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第三十話 『ただいま』そう言える家にこれからもわたしは帰りたいです。

“友人”ってなんだろう。




信頼して背中を預ける“仲間”とはどう違うのか。

はたまた同じ職務につく“同僚”との差は。

遠い昔に誓った紅の雫にちらつく“悪友”との区別は。



 まったくもって情けない。“友人”とやらを欲しがっていた彼女に何故かわたしがその友人となることを決めてしまってから落ち着かないのだ。今まで生きてきたわたしが得たのは仲間、同僚、悪友の三つの関係性で。数百年生きてきたのにそれ以外を知らない。

 国のはじまりから終わりまで見届けたこともある。なのにわたしが知っているのは戦うこと、魔法をどう扱えば効果的なのと壁を作って他を寄せ付けない人付き合いだけ。

 おもわず笑ってしまう。忘れていた訳ではないが自分がいままで何をしてきたかが、だ。むしろ何もしてこなかったともいえる。大人になりきれない年頃の少女の望むものさえわたしは満足に与えられないかもしれないのだ。それなのによくもまぁ、自分の口から友人という単語が出たものだ。どこか嘲笑うような皮肉げな笑みが自分に浮かんでしまうのを止められなかった。

 






 本格的に日が暮れる前にこの街を出ようと話し合ったわたしとエレナは人影もまばらになった道を大股ではや歩き気味に進んでいく。流石にこの刻限になれば人も少なくなり二人して歩いていても誰にもぶつかることはなかったし、咎められることもなかった。ただ足早に駆けるときに腹部の傷に障るのかずきずきと鈍く痛み、わずかに脂汗が滲む額をエレナに隠れて拭うのが困難だった。

 馬車を止めた場所をわたしが覚えているはずがなく、エレナが先行して道案内してくれる背を追っているが、歩き出す前に魔法雑貨店で購入した荷物を半分ぶんどったのでなかなか重い。自分で使うのだから全部持つと言っても一番軽いものしか寄越さないエレナにわたしが勝手に引ったくったので荷物量としたら同じぐらいだろう。重量はともかくとして。

 それで今に至る。周囲が暗くなってからなのか時間が決められているのか分からないが、大通りにはまばらに明かりの灯った街頭がちらちらと視界の端に映る。魔法の加護を受ける街なだけあってその灯りさえ魔法一色のものだと流石に理解出来る。うっすらとだが炎の下位精霊の姿が目視出来たからだ。きっとこれは人が減り街中の濁った魔力が澄んできたからなのだろう。本当に人間の姿は不便だ。同類の種族さえ目にし難いなんて。

 まあ上手く人間と精霊が共生出来ているのは良いことだが……一方的に彼等が使役されているのを見るのはあまり好きじゃないな。と言っても精霊と魔法使いの利害が一致しているから互いに協力しているのだろうとは思うが、感情はまた別物だ。

 結局のところわたしはまだ人間があまり好ましくはないと思っている。ここ数日で関わった人達は比較的良い部類の人間たちだったが、多くの魔法使いは精霊を誓約で縛り付けるものだったはず。何を堅く誓いあうのかは知らないが、関係性は主と僕だとランセに聞いた記憶がある。

 それを聞いてやはり人間にどこか落胆してしまった自分が居た。魔法なんて自らの魔力だけで起こせないかと、もっと精霊を大事に扱えないのかと。胸の内に呟いたわたしの声は誰にも届かなかった。音にしていないから届かないのは仕方のないことなのだけど。

 街頭の油を嬉しそうに舐める火蜥蜴(サラマンダー)の色褪せた鱗をじっと見つめていながら、そんなことを思い出した。もちろん足はちゃんと動かしながらだ。満足に魔力供給をされてないのか見かける下位精霊たちはみなどこか色彩の鈍い体つきだった。魔力溢れる個体はとくに美しい姿になるのに。

 時間があればランセに精霊と人間の関係性を問うてみようか。書物だけでは読み取れない何かがわかるかもしれない。それにランセは魔法バカだけど精霊を行使している姿は一度も見たことがないから、余計に聞いてみたい。他の誰でもないランセに。ちょうどランセに一日付き合う予定もあるし。使役されている精霊を見ているうちにもやっとする感情を持て余し気味になるわたしはエレナを見失わないように駆けた。






 ゆらゆらと車輪の動きにつられて動く身体をなんとか押しとどめようと踏ん張ってみるが、スピードをかなり出している馬車内では無駄な努力のようでぐらぐらと何度も傾くなか数時間かけてペレスフォード屋敷に帰れば待っていたのは笑みの仮面をはりつけたセルジュ。いろんなハプニングで予定しなかった時間のロスに、過ぎた門限とやらが原因らしい。エレナは屋敷を出るにあたって日が暮れる前までには帰ってきなさいとセルジュにさんざんと言われていたのだそうだ。暗くなると質の悪い賊が貴族の馬車を狙うこともしばしばあるそうで、それを心配したセルジュのありがたい言葉に耳が痛いのはわたしだけではなさそう。貴族の護衛を務めるエレナと見かけはただの小娘、中身は何百年生きる天使であるわたしに喧嘩をふっかける賊などこてんぱんに伸してやる、とか空気読んで黙っているのが良さそうだ。これはきっと家族を心配しての事だろうからわたしはただ黙ってセルジュとエレナを見つめていた。二人の会話が所々怪しい雰囲気になろうと魔法バカがそわそわとこちらに意味ありげな視線を寄越そうと。わたしは貝のように口を閉ざすだけだった。一通り言いたいこ

とを吐き出したセルジュは最後にわたしとエレナに『おかえり』と呟いて、自室へと帰っていく背にエレナと顔を見合わせ二人で『ただいま』と返した。








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