神様熟睡中2
「ま、まあ、この人数であれ一羽分ならな…… な」
何を甘いことを。
「何言ってるの、この人数で一羽だけじゃ足りないでしょ」
厨房の後ろからエミリーとサエキさんが苦笑いを浮かべながら、でっかいターキーの載った皿をもう一つ運んできた。
ほれ見ろ。何年連れ添ってんだよ、親父。この件に関してだけは、母さんに妥協なんてないんだよ。
「こうなったら外のふたりにも手伝って貰おうか……」
「呼んでくるのです」
リオナは急いで玄関に駆けて行った。
「ふたり?」
コンチェッタさんが首を傾げる。
「おふたりの警護の方ではなくて?」
母さんも気付いていたようだ。
「外は寒いですからね。そろそろ入れてあげましょう」
リオナの先導で雪を被った僧兵がふたり雪を払いながら入ってきた。
「まあ、あなたたち!」
どうやら娘に内緒で教皇が付けた護衛のようだった。
「申し訳ございません。コンチェッタ様」
幸い獣の肉を食べてはいけないという戒律はない。僕もリオナも親父も喜んで迎え入れた。
隣りの食卓に着いた修道僧ふたりは、どっさり盛られた皿に驚き、やがて辟易した様子ではあったが、なんとか完食してコンチェッタさんを守って見せた。これは優秀だ。
ターキーは全員が奮戦したことでなんとか完食と相成った。おめでとう。こんなにすっきり片づいたことは未だかつてなかった。
リオナがアンジェラさんに何やら頼み込んでいた。まさか……
しばらくするとお客様だけに、焼き肉が振る舞われた。
この期に及んで、また肉か。嫌がらせだと思われるぞ。
「ドラゴンのお肉詰め合わせなのです。左からアイス、スノー、フェイクなのです」
よかった。さすがに量はセーブしてあるようだ。
リオナが自慢げに説明した。
うちの両親も含めてお客様全員が絶句した。
「こんな家に警護はいらんわな」という話になって皆大笑いした。
が、つい先日、この家は襲撃に遭ったばかりだったので、ロザリアもアイシャさんも爺さんも笑えていなかった。
満腹のはずの全員がステーキをぺろりと平らげた。
「お腹いっぱいでも食べられるのです」
リオナもご満悦だった。
「生まれて初めて食べました。こんなに美味しいものだなんて思いませんでした」とコンチェッタさんが感心すると、「わたしも三種類を食べ比べたことなんてありませんでしたわ。こんなにも違うものだなんて思いもしませんでしたよ」と母さんも感想を述べた。
さすがにお代わりをする人はいなかったが、帰りのお土産に包むことにしたら、とても喜ばれた。リオナも嬉しそうだった。
その夜、酒好きは東屋でコタツを囲んで雪見酒を楽しみ、残った者は双六に長風呂を楽しんだ。どっちつかずに残された僕は部屋のなかで警備する羽目になった置物のようなふたりと一緒にいた。
「どうすれば隠遁スキルを見破れるようになりますかね?」
僕は紅茶を差し出す。
「かたじけない」
紅茶を楚々と受け取ると一口啜った。
「第一には日々探知スキルを磨くことでしょうか。こればかりは一朝一夕にはまいりません。暗闇はよい師匠になってくれると申しますから、夜中にスキルを磨くのが良いようです。ただ不快に思われる方もいらっしゃるでしょうから、対象はあくまで町の外の獣たちといったところでしょうか」
「後は隠遁スキルを磨くという手もございます。敵を知ればという奴です。不思議と自分よりレベルの低い隠遁スキルは見破れるようになります。こちらは日中、人混みで行なうとよいでしょう。見つからないように気配を消すというのは結構厄介です。個人的には探知スキルの高い魔物がいる迷宮などがお薦めです」
なるほど、迷宮で魔物相手なら僕ひとりでもできそうだな。
僕は礼を言い、その場を離れて居間のコタツに向かう。
こちらは盛り上がっていた。ロザリア親子とリオナと母さん、オクタヴィアが加わって騒いでいた。盛り上がっているところ、邪魔しちゃ悪いな。
僕はすることもなく風呂に入ることにした。自宅の風呂は来客がいつでも使えるように空けておくことにして、僕はガラスの棟に向かった。
