スノードラゴン討伐2
「マギーさん、棟梁!」
工房では船に掛かっていた固定具が外されていた。
「すまん、もう少しだ」
一回りでかくなった零番艇が姿を現わした。
「外装はもう済んでるから飛行は問題ない。内装が済んでいないのでな、なかはさっぱりしたもんだ」
「魔石の消費量が多くなったが、その分速度も機動力も上がっているぞ」
「積み込み完了しました」
スタッフが降りてくる。
「よし、最終確認だ!」
内装は棟梁が言う通り、物の見事に取り払われていた。まるで貨物船である。その分補給物資が多く乗せられたのは幸いであった。
テトが操縦席に向かった。僕とチッタとチコは広いデッキに一つだけあるテーブルに地図を広げた。
マギーさんと棟梁が乗り込んでくる。
「いいぞ。出してくれ!」
船が、動き出した。工房の開いた天井からより大きくなった船体が浮上する。
町の障壁を解除する合図の鐘が鳴っている。
船は進路を東に向け加速した。
旋回、上昇、加速、どれも格段に速くなっていた。
想定通りの性能に満足した僕は、船のことはみんなに任せて、ひとり隅っこで弁当を食べる。
オクタヴィアが一緒に床に座り込んで、僕に紅茶を入れさせると、クッキーを浸して食べ始めた。
「ひとりで食べるのは味気ない」
生意気なことを言ってるが、要はあれからあのまま寝過ごして、夕食にありつけなかっただけである。
僕のベーコンサンドからベーコンをちょろまかした。大きな一切れを必死に小さな口に放り込む。
「ほれ、流し込め」
僕はお茶を差し出す。
「ありがと」
コクコクとオクタヴィアサイズのカップで飲み干す。
「あ」
カップを抱えたまま僕を見上げる。
「『ちょうだい』て言葉知ってるか?」
「『お代わり』なら知ってる」
こんにゃろめ。狭い額にデコピンを食らわせてやった。
僕が食後のお茶をのんびり啜っている間に、船はあっという間にルブラン山脈の端に到着した。
雲間から覗く月明かりがかろうじて周囲を照らしていた。
ロザリアが光魔法を空に打ち上げる。
地上が照らされた。
難民が進んでくる山道をみんな窓に貼り付いて探す。
子供たちは耳を澄まし、僕たちは目をこらした。
子供たちはほぼ同時に見つけたようで、テトは何も言わずに船の進路を変えた。チッタとチコが地図に道の入り口を書き込んだ。
相変わらずチコは背が届かなかったが、手すり付きの専用の足場が、急きょ棟梁の思いやりで取り付けられていた。
切り立った渓谷を見つけた。この船で通るにはギリギリの幅だった。
視界の悪いなか渓谷を抜けるのは至難の業である。
テトが新設されたボックスのなかの凹みに魔石をセットし、手元のコンソールのボタンを押した。
すると船に取り付けられた遠光器が辺りを照らし出した。
さらにピノとリオナが二階に駆け上がった。
二階には新設の狙撃用回転窓が左右に用意されている。側面防御のため、ライフルを撃つための半円筒形の出窓が設置されているのである。城でいう横矢という奴だ。縦に長い狭間があり、それが窓の曲線に沿って左右に動く仕組みになっている。これによって、窓から身を乗り出さなくても、船首から船尾まで全方位を狙えるようになる。
夜戦用の遠光器がそこにも用意されていた。
ふたりはそれを使って周囲を照らし出した。
しばらくすると前方に松明の明かりがポツリと見えた。
ロザリアが空に光の魔法を放った。
空が昼間のように明るくなった。
「見つけた!」
テトが呟いた。
山肌に沿った山道に長い人の列ができていた。
船はゆっくりと渓谷の間を抜ける。
正面から照明弾が上がった。
「合図です。船を止めてください」
マギーさんが搭乗口の扉を開け、投下ポイントを見下ろす。
冷たい空気が入り込んできて、一気に目が覚める。
「物資を下ろして」
それは懐中電灯と万能薬が詰まった箱だった。
万能薬にはX薬と記されていた。近衛騎士団で使われてる隠語らしい。
ロープに縛って、先頭の騎士団のなかに箱を下ろす。そこにはマギーさんが山道の出口までの距離を大まかに記したメモが挟んである。
「最後尾が心配だ」
僕はテトに長い列の最後尾に向かう様に促した。
ロザリアが景気よく空に光を放った。
最後尾が見えてきた。
殿の騎士団は集団から遅れ、孤立しかけていた。
負傷兵を大勢乗せた荷馬車を守りつつ、後退を続けていた。
「敵発見!」
テトが叫んだ。
「僕がやる」
どこからかピノの声が聞こえた。
「棟梁が付けてくれたんだ。伝声管だよ」
テトが教えてくれた。
それは金属の管だった。ラッパ状の先端に蓋が付いている。
へえ、これで声が届くんだ。
元祖海を行く船には付いているものらしい。
行き先ごとに管が何本も壁を這っている。
敵を確認した。雪狼の群れだった。
ロザリアが前方に光を放った。
銃声が二度轟いた。
二匹が倒れた。
殿は僕たちに気付いて、振り返った。倒れていた重傷者も頭をもたげ、こちらを見上げた。
さらに銃声が二度。そしてもう一度。群れは最後尾に辿り着くことなく撤収していく。
さすが必中モードのライフルだ。ピノでも百発百中だ。でかい敵でなくてよかった。
船を止め、同じく補給物資を下ろした。
荷馬車に転がっていた重症患者がゾンビのように生き返った。完全回復薬様々である。
こちらに元気に手を振ってくる。
最後尾が渓谷を抜けたのは、先頭が野営の準備を始めて一時間ほど経ったときだった。
アンデットの様に疲弊した彼らは喝采で迎えられた。
飛空艇を着陸させると、必要な補給物資を下ろした。
物資は食料と今夜の寝床だった。
マギーさんは第二近衛騎士団の指揮官の元に今後の予定を詰めに行った。
僕とロメオ君とアイシャさんは魔物除けのための壁作りである。
千年大蛇や足長大蜘蛛がいるとなると、それなりの物を作らないと危ない。とは言え、臨時の野営地に町の城壁並みの物を作る気にはならない。鳴子と落とし穴と魔法障壁で勘弁して貰う。
すべての作業が終ると僕たちは町に戻ることになった。
話し合いの結果、ドラゴンを葬ってもすぐには帰還できないだろうとのことだった。年寄りや女子供が着の身着のまま逃げ出してきたのだ。気力が戻るには時間が必要だ。こればかりは薬では治せない。
それに、まずは渓谷に集まった魔物の駆除から始めねばならない。
僕たちは食料の運搬を任された。
今夜は町に戻り、翌日改めて出直すことにする。




