ロメオ君育成計画(偽物現る)6
いきなり人の言葉を遮って、何言ってんだ、こいつ?
見るからに気障ったらしい貴族風の優男。兄とは似ても似つかぬその容姿。
もちろん僕の知る限り、こんなやせこけた親族はいない。
脇に抱えている女は品格の欠片もない単なる商売女だ。どこぞの令嬢ということは間違ってもない。
「サッサと消えな。ここは餓鬼の来る場所じゃないんだよ」
……
全員が同じ台詞を心に浮かべたに違いない。表現は違えど同じ意味の侮蔑の言葉を。
男は腰の剣を抜いた。
「聞こえなかったのか、小僧?」
そんな細身の剣で魔物を斬るつもりか? 脅しにもならない。
今すぐ切り刻んでやりたいのは山々だが、ここは一旦引き下がろう。
男の言いようでは他の三つのパーティーも同じ穴のムジナらしいし。
僕たちは黙って引き下がった。
脱出部屋に戻るとすぐさまロメオ君が外に出て応援を呼びに行った。
リオナにはふたりを見失わないように追跡して貰っている。
リオナは女の香水の臭いはどこにいてもすぐ分かると豪語した。
「一体何の目的でこんな場所で馬鹿やってんだろうな」
「貴族の名を騙るなんて愚かですわ。死刑だってありえますのに。いくら本人が貴族でも許されないことです」
「でも貴族だったら問題かもね。どの程度の家柄かによって対応が変わってくるからな」
「いいんですか、それで?」
「よくないよ。だってさ、兄さんの名を騙った以上、討伐されても文句は言えないんだから」
僕の含みのある発言にロザリアは気付いた。
「なるほど『災害認定』を逆手に取るんですね?」
「アルガスに入るには事前に領主の承諾がいるんだ。なのに黙って入っちゃったら、交戦の意思ありと判断されても仕方ないよね。だって災害級なんだから」
「ギルドとしては余り恨みを買いたくないんですけどね。坊ちゃん」
背中で聞き慣れた声がした。
「あれ? マリアさん。来ちゃったんですか? 窓口は? 他の人は?」
応援が来た。
「あんたたちが問題起こすとわたしが駆り出されることになってんのよ。窓口は代わりがいるからいいの。応援の半数は下の階から既に入ってるわ。こちらからは気取られるといけないから、時間をおいて二組ほどパーティーが入る予定よ。一応確認しないといけないから、一組目が来たら、わたしたちは行動開始よ」
「行動開始って?」
「もう一度奴らに接触するのよ。恫喝の証拠を押えたいしね。各班、耳のいいのがいるから盗聴に問題はないわ。だからパーティーに混ぜて貰うわよ」
すぐ体制が整い、僕たちはふたり組の場所に向かった。
リオナは「殲滅するのです」と息巻いている。
ロメオ君は「あの女がレジーナさんとか言ったら殺しますからね」とこちらも尋常ではない様子。
おかげで僕とロザリアの熱は冷め、比較的冷静になっていた。
「何しに戻ってきた?」
貴族の優男はなまくらで威嚇した。
一目見てマリアさんも溜め息を付いた。あまりの駄目さ加減に。
「あなたたちですか? この子たちを妨害なさっているというのは」
マリアさんが保護者のフリをして話しかけた。
「んだと、このアマァ? 文句があるって言うのか!」
あっ、今僕の心のゲージが振れましたよ。マリアさんを「アマ」呼ばわりしましたね。て言うか、小芝居どうしました?
「いいえ、滅相もございません。ただ次の階まで行かせてほしいと言っているのです。フロアーの占有など、大人げないと思わないのですか?」
「チクってんじゃねーよ、このクソ餓鬼が! っていうかなめてんじゃねーぞ。俺を誰だと思ってやがる、ヴィオネッティー一族の次期当主、アンドレア・ヴィオネッティー様だぞ。通りたきゃ金を置いていけ! 俺たちが魔物の駆除してやってるから安全にここまで来れたんだろうが!」
なんだ小芝居止めたのか?
