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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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餅つき2

 翌朝、ゾンビのように居間でふたりと一匹が転がっていた。エミリーだけは健気に朝の食事の準備に追われていた。

「おはよう、エミリー。遅くまで付き合わされなかったかい?」

「いえ、途中で抜けさせて頂きましたから、大丈夫です」

 さすがである。

「おはよう、エルネスト。これはまだ水に浸けておいていいのかい?」

 餅米のことである。アンジェラさんが台所から声を掛けてきた。

 台所を見ると杵や臼やせいろなどの道具一式がいつでも使えるように準備されていた。すべてお米と一緒に送られてきたものだ。

 餅米を水に浸した桶が広めの厨房に所狭しと置かれていた。

「あ、はい。そのままで」

「それにしても変わった道具だね。こんなんで料理ができるのかい?」

「みんなで騒ぎながら作るんですよ。後は母さんに任せて構いません」

「そうかい? お客さんにこんなことさせちゃ、申し訳ない気がするんだけどね。あんたのお母さん、大貴族のお嬢様だろ?」

「料理は趣味ですから、気にしないでください」

「一応使用人としての格好は付けさせておくれよ。あんたの箔にも関わるんだからね」

「母親に見栄張ってもばれますよ。そういうものでしょ?」

 アンジェラさんはフィデリオのいる部屋の方を見た。

「あたしゃ、新人だからね」

 そう言って笑った。

「そういや、フィデリオにとって初めての新年なんだな」

 飛空艇が無事ならみんなで空の上から元旦の朝日を拝めたのに。せめて城壁の上から眺めるかな。

「おはようございます」

 サエキさんが裏口からやってきた。

「おや、今日は早いね?」

「いえ、若様のご両親がいらっしゃるというので、早めに玄関の掃除を済ませようかと」

 水に浸した餅米に気付いたようだ。

「これ、なんですか?」

「餅米だよ。お餅という料理の材料だそうだ」

「はあ……」

 朝食ができたので、僕は席に着いた。アンジェラさんもエミリーも席に着いた。サエキさんはもう食べてきたので厩舎と馬の手入れと玄関先の掃き掃除に向かった。

 リオナたちは少し休むといって自室に戻った。

 すっかり毛並みがパサパサになったオクタヴィアはそのままコタツに転がっている。

 勝敗がどうなったのか気になったので覗いてみると、成績を記したメモがあった。どうやら五戦したようだった。ロザリアが三勝。リオナが一勝、エミリーが一勝だ。オクタヴィアはゼロ勝だが、すべて二位だった。なるほど燃え尽きるわけだ。リオナは一勝以外、三回最下位になっている。エミリーは四回戦から抜けたようだ。

『双六』を見るといろいろ書き加えられていた。

『十マス戻る』が『五マス戻る』に修正されていたり。宝箱の数が増えていたり、敵の種類や数が増えていたり、『食堂で食事をとる。サイコロをもう一回振る』など、新しいイベントが増えていた。マスの途中をショートカットする近道が加えられていたり、当初よりも面白いことになっていた。

