ロメオ君育成計画(火蟻女王)5
僕たちは戦うのを止めた。
現在ロザリアの魔除けの呪文で敵を遠ざけながら進んでいる。
一度に四十匹も相手にする戦闘なんて、願い下げである。雷撃が効いたからいいようなものの、あれがなかったらどうなっていたことか。きっと今も埃のなかで戦っているか、撤退して項垂れていたことだろう。
「情報にはないんだよな。雷が効くなんて」
ロメオ君が憮然として疑問を投げかける。
ふたりもその通りだと頷く。
みんなロメオ君がめくる『魔獣図鑑』と、僕が見ている地図の頁を注視している。
「麻痺したことで吐き出すはずだった粘液を吐き出せずに、体内で爆発させてしまったとか?」
確かにそんな感じだった。それなら自爆を免れた連中の説明も付く。
でもそれだったら、記述があるはずだ。有効な攻略手段に違いないのだから。
「そもそもあんなに増えるなんておかしいよ。あんな規模で襲ってくるなんて注意喚起されてて当然だよね。何も記述がないなんて、どう考えても変だよ」
「わたしたちの戦い方に問題があるのかしら……」
「どこが?」
「そもそも普通のパーティーにはエルリンさんのように常時、強力な結界を張れる人はいません。魔法攻撃主体の編成も今の階層レベルでは特出していると言っていいでしょう。おふたり程の魔法使いは上級にもそうはいませんから。それに…… 何よりこれです」
ライフルを叩いた。
「魔法も届かない位置からの狙撃なんて従来の戦術では考えられません。他の方たちは大概接近戦主体のはずです。明らかに別の戦術を使っていたはずです」
「ここに見合った戦闘スタイルが別にあると?」
「じゃなきゃ、敵が急に進化したとしか言いようがないじゃないですか」
「もうすぐ中央の大部屋なのです」
「たしか火蟻女王がいるんだよな」
「今度こそ速攻で叩かないと、フロアー中の蟻が攻めて来ますよ」
マップ中央に陣取っているのだから当然だ。
「無理そうなら階段に強行突入で。大概みんなそうするらしい」
「大概そうする…… か」
それは巨大な蟻とは別の生き物だった。上半身は確かに蟻だが、全身の一割ほどでしかなく、残りのほとんどは芋虫のようなブヨブヨな腹をしていた。上半身の脚が地面を蹴ることはなく、移動は専らお腹の、爪のある疣足を使う。今は何することもなく重そうな図体を支えながら虚ろにしている。
なんとなくグロテスクな結果が待っていることだけは分かる。こういうときは燃やす! 燃やすに限る! 緑色はもう結構!
でもその前に『一撃必殺』を試すことにする。
「あっ、行けるわ」
通常弾では駄目だったが、『魔弾』では可能らしかった。
「行くのです」
リオナと残りのふたりも頷いた。
バシュ! こもった一撃がクイーンの頭を吹き飛ばした。一瞬、物理結界だろうか、光の反射が見えたけど、貫通できたようだ。
「おおっ!」
ロメオ君が感嘆の声を上げた。
ロザリアは身体を低くしながら周囲の様子を伺っている。
リオナは穴兎のように首をもたげてキョロキョロと全周囲を警戒している。
「ばれてないのです」
リオナの言葉に一同ほっと息を漏らす。
「この大きさだと期待できますわよね?」
一瞬なんのことかと思ったら魔石のことであった。
火の魔石(中)以上は堅そうだが。(中)なら金貨二枚半。(大)なら五十枚。その差は大きい。
火蟻女王の中身がスカスカでない限り、今回はほぼ大きさは確定している。
期待が膨らむ。変化が待ち遠しい。
同時に敵が来ないことを祈りつつ、僕たちは下り階段のそばで様子を伺う。
「あっ」
リオナが声を上げた。
巨大な骸が霧のように四散した。そして真っ赤な魔石が地面に残った。
「え?」
一目見て大きいと思った。
「どうしたの?」
「あははははっ、世の中ってこんなこともあるんだねぇ」
ロメオ君が魔石を抱えて戻ってくる。
「これって魔石(大)だよね。ギルドで以前見たときはもっと小さい気がしたんだけど。結構大きかったんだね」
ロメオ君の記憶は正しいよ。
僕は苦笑するしかなかった。
「ん? 違うの?」
僕は頷いた。
「それ…… 火の魔石(特大)……」
「えええええっ?」
全員が固まった。
「エルリンと一緒にいるといろんなことがあるのです」
「時価いくらぐらいするのかしらね?」
「大金持つと発明したくなるよね」
「引き取ってくれる人いるかな?」
ロメオ君の言葉に全員が振り向く。
僕たちは下の階の脱出部屋にいた。
「高価すぎて値が付かないってこともあるんじゃないかと……」
ロメオ君が捕捉した。
「換金できないってこと?」
ロザリアがにじり寄る。
「多分ね。この辺じゃドワーフぐらいだよ、買ってくれるの。でも、いくらドワーフだってこの大きさは…… 買ってくれるかどうか……」
「だったら姉さんに任せよう。ドワーフとは古い仲だし、売れるかも知れない」
「ゴリアテだっけ?」
僕は頷く。
「あそこのパンは美味しいわよねぇ。もちもちで」
「おいしいのです」
今じゃすっかり我が家の主食になっているからな。
「じゃ、そういうことにしよう。駄目ならまた考えよう」
僕たちは地上に出て昼食にした。
そして午後の予定を話し合った。満場一致で地下八階をこのまま攻略することになった。
火蜥蜴は全員既知の相手なので問題なしという判断だ。僕たちの間ではすっかり雑魚扱いである。余計なことがなければ、問題なく今日中にクリアーできるはずだ。
地下八階は意外に盛況だった。四組のパーティーが既に活動していた。
「なんでこんなにいるんだ?」
「火蜥蜴って石以外に何かあるのでしょうか?」
「皮は?」
「火鼠のような効果もないし、売れる部位はないはずだよ。図鑑にも載ってないし」
「誰かに会ったら聞いてみよう」
僕たちは歩き始めた。
「これだけ狩り尽くされてると楽できるな。上の階が嘘のようだよ」
「油断大敵なのです」
と言いながらリオナは鼻歌を歌っている。
僕たちも意気揚々と次の階段目指して歩みを進める。周囲に敵はいない。
「順風満帆、順風満帆」
「火蜥蜴の洞窟みたいに暑くないですしね」
「どう考えても上の階の難易度おかしいよね」
「責任者出て来いなのです」
自然と口数も多くなる。
このフロアーは迷宮の典型的な構造をしている。石煉瓦造りの地下通路と小部屋で構成されている。壁は焼けていないし、大気も肺が焼けるほど暑くない。
壁にはいつものように燭台に置かれた光の魔石が輝いているのみだ。
楽勝だと思えたそのとき、目の前に一組の男女が現れた。
丁度いいので疑問をぶつけてみることにする。
「あの…… すいません…… ちょっとお尋ね――」
「そこのお前たち! このフロアーは、我がヴィオネッティーが占拠している。用がないものは即刻立ち去るがいい! どうしても通りたければ、通行料を払って貰おうか!」
僕たちの目は点になった。
「我が名はアンドレア・ヴィオネッティー。逆らう者は容赦をせんぞ!」
「はあ?」