やり過ぎた、そのあとで1
「やばい……」
突然、我に返った。
頭にのぼっていた血が引いていき、そのまま正常値を半転、一気に青ざめる。
「あああああああッ!」
やってしまった!
手負いとは言え、一匹丸ごとやってしまった。
「やばいッ。やばい、やばい、やばい、やばいッ!」
『災害認定』だぁああああ。
あれほど自重しようと思っていたのに!
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう?」
目の前にはスノードラゴンほどではないが巨大な亡骸が転がっている。
「やばい。町から人が来る」
その前にこれをなんとかしないと。
どうする? どうする? どうする? どうする? どうすれば?
『楽園』!
閃いた。
やれるか? 今の自分に。
魔力は以前より数段上がってるけど、装備も充実してるけど、やれるのか?
町の城門が開いた。
背中に嫌ーな汗が流れる。
「時間がない!」
魔力を増幅する魔法陣を張る。魔力重視の指輪を普段しない指に嵌める。
そして『千変万化』で魔力に最大ブーストを掛ける。
僕は万能薬をがぶ飲みする。今日だけでどれだけ飲んだ?
気力を最大限に。周囲の魔素を魔力に転換。
「行くぞ…… 『楽園』ッ!」
ドラゴンの亡骸が目の前から消えた。やればできるもんだ。
僕は、気が遠のくのを感じた。
万能薬を……
雪のなかに倒れ込んだ。
「凍死は勘弁な」
このとき思った。
とんずらすればよかったんだと。さっさと逃げるだけでことは済んだのだと。
呆れて精も根も尽き果てる。
「おい、人がいるぞ!」
守備隊の兵がやって来た。
「おい、こいつ!」
ヒドラのときにお世話になった『栄光の大樹』のロレンソ・バルリエントスとその仲間たちだった。正月も近いし、里帰りか?
「やあ、久しぶり。面白いところで会ったな」
「薬、取って貰えます?」
ロレンソのおかげでお咎めは受けずに済んだ。
僕はあくまでドラゴンに襲われた被害者として処理された。
遺体がないのだから、倒した事実もないわけだ。僕はまれに見る不幸な通行人、そういうことになった。
僕はアイスドラゴンとスノードラゴンが戦っていたと嘘の証言をでっち上げた。
やり合いながら二匹は山向こうに消えたとも言った。
自分はスノボーで遊んでいたら突然雪崩に巻き込まれて、埋まっていたところをなんとか自力で抜け出してきて力尽きたのだと証言した。
誰も僕がドラゴンに仕掛けたなどと思わなかった。
肉片が残っていることや、木々が凍り付いていることからも僕の言葉は裏付けられた。
すべてはドラゴンのせい。ドラゴンのおかげだ。
助けてくれたロレンソたちに、酒を奢って放免して貰った。
スノボーのことを散々聞かれたので、ヴィオネッティー領の移動手段を兼ねた遊びだと教えた。嘘は言っていない。
僕のボードにだけ、たまたま『浮遊魔法陣』が施されているだけだ。
僕はボロが出る前に退散することにした。
転移ポータルの行き先は、スプレコーンではなく王都だ。
僕は王都の大門を見上げた。
いつ見ても凄いな。
僕は町に入ると、魔法の塔を目指した。
ユニークスキル故、相談できる相手がアシャン老しかいなかったのだ。
『楽園』に押し込んだドラゴンをどうやって取り出すのか、僕には分からなかったのだ。そもそも、あれだけやってなぜ、僕自身は『楽園』に入れなかったのか? もう何がなんだかさっぱりである。
国の重鎮でもある爺ちゃんにそうそう会えるとは思えなかったが、取りあえずアポイントだけでも取っておこうと思った。
いつまでもドラゴンの死骸を腹に収めておくわけにはいかないからだ。
ついでに何もかも話してごめんなさいしよう。誤報のままにして置くわけにも行かないし、なんとか処理して貰わないと。
中央官庁街のさらに最深部。チェックは厳しい。おかしなボードを持った小僧が立ち入れる場所ではない。
「どうしよ……」
ゲートの前で手を振る人物がいた。
あの人は…… 王様との対戦のとき闘技場にいた王宮魔道士の次官さん。
ええと、名前はジーノ…… ジーノさんだ。苗字なんだっけ?