 そんなとき、玄関の呼び鈴が鳴った。来訪者である。

「わ、若様、お母様がお見えになられました」

 エミリーが緊張しながら、母さんを案内してきた。転がっていたオクタヴィアも起き上がってきた。マイボトルの栓を開けると万能薬をグビッと飲んだ。

「ぷへー」

 お前は酔っ払いか。毛並みがみるみるうちに復活した。

 うわっ、すっごいドーピングだ。

 猫は僕の肩に収まった。

「いらっしゃい。母さん」

「立派なお家ね、エルネスト。ちょっと来るの早かったかしら?」

「リオナたちはちょっと夜更かししまして」

「まあまあ、困った子たちね」

「父さんは?」

「領主館に挨拶しに行ったわ。ついでにお姉ちゃんも引っ張ってくるから」

 姉さんも朝から大変だ。

 母さんは早速家中を一通り散策した。使用人たちは戦々恐々であった。

「三人だけでよくここまで。細かいところまで行届いてるわね」

 お褒めにあずかって、アンジェラさんもほっとした様子だった。

 リオナの森の存在には母さんも驚いた。

 リオナは木に登る元気もなかったようで、簀の子の上で転がっていた。

「お母様なのです」

「お久しぶりね、リオナちゃん」

「今起きるのです」

 そう言ってリオナも万能薬を啜る。

「ほっ」

 お前ら万能薬をなんだと思ってやがる。

 顔にできた簀の子の跡も若い張りのある肌が消し去った。

 アイシャさんとロザリアもいつの間にか起きていて、食堂に詰めていた。

 母も含めて若干の緊張が走ったがすぐに打ち解けた様子だった。

 母さんはアイシャさんがハイエルフだと一発で見抜いてしまった。

 リオナが新しい服に着替えて食堂に姿を現わしたとき、見計らったように玄関から更なる来客が訪れた。父さんと姉さんだ。

「よく来たわね。お姉ちゃん」

 母さんが姉さんを嬉しそうに出迎えた。

「来たのはそっちだろ!」

 相変わらずである。

「おお、これがエルネストの家か。随分立派な家だな」

「いらっしゃい、早かったね」

 姉さんが早く捕まったという意味だ。

「親父なのです」

「おーっ、ふたりともしばらく見ない間にまた強くなったな」

 参ったな、親父には見えているらしい。

 続けてうちの住人たちとも気さくに挨拶を交わした。やはりアイシャさんの正体は一発でばれた。

「どういう両親なんじゃ?」

 アイシャさんもさすがに戸惑っている。そこへ朝練を終えたゼンキチ爺さんがやって来て、両親と改めて挨拶を交わす。あっという間に親父と意気投合してしまった。


「済まんな、どうせなら『神様の休日』に合せられたらよかったんだが、今年は王都に招かれておってな、のんびりできんのだ」

「第一師団絡みで?」

「いや、わしらの第一師団嫌いは王も知っておる」

「レジーナちゃんのユニコーン事件以来、疎遠になってるのよね」

 姉さんはそっぽを向く。このなかで『トイキ』の事件を知ってるのは僕だけだ。

「恐らく西だろう」

「第三師団?」

 父さんは頷いた。例の西の騒動で西側の守りも随分削られたとは聞いていたが。再編するほど減っていたのか?

「今更何を?」

「ミコーレとの友好関係改善と、スプレコーンができたせいだろ」

 姉さんが口を開いた。

「南側の脅威が減ったことで、ヴィオネッティーの戦力を今のまま南に向けておくのはおしいと考えたのだろう」

「でも南西の未開の地の監視は東よりきついでしょ?」

「第三師団を北に上げて、南側をヴィオネッティーがカバーすることになるだろう」

「そんな無茶な。東と違って密林ですよ」

「お前の作った飛空艇だ」

 姉さんが言った。

「ドラゴンとは戦えなくとも、ワイバーンとは互角に戦える。増して『魔弾』使いのヴィオネッティーが運用するとなればな。仮に戦わずとも人員と物資の輸送だけでも有効な手段だ。より広い範囲に、状況に合わせた部隊展開ができるというわけだ」

「第三師団の戦力が回復するまでの暫定だろうが、第一師団がああなった以上、遅れるだろうな」

 まずは第一師団からか…… 無駄な戦力から補充しないといけないなんてな。あの王様のことだ、今頃頭から湯気出してるんじゃないか。

 リオナたち女性陣と母さんは『餅つき』の段取りを詳しく話し合っていた。どうやら僕の出る幕はないらしい。

 なるほど、母さんも策士だ。初めて知り合う人たちと打ち解けるにはこういったイベントを共にこなすのが手っ取り早いと知っているのだ。お互いの気心も知れるし、一石二鳥。領主の妻としての知恵なのだろうな。



 杵と臼とかまどをガラスの棟の前の広場に運んで、準備が始まった。

 水を張り杵と臼を湿らせる。割れるのを防ぐためだ。かまどに火を入れ、大量のお湯を沸かす。せいろは三段蒸しだ。水を切った餅米を蒸し始めた。

 あっという間に人だかりができた。さすが獣人耳も鼻もいい。

 自然と獣人の奥さんたちが手伝い始め、男連中は杵の付き方を親父にレクチャーされていた。

 母さんが家から持ってきた『餡』の味見をする。異世界では小豆という赤い豆と砂糖で作るようだが、この世界では、というか、母さんは自家製の白い豆で作る。

 恐らく子供たちがこれを食べたらびっくりするに違いない。

 他にも『きなこ』というのがある。大豆を炒って、皮をむいて、挽いた粉である。それに砂糖を加えたものだ。これもおいしい。大豆の皮むきが結構大変なんだよな。母さんは魔法で簡単にやるんだけど、どうやるのか未だに分からない。こちらも持参である。

 アンジェラさん辺りに製法を伝授してくれるとありがたい。

 他には餅を網で焼いて、汁物に入れたりするのもうまい。名前なんだっかたな…… 『お雑煮』?

 蒸し上がるまで時間がかかるので、子供たちはソリ遊びに戻り、大人たちは世間話に花を咲かせた。


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