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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第四章 避暑地は地下迷宮
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揺れるしっぽと青い空(切っ掛け)1

「子供が一杯なのです」

「これ全員?」

 ガラスの棟の展望室に二十名ほどの子供たちが雑魚寝していた。

「例の誘拐された子供たちですが、まだ引き取り手が現れません」

 ユキジさんが言った。

 村が襲撃されたとき、親は死んだということか。

「半数は迎えが来たんだな」

 昨夜のうちに引き取り手が来た子供たちはもういない。

「村の男たちはほとんど死んでしまったってほんと?」

「逃げずに戦ったのが仇になったようですね」

「助かったのは女子供だけらしいの」

 トビ爺さんが日の出ていない外の景色を眺めながら欠伸した。

 つい先刻まで子供たちの相手をしていたのだろう、ホッケ婆ちゃんもポンテ婆ちゃんもソファーの上でぐったり眠っている。他の大人たちも疲れている様子だった。

 僕はこんな事態になっているとは露知らず、呼び出されるまでぐっすり眠っていたのだ。

「事前に気付かなかったの?」

「気付いても包囲されていては逃げ出すことはできんよ。囲まれて終わりじゃ」

「だから囲まれる前に……」

「人族には魔法がある。消臭と消音の魔法があれば接近は容易じゃろ?」

 敵がプロなら、それぐらいの備えはしてくるのか……

「それでも……」

 村に接近すれば対魔結界でバレるはずだ。獣人の耳と鼻なら気付かないはずがない!

「わしらとて万能ではないんじゃ。確かに優れた身体能力を持っておるが、敵わぬこともある」

 トビ爺さんは見えない敵を睨み付ける。

 夢から覚めたとき、ひとりぼっちの現実が子供たちを再び襲うだろう。

 この僕に何かできることはあるんだろうか?

