スノードラゴン討伐再び2
小一時間ほど飛ぶと遠くに小さな点が見えてくる。
僕は消音と消臭魔法を追加する。
索敵するもまだ届かない。
「腹減った……」
食事してから出てくるんだった。昼飯抜きだよ。
僕はリュックを覗いた。いつも頼まなくても入っているオクタヴィアのクッキー缶がない。
仕方ない。僕は緊急用の保存食を取り出した。リオナが食いきれなくなった干し肉の束である。
コップに雪を入れて加熱する。そのなかに干し肉を入れると出汁が染み出て美味しいスープが出来上る。
「ほへー、暖まる」
僕は望遠鏡で駐屯地を観察する。
「特に異常ないし。取りあえずドラゴンに襲われたわけじゃなさそうだ」
浸した干し肉をかじり、片手にコップを持ったまま、ゆっくりスノボーを滑らせ接近させる。
警備の薄そうな場所を探すが、さすがにそれはないようだ。
最大の問題は辺りを警戒してるのが敵かどうかだ。
無闇にやるわけにはいかないよな。どうしたものか……
スープが空になったので雪で洗って、浄化してリュックのなかに放り込む。オクタヴィアがいないので細かいことは気にしない。
「姉さんを探すのが早いかな」
建物のなかを索敵できる距離まで接近、一瞬だけスキル発動してみた。
姉さんも魔力が人外だからすぐ見つかると思ったんだが。
「姉さん、前線かな?」
ヴァレンティーナ様を見つけるのは難しそうだな。
「ヘモジに頑張って貰うか」
僕はヘモジを召喚した。
「うまく基地の連中をあぶり出してくれよ」
「ナー」
雪玉を作り始めた。
そしてコロコロころがし始める。
ヘモジは容赦なく雪玉を大きくしていく。
いやー、雪玉転がしもトロールがやると豪快だね。
あっという間に数メルテの巨大雪玉が完成する。
それを抱えるとヘモジは思い切り前方に転がした。
僕はその雪玉の後ろに隠れる。
ヘモジは二つ目の雪玉を作って前方に投げる。僕が二つ目に移ると最初の雪玉を掴んでまた前方に投げる。コロコロ転がってまた一回り大きくなる。
さらに雪玉を増やしながら駐屯地を目指す。
雪玉を五つ作ったところで気付かれる。
さすがに基地の連中も迎撃態勢を取る。
さぞや困惑していることだろう。雪原にトロールが突然現れて雪玉遊びをしているのだから。
この距離じゃ、まだ通常のライフルの弾は届かない。が、必中の魔石が装備されていれば話は別だ。騎士団のライフルは大抵必中付きだ。当たると困るので一応結界を張る。
ヘモジには雪の陰に入って貰い、雪玉を前に前にと投げさせた。
僕も足跡を残さないように浮きながら近づいていく。
初弾が雪玉に命中する。
次々弾丸が刺さっていくが、貫通することはない。結界で弾いている。ヘモジももちろん無事である。雪玉を転がしながら止まることなく接近する。
にわかに基地がざわめき始めた。
この距離ならいいだろう。
僕は探知スキルを働かせた。
「いた!」
姉さん発見。どうやら地下にいるらしい。反応が薄かったのはそのためか。
何してる?
幽閉されてるのか? 軟禁状態?
