エルーダ迷宮狂想曲25
飛空艇も改造中だし、やることのなくなった僕は翌朝、いつもよりきつめの稽古をして、朝食に有り付いていた。
爺さんはこれからアイシャさんと共に隠れ里に向かい、注文した剣のできばえを確認しに行く予定らしい。
オクタヴィアは広い居間で一匹腹を出して眠っている。
「リオナたちは?」
「外食ついでに銃の追加装備を買って、午後は試し撃ちに行くそうですよ」
アンジェラさんが言った。
急にひとりになって時間ができてしまった僕は何をしようか迷った結果、姉さんのところに顔を出すことにした。
姉さんは複製士に早速『上級結界全集』の複製を作らせていた。
「一部頂戴よね」と言ったら、初級と中級の本を手渡された。
「全部覚えたらね」と言われた。
初級は既に覚えているのでお返しした。
「エルフの混合術式関連の本が欲しいんだけど」
姉さんの目が丸くなった。
「今度は何をするつもりだ?」
「船に結界を施そうかと思って。コカトリスの件でいろいろ考えさせられたからね。だけど、魔力消費を考えるとそうたくさん発動させるわけにもいかないでしょ? そこで混合術式。隠れ里の村長の娘のミラベルさんが複合魔法陣を使っていたのを見たんだ。あれを応用できないかと思って」
「あれはエルフの禁忌だぞ。そう簡単に真似できるものか!」
「別に同じじゃなくてもいいんだ。なんとなく原理は見て分かったから」
「お前な…… 塔の連中にもできないことをそう簡単に」
「姉さんは実物を見たことある?」
「いや……」
「魔法陣のスペルって大概エルフ語だよね」
「そうだが」
「魔法発動にもっとも効率的な言語、それがエルフ語だからみんな使うんだよね。でも僕たち人族が知ってるエルフ語がすべてではなかったとしたらどう?」
「なっ!」
姉さんが固まった。
天才魔法使いにも盲点があったというわけだ。
「エルフが隠してるのは魔法陣じゃないんだ。言葉そのものなんだよ。姉さん」
「お前はそれを見たのか!」
「術式に読めない箇所がいくつもあったってだけなんだけどね。僕はそう思うんだよね。それでその『上級結界全集』を借りに来たんだけど。目新しい発見はないみたいだね」
「それってもしかして魔法の塔の禁書棚に並んでいる誰にも読めない書籍にも関係していることなんじゃないですかね?」
複製士が口を挟んだ。僕に一礼すると言葉を続けた。
「誰にも読めないから禁書棚送りというのは、我々書庫を管理する者のなかでも以前から疑問視されておりました。少なくとも過去において読めた者がいたからこそ、あの棚に並べられたのだと。わたしの同僚が言っておりました。塔の創設当時、エルフも大勢参画していたと。人族に読めないものが残っているのだとしたら、それは当時のエルフが持ち込んだものではないかと」
「もしそれが、その通りだとしたら…… 読める可能性のある者がひとりいる」
姉さんが言った。
「黒猫の飼い主?」
姉さんは頷いた。
その話しはそこまでになった。
『上級結界全集』に僕の望む情報がないと分かっただけでも収穫だ。
塔の禁書の話はアイシャさんと姉さんたちで決めることだ。まあ、姉さん個人なら兎も角、魔法の塔にアイシャさんが協力するとは思えないけどね。
僕の目的は一つ。
複合魔法陣、いや混合術式の構築である。
人族にだって混合術式はある。基本は同じだ。ただ言葉足らずでコンパクトに収らないだけだ。
飛空艇の船体に付けるだけだから大きさは余り関係ない。
問題はあくまで魔力の消費量だ。魔法陣が大きく複雑になるほど消費量が増える。だから人族の作る大規模魔法陣には魔力消費を抑える術式が欠かせないのだ。
『上級結界全集』に小型化のヒントがあると思ったのだが、どうやら無駄足になってしまったようだ。
僕は二、三冊本を借りて家路に就いた。
きょうはもう読書をして過ごすことにする。
持ち帰った本の内容は、粗方知っている内容だった。『楽園』にいたとき、似たような内容の本を既に読んでいたらしい。
「つまらない……」
犯人が分かっている推理小説を読んでいるようなつまらなさだった。
まだ昼まで時間があったので、試しに船に搭載する術式を構築したらどうなるか、大雑把にシミュレートしてみた。
術式を書き殴った紙を居間に敷き詰めたら部屋を覆い尽くしてしまった。
「駄目だこりゃ」
