高速馬車で行く、ミコーレ砂漠の旅3
やはり砂漠は暑かった。
砂漠生まれのガッサンでさえ、故郷を離れていたせいで順応できずに、だれていた。
荷台には大きな氷が鎮座していた。
アイシャさんがたまらず置いたものだ。リオナと僕は御者台で氷をかじりながら、涼んでいた。
「風を通した方が涼しいんじゃないの?」
幌のなかにいるみんなに言った。
「冷気が逃げる」
アイシャさんが言った。
なかに耐えられなくなったロメオ君が幌から首を出した。
「ああ、涼しい…… でも暑いかも」
どっちだよ。
頭を引っ込めたところを見るとなかの方がまだ涼しいらしい。
「極楽、極楽」
僕とリオナの間で氷の置物にされている黒猫が言った。
余りのぐうたら振りに「暑さが増す」と飼い主に怒られ、氷に閉じ込められているのだった。
氷の塊から頭だけ出して、髭をひくつかせている。
リオナが面白がって、猫の置物を日向に置いた。
「暑ッ、暑ッ」
氷が見る見る溶けていく。氷がお湯になる。
「助けて、蒸し猫になる!」
リオナが日陰に戻したので、僕がもう一度凍らせてやる。
「ふへー」
見渡す限り砂だらけ。
これでも季節的に涼しい方なのだそうだが、ラクダはマイペースだ。
もうちょっとノリノリで飛ばしてくれれば、風も出て涼しいのだが。
遠くに土煙が見えた。
「何かいるのです」
「アイシャさーん、なんかいるんですけど」
「サンドワームじゃ。道のマーカーの内側を走ってれば問題ない」
砂漠を走る街道の両脇に、三メルテ程の高さの魔除けの棒が等間隔に立てられている。
しばらく何ごともなく進むと、マーカーどころか、道が途切れていた。
どうやら地面の方が陥没したらしい。
足元にサンドワームが口を開けて構えていた。
馬車を丸呑みするほどの巨大ミミズ。
「大変だ!」
ガッサンが叫ぶ。どうやら今度は敵が見えているようだ。
「押し通ーるッ!」
僕は声を掛けた。
ガッサンは目を丸くした。
「大丈夫なのです」
サンドワームは突然頭上にできた巨大な岩に押しつぶされた。
「問題ない」
ガッサンが酸欠の鯉のように口をパクパクさせる。
「マーカーはないようだけど、岩で蓋をしたから問題ないだろう。他の魔物は知らないけどね」
日も暮れかけてきたので最寄りの、井戸と囲いしかない休息所に入る。
僕はテント代わりに魔法で部屋を作る。キャラバンが先に一つ駐留していたが、離れているので気にはしないだろう。
馬車ごと壁で覆い、蠍や魔物対策のために結界を張った。
風呂も作って、夜の寒波が来る前に全員水浴びを済ませた。
「あーすっきりした」
僕が最後に風呂から上がると、食事の準備ができていた。
食事は定番のベーコンサンドと芋サラダ。それとウーヴァのジュースだ。ウーヴァというのは異世界で言うところのブドウだ。
テーブルもベッドも手分けして土魔法でこしらえた。
「信じられない」
ガッサンはまだ状況を飲み込めず、驚いていた。
「全部現実じゃ。いいから早く食べろ。片付け当番させるぞ」
「盗賊は引き離したかな?」
ロメオ君が尋ねる。
「全然見かけなかったのです」
リオナがベーコンにかじりつきながら答えた。
「何ごともなければそれに越したことはないよ」
翌朝、余りの寒さに目が覚めた。
「こんなに冷えるのか……」
今にも霜が降りそうな気温だ。
「慣れないと一日の温度差にやられるよ」
「ガッサン、起きてたのか?」
「寝られなくてね」
「昼間寝すぎたんだ」
「そういうことにしとくよ」
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「どこに?」
「朝の運動。昨日ここにいたキャラバンがいない。代わりに魔物がいる」
僕は壁に穴を開けて覗くように言った。
「砂漠蜥蜴だ!」
数十匹はいる。
「消音と消臭結界が施されてるわね」
アイシャさんが起きてきた。
「手が込んでるよね。外側からわざわざ干渉しないように結界張るなんて」
