神様熟睡中1
僕は証拠書類の整理が終るのを待って、エルマン兄さんと一緒に屋敷を出た。
そしてポータルのあるウェルカムゲートの下まで来たとき、兄さんが言った。
「たまにはこっちにも遊びに来い。王都を案内してやるから。レジーナは死んでも第一師団には顔を出さんだろうが。お前まで付き合うことはなかろう? 紹介したい奴もいるしな」
ん?
「もしかして彼女できた?」
「な、なんで分かった!」
「当てずっぽうだよ」
「そ、そうか」
「結婚するの?」
「向こうの家族が彼女をヴィオネッティーに入れてもいいと承諾すればな。彼女はOKしてくれてる」
「どんな人?」
「うちの隊長なんだよ。直属の上司。貴族と言っても身分はうち程じゃないんだけどな。叩き上げで今の地位を掴んだ人だ。怖ーけど美人だぞ」
兄さんは耳を真っ赤にして言った。らしくないところが本気度を現わしている。
「おめでとう、兄さん」
「まだどう転ぶか分からん。最悪、か、駆け落ちかも知れん。だから誰にもまだ言うなよ」
「うん、分かった」
多分大丈夫だ。『災害認定』は伊達じゃない。災害を治めるために生け贄を差し出すことを思えば、相思相愛な分、先方も諦めが付くだろう。
「何かあったら、連絡するんだぞ」
「分かった。そうする」
「じゃあ、達者でな」
兄さんはゲートを潜らず、街道を全力疾走で駆けて行った。
え? なんで。
「ちょッ、兄さん!」
姿が見えなくなった。足早ッ。既に地平線の彼方である。
「アルガスまでは転移ゲート使えるようになったって言おうとしたのに……」
『災害認定』のせいだとはいえ、 相変わらずだな。
「報告急いでるとか言ってたけど、大丈夫かな?」
僕はポータルを発動させた。
スプレコーンに着くと僕は足早に領主館に向かった。
ヴァレンティーナ様の不安を払拭するためにも一刻も早い方がいいと考えた。姉さんを早めに黙らせたかったというのもある。
館は平常運転に戻っていた。使用人たちは普段通りに働いていた。
領主の執務室の扉をノックする。
館の主は相変わらず缶詰状態だったが、コタツでリオナと姉さんと三人で双六を楽しんでいたようだ。
「お帰りなさいなのです!」
リオナが飛び込んできた。
「お前、こんな状況にどこへ行っていた!」
姉さんはお冠だ。
「今話すから、落ち着いてよ。そうだ、何か飲み物を」
僕は自分の家が襲われたところから話を始めた。既にリオナと守備隊から報告が行っていたようで特に驚かれずに済んだ。
アンドレア兄さんとエルマン兄さんとの共同作戦の話をしたときには、予想通り、姉さんの頭は沸騰しかけていたが、ヴァレンティーナ様のとりなしで、こちらも想定通り、うまくクリアーできた。
「まさか、諜報部が動いていたとはな」
「ラーダ王国…… 荒れるかも知れないわね」
「『サーペント・デローロ』もなくなったそうだし、明日王宮に参内してみるわ」
「わたしも行こう。馬鹿兄貴に一言言っておくことがある」
あちゃー、兄さん大変だ。結婚前に死ぬぞ。
僕は一通り説明を済ませるとリオナと一緒に退室した。
夕暮れが迫っていた。町は厳かな静けさに包まれていた。
家々からは夕飯の準備をしている台所から、美味しそうな匂いがしてきていた。
「強かったですか?」
リオナが匂いを堪能しながら、道すがら僕に聞いてきた。
「姿一つ見えなかったよ」
「むむ……」
予想外の答えだったのか、考え込んでしまった。
リオナだったらどうだっただろうと僕も一瞬考えた。
どちらにしても、僕はしばらく隠遁系スキル対策をした方がいい。
どうやって鍛えればいいのやら。
本当に力以外の強さというものをまざまざ見せつけられた一件だった。
「なんとかなるさ」
僕はリオナの頭をポンポンと叩いた。
「強くなるのです」
リオナの闘志がなぜか増していた。
「そうだな。がんばろう」
「怪しいのがいるのです」
玄関先にふたりほど隠れているのが見えた。以前の僕なら見つけられなかっただろう。完全に景色と同化している。
「そうだ水路の修繕はどうなった?」
「『神様の休日』が明けたら、すぐやるって言ってたです」
「そっか。で、あれなんだと思う?」
「血の臭いはしないのです。修道院の匂いなのです」
「もしかしてロザリアの両親、もう来てるのか?」
差し詰めあれは身辺警護か。
万が一に備えて結界だけ張っておく。
玄関の扉が開いた。
「エルネスト! こんな時間まで何してたの! ホストがいなくてどうするの! お客さんがお待ちよ」
母さんであった。
家のなかに入るとロザリアの母親のコンチェッタさんが居間のコタツに鎮座していた。
ママさんズとロザリアとオクタヴィアで双六を楽しんでいた。
はあ、なんでだろ。ロザリアのお母さんがいるだけで部屋が明るい気がする。
ロザリアより更に明るい髪の色のせいかな?
おっさん連中は爺さんとアイシャさんと一緒に酒を楽しんでいた。
あちらはあちらで王宮での不平不満やら教会の騒動の話などで盛り上がっていた。
僕は領主の一件で館に缶詰だったと言い訳をして、ふたりに詫びた。
ついでに事件がほぼ終息したことも報告しておいた。
「怖いわね。暗殺事件なんて」
コンチェッタさんが心配そうな顔をしながら、サイコロを振った。
「死んでないわよ」
ロザリアが修正した。ロザリアが「どうだった?」と目で合図してきたので、僕は「うまくいった」と合図を返しておいた。
「やった! また一抜けね」
コンチェッタさんが一抜けしたようだ。
「奥様」
アンジェラさんが声を掛けてきた。ふたりの奥様が振り向いたが、うちの母さんがそそくさと席を立って、台所に向かった。
「リオナちゃん、後替わって頂戴」
「あう」
リオナが交替した駒はダントツのどん尻だった。
早めの夕食がテーブルに並んだ。
窓の外に粉雪がちらつき始めた。
「今夜は積もるかも知れないな」
席に着こうとしたリオナの足が止まった。
視線の先を辿っていくとそこにあったものは、テーブルの中央に鎮座している巨大なターキーだった…… しまった、このタイミングか!
「どう、驚いた? リオナちゃんにもバレないように消臭結界かけておいたのよ」
僕たちの驚愕以上に、親父の酔いが一気に覚めていくのが分かった。