本気でやれば五分の一ぐらいまで圧縮できるだろうが、それでも船で使うには大き過ぎた。
これじゃ魔石がいくらあっても足りない。
並べた紙を回収していたらオクタヴィアがやって来た。
「字が間違ってる」
そう言うと床に蒔かれた紙を読み始めた。
「ここ全部いらない」
いらないと言われた紙をとる。
「『○○に対抗するために、同等の魔素を要して、同等の魔力を生み出し、その魔力を持って力を相殺し、崩壊せしめる理を示せ』?」
「この魔法の、長い名前、発動条件とか、全部入ってる。これただの説明」
「え? これって必要じゃないの?」
「ご主人のいた里では、いらない。省いて平気。でもあった方が親切」
「他には?」
「全部一緒にする」
「へ?」
「これ全部結界魔法。やること同じ。これ一つにする」
主語を全部一括りにして、見たこともない記号でまとめる。述語は全部同じなので一文だけにする。その代わり発動する条件に該当する部分に工夫を凝らす。
オクタヴィアが両手と二本の尻尾を駆使して、リオナのクレヨンを操り、あっという間に僕の作った概略を小さくまとめてしまった。
「ご主人には内緒」
「誰には内緒だって?」
「んにゃ!」
いつの間にかアイシャさんが帰宅していた。
オクタヴィアが咄嗟に僕の後ろに隠れる。
「お帰り。僕が頼んだんだ。オクタヴィアは僕が悩んでいるのを見かねてね、手を貸してくれただけなんだ」
アイシャさんが一枚の紙にまとめた魔法術式をじっと眺める。
「エルフの禁忌には触れてないようじゃな」
意外な言葉が返ってきた。オクタヴィアもほっとしたようだ。
「そうなの?」
「禁呪に該当する事項は含まれていない」
「ほんとに? よかった」
「だが、ハイエルフの秘密には触れておるな」
「え?」
紙が燃えて消えた。
「ああっ!」
「全部忘れるんじゃ。よいな、婿殿。代わりの術式は妾が用意してやる。オクタヴィア、婿殿が好きなら危険に巻き込むな! 全くとんでもないことしよる」
オクタヴィアが僕の背中に隠れて小さくなっている。
「ごめんなさい」
「許してくれるの?」
「見てしまったものは仕方なかろう? ただし口外無用じゃ。秘密を厳守してくれればいい」
「でも応用利くよね、これ。いろいろと」
魔法の詠唱の簡略化、付与装備の機能強化などなど。外部に情報が漏れてしまうと相当不味いことになる。
「それが分かっておるならよい。まあ、婿殿ならいずれ、放っといても辿り着いたかもしれんしの」
アイシャさんは意外にもあっさり許してくれた。
「何かあった?」
そばにいた爺さんに尋ねた。
「それがな、わしの頼んでおいた剣なんじゃが…… 先方が『ミスリルがないから作れん』と言いだしおってな」
火の魔石(特大)を貰っておいてそれかよ。
「あの鍛冶屋、保守派の代表らしくての。人族には売りたくないらしくての」
「だったら注文を受ける段階で断ればいいのに……」
「ま、そんなわけでわしの剣の話しは白紙に戻ってしまってな」
「魔石は?」
「当然回収した。大分ごねたが、村長にアイシャ殿が談判してな。アイシャ殿も余程腹にすえかねたようじゃ。剣を抜く気満々じゃったぞ。わしの方が止める側に回るとは思わなんだわ」
里の連中は知らないだろうが、アイシャさんには過去の因習があるからな。村ごと殲滅されても文句は言えないだろう。
「一振り分のミスリルぐらいなら在庫持ってますけど?」
「いや、あのような鍛冶屋が打った剣を愛せるとは思わん。幸いアイシャ殿が他のエルフの鍛冶屋を紹介してくれると言うのでな。午後からまた出かけようと思う」
「それでアイシャさんまで落ち込んでいたのか」
同族の恥という奴だな。正確には同族ではないが。
「ご主人……」
隠れていたオクタヴィアも心配そうな声を出す。
僕は念のために地下に保管してあるミスリルの在庫をリュックにまとめて玄関に置いておいた。
以前教会に大量売却した折り、木箱からこぼれた分をリュックに入れて持ち帰ったものだ。元々軽い素材だし、一本ぐらい打てるだろう。
僕とアイシャさんと爺さんは一緒に昼食をとり、ふたりはまた出かけた。今回はさすがに心配になったのか、オクタヴィアも同行するようだ。
飛空艇の結界の件も片付きそうなので益々やることがなくなってしまった。
いつもならエルーダに行って、ソロ狩りでもしているのだが…… 本当に忌々しい。あの馬鹿貴族!