お。騒ぎを聞きつけて表に出てくるみたいだ。
なんだ監禁されてるわけじゃないのか。
そうと分かれば、強行する意味はない。姉さんがやって来るのをここで待つことにする。
僕はヘモジに雪玉を並べさせて、防壁にした。ヘモジには周囲の雪を集めて貰って手のひらサイズの雪玉で応戦して貰う。
「ナ」
楽しそうである。
「殺すなよ」
「ナ」
雪玉と弾丸が頭上を飛び交う。
姉さんが正面ゲートから出てきた。
姉さんももう気が付いているはずだ。
僕は望遠鏡で姉さんの一挙手一投足を見つめる。
姉さんは周囲の兵に警戒を解くように言っているようだ。銃が下ろされ、砲撃が止んでいく。
姉さんが手で「こっちに来い」と合図する。
どうやら警備兵も敵ではないらしい。
僕はヘモジの肩に乗って、ヘモジに基地に向かうように命令する。
「ナー」
ヘモジは雪玉の陰から姿を現わして、積雪など気にせず前進する。
「ナーナー」
うちのヘモジもでかくなったものだ。
サンドワーム戦で大分経験を積んだからな。もうすぐレベルも三十台だ。トロールの標準レベルまであと少しだ。
正面ゲートまで来ると僕は姉さんを見下ろす。
「大丈夫だ。ここにいるのはみんな味方だ」
僕は「ありがとう。助かった」とヘモジの頭を撫でてやり、開放してやった。
「ナーナナー」
ヘモジが消えた。
見上げていた兵士たちがざわめく。
恐らく召喚獣を見たことがないのだろう。
僕は姉さんに連れられてヴァレンティーナ様の元に案内された。
指令本部の詰め所のなかの一室に彼女はいた。
「遅かったわね」
顔を見るなり第一声がそれですか。
「転移ゲートを塞いでおいて、そりゃないと思うんですけど」
「ゲートというのは味方も通るが、敵も通るからな。魔力切れを起こしたのを幸いに放置しておいたんだ」
姉さんが答える。
「ボロボロの一番艇が町に辿り着いたのは今朝ですよ。これ以上無いほど早く来たつもりですけど」
「あら、やだ。そんなに損傷してた?」
「廃船ですよ。気球とスタッフが無事だっただけマシです。そうだ! 僕の船! なんで人に貸すんですか! あれはヴァレンティーナ様だから貸したんですよ! ここの第二師団の隊長さんたちだから貸したんですよ!」
「済まん」
「『済まん』じゃありませんよ。なんとかならなかったんですか!」
「ならなかったからこうなってる!」
「姉さんもいて何してたんだよ!」
「わたしも近衛のオブザーバーで、当事者じゃないんだ」
「僕の船返して貰いますよ。約束以外のことで使われたんだ。当然でしょ?」
無理を言ってるのは分かってる。でもふたりが飄々としているのが気に入らないんだ。
もうちょっと済まなそうな顔しろよ! なんでこれが当たり前みたいな顔をするんだ!
「第二師団の人たちはこんな僻地で、今回のような不測の事態に備えてずっと頑張ってきたんだ。だから船を貸したんだ。いつも中央でぬくぬくとしている第一師団の奴らの点数稼ぎのために貸したんじゃないッ! 何とかしろよ! あれにはスプレコーンの、工房の最新技術が搭載されているんだ! 棟梁たちみんなの努力が詰まってるんだ! なんとかいう侯爵をぶん殴ってでも取り戻す!」
「声が外まで漏れてるぞ」
扉が開いた。入ってきたのは第二師団の面々である。
「我らのために怒ってくれるのは有り難いが、少々声がでかい。どこで誰が聞いているやも知れんぞ。久しぶりだな、少年」
「お久しぶりです。師団長殿。それに皆さんも」
「それに怒るだけ無駄というものだ」
へ?
「怒る相手はもういない」
隊長のひとりが言った。
へ?
「ついでに言うと君の船も木っ端微塵だ」
な、なんだってーっ?
別の隊長が言った。
「要するに、中央から来た点数稼ぎの連中はドラゴンに殲滅されたというわけだ」
「はぁああ?」
ヴァレンティーナ様が僕を哀れむような視線で見つめた。
姉さんも「そういうことだ」という身振りをして見せた。
師団長や、将校さんたちも苦笑いをしていた。
「そんな……」
また半年待たされることになるのか……
「一番艇もお釈迦だし。しばらく空の旅はお預けね」
ヴァレンティーナ様がさらりと言った。
「そんなぁああ」
「その分きっちり第一師団から巻き上げてやるから心配するな!」
姉さんが肩を叩く。
「うがあああああ」
どこに怒りの矛先を向ければいいんだ!
「ご愁傷様としか言いようがないの」
師団長直々のつれないお言葉であった。