騙り、恫喝の証拠があっさり揃った。
なんだかなぁ。
戻ってきた段階でもう少し怪しもうよ。
「チョロすぎるわね」
ロザリアも同感のようだ。
もういいかな。
「ところでそっちの品のない方の名前も教えて頂けませんか?」
僕は思いっきりなめた小僧を演じた。
「誰のこと言ってんだぁあ? この糞餓鬼! あたしゃ、レジーナ・ヴィオネッティー。泣く子も黙る『ヴァンデルフの魔女』とはあたしのことよぉ。 分かったら金目の物置いてさっさと消えなァ!」
最大級の雷がふたりの周囲に落ちた。
「ひっ!」
ふたりは身をすくめた。
ロメオ君…… 目が据わってるよ。
「アンドレア・ヴィオネッティー、『災害認定』されている貴様をこのまま逃すわけにはいかない。ここで死んで貰うぞ」
僕は冷気を這わせた。僕の周囲が氷の結晶できらきらと光り出した。
「小僧が何粋がっていやがる! や、奴らを呼べ!」
女に向かって、ビビった男は叫んだ。
女は紅を差した真っ赤な唇で笛をくわえると何度も何度も息を吹きかけた。
通路に空しく笛の音がこだまする。
「仲間なら来ないのです」
リオナも怒りを通り越して呆れている。
「その程度の実力でよくこの階まで来られたものね」
マリアさんの言う通り、上の階を通過できる力量はなさそうだ。仲間の誰かがこのフロアーの入場券をたまたま持っていたとしか思えない。
だがその仲間たちも拘束されたようだ。
探知スキルがあれば、状況は逐一分かったはずなのに……
男は逃げ出そうとした。
「あぐぁあ?」
男は奇声を発した。
「動くと折れますよ、凍った脚がね」
僕はニヤリと笑った。
ふたりの脚を凍らせたのだ。
「何よ、これ!」
「姉にあやかってみました。姉がどうやって折れた脚を再生したのか、そこまでは存じませんので、折れた際はご容赦を。それが嫌なら迎えが来るまで大人しくしていてください」
「姉?」
「姉だと?」
ふたりは姉さんの逸話は知っているようだ。
「申し遅れました。わたくしエルネスト・ヴィオネッティーと申します。アンドレアとレジーナの弟をしております」
ふたりの目は大きく見開かれた。
「貴族の名を騙った罪は重罪よ。只で済むと思わないでね」
マリアさんがギルド職員である証のギルド証を晒した。
計ったように応援が駆けつけた。僕は氷を溶かし、身柄を当局に引き渡した。
「あなたたちはどうするの?」
「このフロアー、クリアーしたいので、後で出頭します」
「わかったわ。書類作って待ってるから、気を付けるのよ」
被害届けは僕とロザリアの連名で出すのが無難と判断された。身分を盾に逃げられないようにするには、そうする方がいいそうだ。あくまで男が貴族だったらの話だが。
僕たちは出口を目指した。火蜥蜴もいい面の皮だったな。
「そういや、なんであんなところで狩りしてたんですかね、あの連中?」
被害届けを作りに行ったとき、マリアさんに尋ねた。
「前回の教会騒動で村に来てた連中いたでしょ。軍隊紛いのえせ集団。この地でのんびり羽を伸ばしていたら、突然、異端にされたもんだから、自分の領地に戻れなくなってね。それでほとぼりが冷めるまで、ここで日銭を稼いでいたらしいわね。あそこで狩りをしていたのは、彼らが辿り着けるフロアーでまともに狩りができたのが、あそこだけだったかららしいわ。ほら、『闇の信徒』の件で地下三階から五階までフロアー封鎖しちゃったでしょ」
「地下一階も二階もあるのでは?」
「地下一階はフェンリルを複数相手にできるなら儲かるけど、ゴブリンの装備だけじゃね。石は出てもクズ石だし。地下二階はゾンビとスケルトンのエリアでしょ。闇石だし、環境もあれだしね。一階の狩り場は新人にほぼ埋め尽くされてるし、監視の目も近い。行く場所なくなっちゃったのね。地下六階の火鼠の皮なんていい儲けになるのにね。数集めないとだけど。二、三枚売りつけて弾かれたもんで価値がないもんだと思い込んじゃったのかもしれないわね。地下七階は…… 論外ね」
やっぱり地下七階は別格なんだ。
「彼らに狩れたのは火蜥蜴の火の魔石(小)だけだったわけ。あのフロアーの火蜥蜴全部狩っても金貨三枚にもならないのにね」
「どうしてヴィオネッティーの名を騙ったんです?」
「やられた腹いせに名を貶めたかったんですって。教皇のフリをするほど馬鹿ではなかったわけね」
本人たちに知れたらどうなるか分かってるのか? 刻まれて火蜥蜴の餌だぞ。
「身元は分かったんですか?」
「北方の男爵家の子息だったわ。教会の騒動で既に蟄居していたんだけど、今回の一件でどうなるかしらね。家ごとなくなっちゃうかしらね? 本人たちには多少の酌量はあるでしょうけど…… 閉門中の不祥事ってことですものね……」
僕たちのペンが止まる。
「決めるのは司法官たちよ。あなたたちが気に病むことじゃないわ。ありのまま書いてくれればいいわ」
「あの…… 地下七階って普通どうやって攻略するんですか?」
ペンを置いたロザリアがマリアさんに質問した。
するとマリアさんはあっけなく簡単に答えた。
「消音とか消臭魔法とか、あのフロアーはね、戦わないことが味噌なのよ。火蟻はね、目がよくない代わりに音や臭いにひどく敏感なのよ。あなたたちはどうやって抜け出したの?」
「魔除けの魔法で……」
マリアさんは頷いた。
「そういうことよ。あのフロアーの意義は、戦うだけが脳じゃないってことを冒険者に分からせることだからね。戦闘大好きな人たちはあそこで大概挫折するのよね。たまに案内を買って出てくれる人がいるから、便乗するのも手だったわね」
僕たちは顔を見合わせた。
そういうことか…… そもそも戦わないことが最良だったんだ。雷がどうのとか以前の問題だったんだ。
「道理で情報がなかったわけだ」
僕たちは肩の力を落とした。
午後の収入はゼロ。気分はマイナスだ。予定通りの結果ではあったのだが気が重い。楽な一日のはずだったのに、酷い一日になった。




