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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第七章 銀色世界と籠る人たち
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高速馬車で行く、ミコーレ砂漠の旅4

 フェミナの町の転移結晶と食料を調達し、僕たちはすぐに町を出た。

 誰に追われているか分からない現状では、喧噪のなかにいるのは危険だからだ。

 さて、ここから首都まで、この馬車であと何日かかるのか?

 町を出てすぐさま、商隊の渋滞にはまる。

 見るからにでかい馬車が、先頭でノロノロしていた。

 対向する馬車も多く、追い抜きを掛けるには道をそれる必要があった。

 馬車を引かないラクダの一行が追い越していく。

 ダラダラ走っていると前方で騒ぎが起きた。

 足の遅い馬車に業を煮やした後続が、道をそれて追い抜きを掛けたのだ。

 それを待ち伏せしていたサンドワームにパクリと食われてしまって、「お前たちのせいだ!」と移動そっちのけで殴り合いの喧嘩を始めてしまったのだ。

 僕たちの横を町の守備隊が走り抜ける。

「只でさえ暑いのに……」

 僕たちの後ろにもすっかり渋滞ができあがっていた。

「まいったね、こりゃ」

 結局僕たちは横道にそれた。

「やめろ! サンドワームにやられるぞ!」

 引き止める声も聞かずに、僕たちは砂地を進んだ。

 馬車の下にワームがゾロゾロと集まってくる。

 だが、地面の上に出ることはかなわない。

 地面の下を覗ける者がいたらきっとゾッとしたことだろう。

 うちの荷台を引くラクダは、リオナに手綱を引かれて、怯えることもなく普通に街道の横を進んでいく。

 状況が見えていない先頭の馬鹿どもを横目に僕たちは本流に戻った。

 僕たちの制止を振り切り、後に続いて来ようとした連中もいるにはいたが、動物の方が賢明だった。馬やラクダはどんなに鞭打たれても、砂地に入ることはなかった。

 最初にしくじった同胞の死は教訓として無駄ではなかったわけだ。

「なんでこのラクダだけ……」

 ガッサンが不思議がる。

「入ってくる情報を遮断してやったんだ。結界で囲んで、消音、消臭、微細な震動をカットした。それに鼻先に好物の黒砂糖をちらつかせてやったんだ」

 リオナが涎でベトベトになった両手を見せた。


 一見何もない広大な砂漠の世界は退屈な世界だと思っていたが、予想にも増して退屈だった。

 空の色はどこまでも青く、当然の如く、雲一つなかった。砂の海も然りだ。

 当初の感動は既になく、日差しだけがじりじりと照りつける。

 御者台をロメオ君とアイシャさんに譲り、僕は荷台に退避した。

 でかい氷をタオルでくるんで枕にして、寝転んだ。

 護送対象の魔法の書籍に手を付けた。どれもこれも、一度は読破した物ばかりだ。

 魔法学校に通ったわけでもない僕に、同等の知識を与え続けてくれた姉さんに感謝である。

 そこでたまたま手に取った一冊について、あることに気が付いた。

 それはガッサンの努力の成果、膨大な量の書き込みであった。

 この世界の魔法書籍は基本的にエルフ語で書かれている。故に魔法使いの必須言語なのだが、荷台に乗っている書籍はすべて、アールハイトではなく、ミコーレの言語で解説されていたのだ。

 彼と家族がどうしても故郷に持ち帰りたかった理由がそこにあった。

 この書籍群は、まさにミコーレでこそ役立つものだったのだ。

 学年一の秀才というのは嘘ではなかったらしい。

 実践が足りていない理由もなんとなく分かった。

「この術式は古いな」

 僕が古い構文を指摘した。水魔法の発動術式の基本構文だ。

 ロメオ君なら食いついてきてくれるのだが、ロザリアは興味がなさそうだ。アイシャさんが持ち込んだファッション関係のスクラップを眺めている。

 代わりにリオナがのぞきに来た。

「…… ほんとなのです。もっと短くできるのです」

 意外なことにリオナが正解の構文を導き出した。

「魔法学校は何教えてるですか?」

 リオナは僕が日頃、無造作に部屋中にばらまいている魔法関連書籍を見て、術式を覚えてしまったらしい。

 僕が読んでるのは姉経由の最新情報だから、知識だけなら、リオナは最先端ということになる。

 本をどこにでも置く癖は直さないといけないな…… 

「教科書を選ぶのは教師だからだよ。職業柄保守が多い。革新的な教師に当たれるのは稀なことだ」

 ガッサンがのぞきに来た。アイシャさんにいじめられて大分牙を抜かれたようだ。

「これ本当か?」

「今度馬車が止まったら、ラクダにこの構文で水をやるといいよ」

 ガッサンは本にかじり付いた。

「おーい、砂嵐が来るぞー」

 アイシャさんの声だ。

 幌から顔を出すと、世界が暗くなっていた。

 一寸先は砂の壁である。空が赤い。

 晴れ渡っている空の先に砂のビッグウェーブが待ち構えている。

「サンドゴーレムの嵐とは桁違いだ」

「冗談は抜き。すぐ来るわよ」

 馬車をマーカーのギリギリまで寄せて、僕は馬車を半円形の壁で覆った。

 壁に穴を開けて外の景色を窺った。

 少し早いが、休憩にして、お昼にすることにした。

「まだ来ないのです」

「来なーい」

 リオナと猫が外のスペクタクルをのぞき穴から楽しんでいた。

 心地よさげな風だが、あのなかは更なる高温の世界である。

「面倒なことになったの」

 アイシャさんがのぞき穴から外を眺めた。

 僕も背中越しに見た。今まで見たこともない現象だ。ワクワクする反面怖くもある。


「来たわよ」

 のぞき穴を手頃な石で栓をする。

 壁に振動が伝わってきた。

 ビュービューと風音が鳴り、壁がその度に震えた。

 外は砂のスコールだ。出ようものなら、バケツ一杯の砂を頭からかぶる羽目になる。


 スコールが過ぎたみたいなので、のぞき穴から外を見る。

 穴がすっかり砂で埋まっていた。

 砂を風で吹き飛ばして、周囲を見渡す。

 外は真っ暗だった。

 僕は結界を維持しながら、壁の穴を広げた。全員穴から頭を出して周囲を確認する。

「夜になってる……」

「砂塵のせいだ。太陽の光を遮っているだけだ」

 ガッサンが言った。


 しばらくして僕たちは動き始めた。

 景色が若干明かりを取り戻したところで、取りあえず最寄りの休憩所まで行くことにしたのである。

 今日の移動はそこまでだ。



 翌朝、薄暗い砂塵のなかを僕たちは出発し、砂に埋もれた道を探りながら、昼過ぎ、廃村に辿り着いた。

 リオナとオクタヴィアは連日の移動で疲れたのか、馬車のなかで寝ていたので留守番を任せた。

「おかしい、こんな村地図にはなかったはずだ」

 村で一番大きな聖堂に足を踏み入れたときだった。

「全員武器を捨てろ! 動くな! ひざまずけ! この聖堂には対魔法結界が施されている。余計なことはするな!」

 弓を構えた複数の無頼漢が現れた。

 確かに対行使障害系の対魔結界が張り巡らされているのは嘘ではなさそうだ。

 敵の数が探知できなかった。

 こんなとき鼻が利く、リオナとオクタヴィアがいないのは幸か不幸か。

 僕たちは武器を捨てた。

「ご苦労だったな。ガッサン・ヒクマトよ。よく彼らをここまで導いてくれた」

 教会の側廊の柱の影からひとりの男が姿を現わした。


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