視線がカミールさんに注がれた。
「その女性は当時夢にうなされる日々を送っていた。それはまだ幼なかった彼女が、小さな町のなかで起こっていた事件を毎日のように目撃していたからだった。当時の彼女はまだ八才だった。家族は子供の戯言として、彼女の主張を受け入れなかった。彼女は自分の正義を主張し続けた。認めて欲しくて。そして彼女の言った通りのことが次々、現実に起こっていった。彼女は周囲から警戒されるようになった。何せ、犯罪の手口やら、口論した内容、赤の他人の家の隠し金庫の位置まで言い当てて見せたからだ。その頃には家族も彼女の言うことを疑わなくなっていた。だが、問題が起きた。母親が娘の奇行に耐えきれなくなって、外に男を作ったんだ。それを知った父親は家族全員を道連れに家に火を放とうとした。だが、それは彼女によって未然に防がれた」
カミールさんが喉を潤した。
「ところが浮気を知られた母親は家を出て行き、父親は酒に溺れ、兄弟は彼女を責め、親戚は父親をあざ笑った。少女はひとりぼっちになってしまった。そして事件は起きた。まずあざ笑っていた親戚が突然炎に巻かれて亡くなった。次に母親が。そして兄弟が相次いで亡くなった。最後は父親が自ら命を絶った」
みんな固唾を呑んだ。
「彼女は魔力過多だった。魔力が特段大きかったわけではなかった。ただ魔法使いの家系でもない貧しい農家の生まれだったせいで、誰も彼女が魔力を使えると思わなかったんだ。だからこそ身体が魔法の発現を欲した。だから寝ている間に無意識が事件を引き起こしてしまったんだ」
みんなが僕の方を見た。
僕に何か恨まれることでもしたのかな?
カミールさんが笑った。
「彼女は犯人じゃなかった。犯人は父親だったんだよ。彼女はそれを自分の仕業だと長年思い続けてきてしまったんだ。だが真実は違った」
「なぜ、違うと分かったんですか?」
僕は尋ねた。
「事件の再調査で父親の日記が出てきたんだよ。そこに全てが書かれていた」
「じゃあ、その女性はずっと自分を責め続ける必要はなかったんですね」
「そうなるね。彼女は夢のなかで見ていただけだからね。幼かった彼女は現実を受け入れられなくて、犯人の記憶を消していたんだろう。犯人がいない以上、自分がやったと勘違いしても仕方ないだろうね。夢なんて、目覚めてみれば泡沫だからね。そこに真実がないことは誰もが知っている。そのなかに真実の欠片が含まれていたとしても、思い過ごしとして当たり前に処理されてしまう」
なんでこういう話になった……
魔力過多の話じゃなかったか?
「取りあえず、冷める前に食えという話よ」
ロザリアが身も蓋もなく、短くまとめた。
リオナとオクタヴィアがはっとなって、食事を掻き込んだ。
頬張りながらじっとりした目でこちらを見つめる。
お前ら何考えてる。
「リオナはいい子なのです」
リオナがいつになくいい子アピールしてくる。
オクタヴィアはクッキー缶を取り出して僕の隣りに置いた。
「食べないとしけるから」
オクタヴィアが器用に缶を開ける。缶のなかを覗いて固まった。
「んぎゃあああッ!」
突然、髭でも抜かれたかのように奇声を発した。
「どうした?」
みんなが詰め寄った。
代表して自分が缶のなかを覗き込む。
「カビてる……」
クッキーもまとめて全損である。
「お前、餅をこんな所に入れるなよ」
魔力過多の話など一気に掻き消された。
家のなかは笑いに溢れ、辛気臭い空気はどこかに消えた。
ロザリアの両親のために急きょ、餅がつかれることになった。親父は今から腕まくりしている。
「クッキー、お願いします」
オクタヴィアが台所でアンジェラさんを拝み倒している。
居間では双六の準備が始まっていた。
「どう思う?」
アイシャさんがひとり食堂に残った僕の脇に立って言った。
「犯人はやっぱり彼女だったって話ですか?」
僕の答えに満足してアイシャさんは笑った。