「お久しぶりです。ジーノさん」
「まさか、ほんとに来るとはね。さすが筆頭というところかな」
「爺ちゃんが?」
「ああ、『孫が遊びに来たようだ。迎えに行ってやってくれ』とね」
「お手数おかけします」
「いや、かまわないよ。レジーナの弟君には喜んで協力しよう」
僕は魔法の塔を見上げた。
「凄い…… 王宮より凄いかも」
「それを言ってくれるな。気にしてる連中も多い」
王宮より高いってだけで壊される建物もあるというのに希少なものだ。
「レジーナが『そこまで言うなら底上げしてやろう』と言って、王宮の基礎上げをしようとしたときにはさすがに皆押し黙ったがな」
謁見するだけで一苦労しそうだものな。さすが姉さん。いや、相変わらずだな、姉さん。
魔法の塔の入り口で名札を受け取る。
以後、これでフリーパスになるらしい。いいのかそれで?
まあ、ここを攻略できる人間なんていないだろうしな。なんてったって魔法使いの巣窟だもんな。
「これはエレベーターと言うものだ」
これが?
確か異世界の移動手段だよな…… 全面ミスリル製の箱だ。
僕たちは箱の器に乗り込む。
「そこに手を置いて」
言われた通り、箱の角にある台の上に手を乗せる。
どうやら動力は搭乗者の魔力らしい。
「魔力のない者はこいつを動かすことはできない。最高のセキュリティーだろ? 高層に行くほど魔力を要するから、魔力のない者は大変だ」
階段が豪華なのは、そういった者へのねぎらいのためか?
因みに僕は如何程で?
「行きたい階層を意識する」
扉の上の数字を見上げる。
移動する度にその階層が光る仕組みだ。
手が込んでるな。どういう仕組みなんだろ?
最上階に到着するとジーノさんが扉を開ける。
扉は手動なんだ…… そういや、閉めるときも手動だった。
「さあ、その先だ」
僕はジーノさんの後に付いていく。
廊下は薄暗くてなんだか怖い。
「ジーノです。エルネスト君を連れて参りました」
分厚い扉の前でふたり並んで待った。
「ご苦労、入りたまえ」
扉のなかから声がした。
ジーノさんが扉を開けてくれた。
部屋に入るとだだっ広い空間が広がっていた。
幻覚?
部屋の中央に机がポツリとあるだけだった。
白髪の老人が席を立って出迎える。
爺ちゃんだった。
僕の顔を見るなり、笑い出した。
ジーノさんと僕は呆気にとられる。
「扉を閉めろ。内緒の話じゃろ?」
そう言うとまた笑った。
「この塔にドラゴンを丸ごと持ち込んだのはお前が初めてじゃ。姉さんですらそんな暴挙はせなんだぞ」
そしてまた。
「押し込んだまではよかったんですけどね。出し方が分からなくて……」
「押し込めただけでも大したものじゃ」
ジーノさんは何のことだか分かっていない様子だった。
「取りあえず、ここに出すか」
「建物倒壊するんじゃ?」
「この部屋は普通じゃないので大丈夫じゃ」
確かにこの広さは普通じゃない。
倒壊しても責任持てませんからね。
「さて、手を貸して進ぜよう。尻尾を見つけたら、グイッだ」
随分大雑把な説明だな。
僕は爺ちゃんの力を借りて『楽園』を発動した。何かがあるのがわかる。
「あった!」
言われた通り、見つけた尻尾をぐいっと引っ張るイメージをした。
「うわぁあ!」
ジーノさんが奇声を上げた。
目の前に、アイスドラゴンの屍がゴロンと転がった。