ロメオ君も欠伸をしながら登場する。
「周りに肉をばらまいておびき寄せたみたいですね。この状況で朝食は遠慮したいですね」
ロザリアも起きてきた。
「どういう敵なのかな? 自分の手でやる気がないとか?」
「外からこの壁は壊せないでしょ」
「でも消音と消臭していくって、ぽっと出の素人じゃないよね」
「取りあえず、あれがいると出られないから行ってくるよ」
「牙に毒あるから気を付けて」
「肉も皮も売り物にはならないから遠慮なく切り刻んで来ていいわよ」
「うわっ、マジで無駄骨?」
僕は天井に穴を開けて階段を作って外に出た。
切り刻もうかと思ったけど、せっかく高いところにいたので、魔法で処理することにした。
僕は各種魔法ででかい蜥蜴を十七匹ほど仕留めた。
「終ったよー」
僕は階段を下りた。アイシャさんが結界を解除して壁の魔石を回収していた。
リオナも起きてきて、ボサボサの髪のまま大きな欠伸をしていた。
「気に入らないわね」
外の壁には案の定、消音、消臭の結界魔法陣が仕掛けられていた。どこにでもある汎用の魔法陣である。
砂漠蜥蜴の死体と血まみれの何かの肉片が部屋の周囲を取り囲んでいた。
見る限り敵の足跡はない。わざわざ痕跡を消す周到さである。
朝食は移動しながら取った。
「敵は何を考えておるんじゃろうの?」
「結界を破壊できなかったんでしょうけど、足止めか何かですかね?」
「もしかして別件なんじゃない? やばい取引とかするのに邪魔だったとか?」
「単に僕たちが怪しすぎて、距離を置きたくて足止めしたとか?」
「誰がするのよ、そんな理由で」
「おはよう」
オクタヴィアが僕のリュックのなかから出てきた。
「眠れたか?」
「よく寝た」
俺のリュックは寝床じゃないぞ。とは言え、お気に入りのタオルとか、クッキーの缶をいつの間にか仕舞い込んでるんだよな。
「キャラバン発見!」
「もう追い付いたのか?」
昨夜一緒だった連中に追い付いた。
一行の荷物はそれなりに多そうだった。荷台から穀物の袋がはみ出していた。
只の商人の馬車にしか見えないんだがな。
「ようし、速度を上げるぞ。軽くしてやるから少しだけ頑張ってくれよ」
『浮遊魔法陣』に直接魔力を通して荷台を軽くしてやると、ラクダに鞭を入れた。
キャラバンとの距離はあっという間に縮まった。
キャラバンは突然道をそれた。
魔除けのマーカーを越えて、砂地に入り込んでいった。
「ちょっと! 待った!」
聞きたいことがあるだけなのに!
「あの人たち犯人違う。本気で怯えてる」
オクタヴィアが言う。
そうなのか?
関係ないなら追う必要はないが……
キャラバンから離れようと向きを変えた。そのときだった。
突然、地面から飛び出したワームがキャラバンを襲った。
それはどでかい巨木のようなミミズというより醜い芋虫だった。
「ライフルだ。ライフルを早く!」
ロメオ君が僕のライフルを取ってくれた。
リオナが手綱を譲り受けて馬車を止めた。アイシャさんも幌から身を乗り出した。
『一撃必殺』を発動する!
『魔弾』が命中して十メルテ以上もある巨大ワームが吹き飛んだ。
ガッサンが呆然と崩れ落ちるワームを眺めていた。
僕たちは先方に手を振った。
どうやら誤解は解けたようだった。
キャラバンは街道に舵を切った。
聞くところによると彼らは、明け方、怪しい音を聞いたそうだ。目を覚ますと一面に肉片が転がっていた。彼らはすぐに誰かが自分たちを魔物に襲わせる気だと気付いたそうだ。
そして面倒なことになる前にすぐさま出立したらしい。
犯人の第一候補の、獲物を取り逃がした僕たちが、首を取りに来たのだと思って逃げたのだという。
そうこうしている間に僕たちはキャラバンと一緒に最初の目的地、砂漠北部の中核都フェミナに到着した。
コカトリス狩りで来たときは、ここまでわずか半日だったのに、思わず深い溜め息が出る。




