エルーダ迷宮狂想曲26
雷撃を標的に向けて放つ!
対魔結界に僕の魔法はかき消される。
発動から発射までのプロセスを可能な限り短くしようと試みるが、どうしても一拍が縮まらない。イメージを先行させるために溜が入ってしまうのだ。
ロメオ君と同時に放っても、いつも僕の一撃は遅れてしまう。戦闘中のこの一拍は致命傷である。特に対人戦においては。魔法を放つ前に弓の餌食になる典型だと思えた。
今の僕には実質安心して使える魔法は氷槍以外ない。
僕は暇な午後を魔法練習に費やそうと、領主館の地下の訓練場にいた。
日頃感じている魔法に関する不具合をこの際修正してしまおうというわけだ。
まるで銃の早撃ちでもしているような感覚で的に向かって魔法を放つ。発射速度はこれ以上ないほど早くなったが、どうしても発動までの一拍が縮まらない。
「ああー、駄目だ」
イメージするのが遅すぎるのだ。
『標的を定める。イメージを作る。発動する』
手順はあっているはずなのに……
「これいらない」
オクタヴィアの声が聞こえた気がした。
省けるプロセスがある?
僕はぶつぶつと詠唱を頭のなかで確認する。
実践で初級魔法を声に出して発動することはないが、呪文のなかに答えがありそうな気がして、何度も唱える。
得意な氷槍の呪文と比べる。
氷の魔法は姉さんから教わった。雷の魔法はほぼ独学でロメオ君の助けを借りてようやく手に入れた違いがある。
「全部一緒にする」
またオクタヴィアの声が。
そうか、やることは同じだ。細かいことはいろいろあるが、要は敵に当てることだ。
「だったら!」
動詞は同じだ。『イメージする』『発動する』。
『定める』は氷槍の術式のなかにはない。削れるのはこれだ!
イメージのなかに最初から織り込むんだ!
ロメオ君の言った当たるイメージをするって、分けて考えることじゃなかったんだ。
そもそも当たるイメージをしてしまえば、標的を定める必要はない。
とは言え、難しい。今度は『イメージする』と『発動する』の間にラグができた。
「これもいらない」
またオクタヴィアの声が聞こえた気がした。
『発動するイメージをする』! 発動も織り込むのか!
アイシャさんが魔法を使う姿が目に浮かんだ。凄く自然な発動。呼吸するように滑らかな始動。
「でも応用利くよね、これ。いろいろと」
自分の言い放った言葉に身震いする。
できる! これなら理想的な魔法が放てる。
標的に何発打ち込んだか分からない。細かい修正を繰り返しながら、微調整を繰り返し、全体のバランスを整えた。
できあがった基本形をさらに反復し、頭と身体に叩き込む。
もう一時間は経っただろうか?
僕は確かな手応えを感じていた。
どうして今までできなかったんだろう? ようやく雷魔法を僕のものにできた気がした。
身にまとわせ、標的が現れたら誘導する。そんなお遊びもできるようになった。
面白いように使いこなせる。
これって『楽園』のなかにいたとき、体験した感覚に似てる。
図に乗った僕は上位魔法の雷爆、雷壁を同じようなプロセスに置き換えて、部屋全体に放った。
興奮に身を焦がす。思ったところにスパンと決まる、この快感。
恐ろしくスムーズだ。我ながら惚れ惚れする。
「なんか焦げ臭い……」
僕は周囲を見渡す。
するとチリチリと部屋の隅が燃えていた。
「アーッ!」
燃えてる! 床が燃えてる!
障壁剥がれた! どうしよう…… このままじゃ館が燃えちゃうよ!
消さなきゃ! 早く火を消さなきゃ! 水、水ッ!、水はどこ?
火は益々広がった。水魔法を思い出すまで、結構燃えた。
知らんぷりして帰れるレベルではなくなった。床と接している壁が炭化してボロボロになってしまった。
やばい、姉さんに怒られる。
逃げよう。
もう少し他の魔法も試したかったが、ヴァレンティーナ様にごめんなさいして逃げよう。一刻の猶予もない。急いで脱出だ!
執事のハンニバルが、地下階段を上がったところにいたのでヴァレンティーナ様の居所を尋ねたら、運悪く姉さんのところだと言われた。
僕は止むを得ず、ハンニバルに練習場で小火を起こしたことを告げて、一目散に逃げ出した。
町のなかにいては捕まりそうだ。
アルガスだ。エルーダが駄目なら、アルガスだ。ついでに魔法を試そう。時間はまだある。
アルガスのギルドなら簡単な周回依頼が残ってるだろう。
僕は転移ポータルを目指した。
そして、捕まった。
「別に逃げなくてもいいのに」
食堂でふたりといっしょにお茶をいただく。
「いや、別に逃げたわけでは…… 一時退避というか、なんと言うか……」
「それを普通逃げたと言うんだ」
姉さんも呆れて、怒る気も失せているようだ。
「でも、あの障壁を貫通するなんてね。覚醒しすぎたんじゃないの?」
「かもしれん」
『覚醒』スキル、レベル十ですけど…… 普通は如何程に?
一枚の用紙がテーブルに置かれた。
「何?」
「始末書よ。明日までに持ってきなさい」
「この際、例の本の上級結界を試してみたらどう?」
「そうするわ。まさかこうも早く必要になるとは思わなかったけどね。お前はドラゴンか!」
「痛っ!」
テーブルの下から僕の足をヒールのかかとで蹴飛ばした。
「あの障壁は通常の城壁結界レベルの二倍の強度でできていたのよ。あれを破壊するってことは、単独で城を落せるってことよ」
「実際は局所的な破壊にしかならないがな」
「はーっ、ここ一年で城壁の結界が随分脆くなった気がするわ……」
ヴァレンティーナ様は思い切りつかれた顔をして見せた。
「すいません」
「いいわよ。どのみち新しい結界を試すつもりだったんだから。実験場が地下になっただけのことよ」
今日のお菓子はスコーンだった。
ヴァレンティーナ様はお茶を口に含んでから、スコーンに手を出した。
「自重しないとほんとに『災害認定』されちゃうわよ」
「気を付けます」
ふたりが目配せをする。
「それで例のボナ卿のことなんだけど」
僕ははっとなった。
「情報を漏らしたのは鑑定士じゃなかったわ。荷運びをさせた連中のひとりが娘を盾に取られてね、それで口を割っちゃったみたいなのよ」
「それ確定?」
「今朝、娘は助けだした」
最低な奴らだな。ボナ卿。
「既にこのことは王宮には伝えたわ。養子縁組は無効にされるでしょうね。でなきゃお取り潰しよ。」
「よかった」
「そうとも言えないわ。去り際の駄賃というでしょ。養子殿は権力のあるうちに何が何でも金塊を手に入れようと暴走するかも知れないわ」
「帰還要請っていつ頃出そうですか?」
「早くて一週間」
「それまで野放しか……」
ハンニバルがやって来た。
「姫様、エルーダ村の冒険者ギルドから使者が参っております。マリアと言えば通じるとおっしゃっておられますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「マリア? 『銀団の弓使い』か?」
「そうよ。話したでしょ? エルーダで会ったって」
「嫌な予感がする……」
僕はお茶を啜った。