途中、東屋を見ると、こちらの宴もたけなわであった。
大浴場に入ってしばらくするとトビ爺さんと子供たちが入ってきた。
「うおりゃー」「とう!」「ほい!」
ドッポーン。ドッポーン。ドッポーン。
「こら、チビども。いつも飛び込むなと言ってるだろう」
「久しぶりだな、若様」
こんな時間に元気だなピノ。
「餅祭りで――」
あのときはこいつら雪かきしてたんだった。
「久しぶり。金貯まったか?」
「うん、ばっちりだ」
「でもまた借金できた」とピオトが言った。
「はあ?」
「ボード改造して貰う約束したんだ」
テトがほっこりしながら言った。
「誰に?」
「リオナ」
「リオナが立替えてくれるって。取りあえず真っ直ぐ進む奴」
ピノは若干不服そうである。
「その方がいい。安全第一だ。高いところから落ちられても困るからな」
「若様と同じ奴がいいのになぁ」
「そっちは自力でなんとかするんだな」
「飛空艇早く直らないかなぁ」
「後一月ちょっとだ。我慢しろ」
子供たちは残念そうに水没していく。
「すまんかったの」
トビ爺さんがトボトボと湯船に浸かりに来た。暗殺者に警戒を突破されたことにショックを受けているようだった。
「相手は暗殺のプロだよ。今回は僕も領主も完全に隙を突かれたんだ。誰も悪くないよ。敵があっぱれだっただけさ。それにプロでも水のなかからしか潜入できなかったと思えば、気も休まるというものさ」
余り休まってはいないが、そう言うしかあるまい。やはり襲撃の前と後では心持ちが違う。家にいても以前のように気が休まらないのだ。どこかで警戒心が疼いているのだ。
「運がよかったな」
「まったくですじゃ。でも運がいい間になんとかせんといかんじゃろうな」
「取りあえず水路に蓋すれば落ち葉も入らなくていいかもな」
「わしらもまだまだ胡座をかけませんな」
ピノが湯船から飛び上がった。
「俺たちは鬼ごっこすることにしたぞ」
「鬼ごっこ?」
「もっと耳と鼻を鍛えるんだ。どんな悪党も近づけないくらいに」
「?」
何を言ってるのかよく分からないが。
「獣人族の鬼ごっこは人族のそれとは大分違いますからな」
「そなの?」
「獣人の足で十分間の猶予のうちに駆けて隠れるとなれば、普通ではありますまい? 町の全域でも狭いでしょうな」
そんな広い場所で鬼ごっこって…… 永久に終らない気がする。
「十分逃げたらもう動いちゃいけないんだ。でないと誰も捕まらないから」
然もありなん。
「場所を動いたら失格なんだ」
「でもこの雪でやったら足跡付くだろ?」
「普通は雪降ったらやらないよ。寒いだろ」
「やるときは教えてくれよ」
「いっしょにやる?」
「いや、勝てそうにないから、見学だな」
「なんだよ。だらしねーな」
「なんだ凍り付きたいのか?」
「滅相もございません!」
テトとピオトがピノから全速で距離を取った。そして湯船に頭だけ出してこっちを警戒している。
「取りあえず、頑張りすぎるなよ」
僕は湯船を出た。
「若様も気を付けろよ」
「分かってるよ」
「いなくなったら困るんだからな!」
背中でピノがデレるのを聞いて、少し元気が出た。
「いなくなったりしないよ」
僕が戻る頃には、東屋も店じまいだった。家に戻ると皆今夜の寝床の算段をしていた。
母さんは今日もリオナと第二部屋、ロザリアの母さんはロザリアの部屋で一緒だ。
すっかりできあがっている親父ふたりはそれぞれの女房に客間と空き部屋に放り込まれていた。
警備のふたりには居間のコタツを提供した。オクタヴィアは落ち着かない様子で警備ふたりからも、酒臭いご主人からも離れるべく、マイコタツを引っ張ってウロウロしていた。
結局、コタツと一緒に僕の寝室に運んで、暖炉の前に置いてやった。
猫はそれがあたかも当然であるかのように、コタツのなかに姿を消した。
「おやすみなー」
最後まで言わずに眠りに落ちたようだ。
僕は、修行すべくベランダに出た。
雪が降りしきり、止む気配がない。深々とした世界のなかで、町の外を探る。
「やっぱ駄目だ。寒すぎる」
僕は急いで引き返し寝床に潜り込んだ。