「半壊した村をどうするか。男手を失ったままで運用できるのか、いろいろ話し合わねばならん」

 ユキジさんが僕の肩に手を置いた。

「この森に受け入れることになるやも知れんのぉ。残っているもう一つの村も考えを変えるかも知れん」

「全部を収容できるの?」

「無理じゃな。うちら全部と数はさほど変わらん」

 倍になるということか……

「とりあえず今は目の前のあの子たちじゃ」

「この森で引き取るというのは?」

「できねーことはねぇだが、子供たちは嫌がるべな。自分の村に帰りたがるべ」

 ホッケ婆ちゃんが目を覚ました。

「身寄りがいなくても?」

「望みはそう簡単には捨て切れんよ」

 ポンテ婆ちゃんも目を開けた。

「絶望したら戻って来いとも言えんしの」

「現実を受け入れて貰うしかねぇべな」

「そうですね」

「悩むだけ無駄じゃ」

 長老たちは打つ手はないと口にする。

 長く生きているせいか長老たちは達観している。誰よりも時の癒やしだけが救いだと知っている。

 でも若者は諦めない。例え無駄だと分かっていても、心底納得したりしない。

「温かいご飯です」

 リオナが言った。

「心が寒くなったら暖めないといけないのです! 心が死んでしまうのです!」

 僕は笑った。

 リオナらしい意見だなと。前向きなリオナが僕の背中を押してくれる。

 円満な答えなんてあの子たちにはない。

 どんな道を進んでも苦痛が伴うだろう。癒やしが訪れるそのときまできっと心は枯れたままだろう。

 なら少しでも…… 時を早めてやろう。

 平坦な道を、道標を、共に歩む者を用意しよう。折れない心を与えよう。

「温かい食事を。後は任せた」

 僕が頷くと長老たちも頷いた。


 僕がこんな時間に呼び出されたのには理由があった。人族の姿がまず子供たちには毒だったからだ。彼らが目を覚ます前に、すべてを長老に任せて僕はガラスの棟を後にした。

 帰宅するとちょうど朝食ができあがっていた。

「おや、落ち込んでるものと思ったけど。大丈夫みたいだね」

 アンジェラさんにおかしな発破を掛けられた。

「やることができたので」

 今日は東の避暑地予定地をリオナと見学しに出かけようと思っていたのだが、予定を変更することにした。

 僕は自室に戻ると『異世界召喚物語』のメモを取り出し、目的の頁をめくった。

「あった!」

 それは気球の製造方法と原理の説明だった。

「空気を閉じ込める布って……」

 僕はアンジェラさんに尋ねた。

「水じゃなくて? 空気を溜める? なんのために?」

「理由はいいから、何か知らない?」

「わたしに聞くよりお姉さんに聞いたら? その手のことは資材屋か魔法使いの領分でしょ」

 リオナは玄関で妹ちゃんと散歩に行く準備をしていた。

 僕はリオナに手を振りながら家を出た。

 僕の行き先は姉さんではない。ロメオ君だ。

 幼い頃からギルドの窓口で育った彼は僕よりも多くのことを知っている。

 どうせ姉さんは土木工事で忙しいはずだ。ブーストもかかってるし、今は近づかない方が身のためだ。


「おはよう、ロメオ君」

 ギルドの窓口を潜るとそこには、既に大勢の冒険者が詰め掛けていた。

 うわっ、人族の冒険者がいっぱいいる。

「どうしたの? 急に増えたみたいだけど」

「おはよう、エルネストさん」

 ロメオ君はカウンターのなかにいた。

「依頼書足りてる?」

 思わず依頼書の数を心配した。

「移民が開放されたからな。大入り満員だ」

 いきなり頭を鷲掴みにされた。

 ロメオ君のお父さんである。

「おはようございます、ハルコットさん」

「ああ、おはよう、若坊ちゃん。ここは窓口だ。おしゃべりなら隣でやってくれ」

 僕は釣られたまま運ばれ、談話室の椅子に落とされた。

 ギルドの営業所も仮小屋ではなく、正規の新築物件に移った。木の香りが心地よかった。そこはアルガスに匹敵する大きさがあった。依頼書の数は今のところ雲泥の差だけどね。

 それでも『工夫募集』に『木こり募集』に『大工募集』…… 

 依頼のバリエーションも随分増えている。全部建築関係だけど…… 

 あっ、『子守募集』なんて依頼もある。

「冒険者に子供の世話だなんて、子供泣くでしょ?」

「女性の冒険者もいるからね。案外適任だよ」

 ロメオ君がお茶を入れてくれた。

 確かにヴァレンティーナ様も昔は冒険者だった…… 

 おおッ、いいじゃないか! 天国じゃないか! 嗚呼、子供になりたいかも…… 

 あっ! でも、姉さんみたいなのが来たら…… ないな。この依頼はない。

「それにその子供って子牛のことだから。引っ越し作業で家を空ける間、世話してほしいらしいみたい」

「へー、らしくなってきたね」

 他にそれらしい依頼は『馬車の護衛』が五件と『南路街道整備に伴う魔物の排除』依頼と例の奴隷商が逃げ込む予定だった『洞窟の調査』依頼の七件だけだった。

 ちなみに街道の魔物はレベル三十の千年大蛇らしい。

 洞窟の方は浅いと思っていたら結構奥がありそうなので念のためだそうだ。

「今度は今週の週末だよね」

「うん。またエルーダだけどね」

「あ、そうだ。僕、お姉さんに本を借りたんだった。『世界をその手に! 新たなる具現への扉。魔法学上級編』」

『魔法使いになった君に送る新たな扉。魔法学中級編』の続編だ。

 それって王立魔法高等学府の卒業生のみが手にできる希少本だよ。

 他に読むべき本はたくさんあったと思うんだけど…… 

 子供が読んでいい本じゃないよ。僕も『楽園』のなかで見たけどさ。正直中級まででいいと思ったもん。その本に載ってる魔法の魔力消費量、ほんと半端ないんだから。

 まったく姉さんは何考えているんだか。

「下手したら死ぬからって言われたんだけど、続編がどんなだか見たくってさ。頼んだら貸してくれたんだ」

 ロメオ君、君か! 君が主犯か…… そのうち深淵を覗きたいなんて言うんじゃないだろうな?

「それで、今日はなんの用?」

 ギルドに来た冒険者になんの用とはまたおかしな台詞だが……

「実はさ――」

 僕は空気を溜められる布だか革だかの存在をロメオ君に尋ねた。

「それなら凧蛸(たこだこ)の皮がいいよ。なめして伸ばしたら五メルテ四方になるんだ。地方によっては屋根の防水にも使われていたりするよ」

「それってどこで手に入るの?」

「凧蛸は海の生き物だから海沿いの町に行けば大概手に入ると思うけど、たぶん今ならマギーさんのお店に行けばあるんじゃないかな」

「『マギーのお店』?」

 ロメオ君、マギーさんと知り合い?

「違うよ。そっちじゃなくて『ビアンコ商会』 知らない? 建築資材を主に扱ってる店なんだけど。式典の日にオープンしたんだ」

 ビアンコ…… 確かマギーさんの苗字がビアンコだったような。てことは実家の商会?

 ううむ…… コネを最大限利用してるな、マギーさん。

「ありがと。行ってみるよ」

「あ、僕も行くよ!」

 僕たちはギルドを出ると、ロメオ君の案内で北の街道沿いにある『ビアンコ商会』を目指した。



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