第2話 インターネット完備のログハウス
異世界、リィーンベル。万象に宿る心力で発展を続けるこの世界に、神はいない。
この世界を創りし神は、世界の運営をリィーンベルに生きる生命に託し、神自身は遥かなる因果地平にて、この世界を見守っている。
そんなリィーンベルで信仰になるのは、大地母樹と呼ばれる生命循環を司る聖なる木と聖霊だ。
命に宿る心力は命が死すとき、何らかの原因で瘴気に変わることがある。
原因は一概には言えないが、ともかく、そんな瘴気を浄化するのが大地母樹だ。
そして聖霊は、その大地母樹を補助し、守護する役目を帯びた存在だ。
大地母樹はとてつもない大きさで、遥か星の海まで伸びているとまで言われている。
そんな大地母樹が生えているのがヘブンズバレーだ。
故にヘブンズバレーは聖域であり禁猟区。
一部の過激な派閥は、自警団を結成し、進入を防いでいるらしい。
もっとも、ヘブンズバレーそのものの心力の濃度が非常に濃密で、感覚を狂わせ、弱いものは中毒を起こして昏倒する。
入るだけでも至難の業、冒険するなど命をドブに捨てるが如く、そして大地母樹に近づこうなど罰当たり。
Sランクハンターのナッシュが、どれだけ非凡か、どれほどの無謀を潜り抜けたか知れよう物だ。
そんなヘブンズバレーに、魔法使いの住むログハウスはあった。
「あっ、ヨシュアさんからメールが入っている」
オール電化で超空間ネット通信も完備のログハウスが建っている。
***
ヘブンズバレーに住む種族の中でも、一際大きな肉体と強靭な心力を持つのが真竜だ。
鋼よりも固い鱗は伝説の剣も通さず、ブレスの一息で国が一夜で消滅する。
誇張でなく、それくらいのことは朝飯前でやってのけるのが真竜というものだ。
そんな真竜だが、ヘブンズバレーには成年した真竜しか居ない。
では子供の真竜は?
実は、真竜は生まれた卵をヘブンズバレーの外に持っていき、別の竜種、あるいは種族に託すのだ。
なぜならヘブンズバレーの心力は特殊かつ濃密。
生まれたばかりの真竜では耐えられずに中毒を起こしてしまうのだ。
そして成年したのち、真竜はヘブンズバレーに帰巣するのである。
今日、新たに成年を迎える若き真竜が、ヘブンズバレーにやってきた。
「白き風のヴィンターヴァイス! ただいまここに参上だぜい! ま、ヴィンスと呼んでくれい!」
今回の成年真竜は、やけに傾奇者であった。
白き風とは何だ? 真竜に二つ名を名乗る習慣は無い。
きっと育った環境の影響だろうと真竜たちは思った。
「よう、早速で悪いんだけどよ、じじばばども。ヘブンズバレーに妙な新参者がいるって話を風の噂で聞いたぞ。ソイツは何だ? お前ら、なんで放っておいている」
鋭い眼差しで、ヴィンスは里の真竜たちを射抜いた。
今回の成年竜は傾奇者だが、たくましく成長したらしい。
それを嬉しく思う真竜たちだが、今回ばかりは、<ソイツ>に関わらせるわけには行かない。
<ソイツ>は触れてはならないのだ。
「ヴィンターヴァイス。かのものに不用意に近づくな。これは長老としての命である」
「長老としてだあ!? フザケンな! 母なる大地母樹の傍にのうのうと居座る奴を、俺達真竜が露払いしてやらなくてどうするんだよ!!」
長老の威厳ある言葉に、ヴィンスは吼えて返した。
確かに、ヴィンスの言うことは尤もであるし、間違っていない。
だが――
「かのものは例外よ。なにより、他ならぬ大地母樹が、傍に居ることを望んでおるのだから。むしろ傍にいてやらねば大地母樹が泣き出してしまうだろう」
「はぁ? 何言ってんだ。もういい、耄碌したアンタらは引っ込んで隠居してろ。これからは、俺の時代だ」
ヴィンスは、翼を広げ、大地母樹の元へ飛び去った。
それを見送る真竜たちからは、思わずため息と苦笑が漏れた。
「ずいぶんな跳ねっかえりだな。あんまりな粗相を仕出かさなければよいが」
「まあ、センゴク様だからな。ほどほどにしていただけるだろう」
「むしろ徹底的にやって欲しいわね! 私のことをババと読んだあのクソジャリは帰ってきたらただじゃ置かないんだから」
「「「あはははははは」」」
真竜の里は、今日も平和である。
***
「見えたぜ……!!」
大地母樹から少し離れた所に見えるログハウスをヴィンスは捉えた。
一見ただのログハウスだ。だが、真竜であるヴィンスにはわかる。
そこには、あまりにも異質な何かが居ると。
そして、ログハウスからにじみ出る心力でわかる。
「ヤロウ……大地母樹から切り出した材木で家なんぞ作りやがったな!!」
リィーンベルにおいて、これほどの罰当たりがあるだろうか。
ヴィンスは怒りに狂い、ログハウスに向け、渾身のブレスを吐いた。
ど、ご、ご、ご、ご。空気を震わせ轟音が轟く。
真竜のブレスは、国すら滅ぼす。
だが、ヴィンスのブレスは――
「ウソ……だろ……?」
ログハウスにたどり着く前に見えない何かに阻まれ消失した。
そして、ログハウスから出てくる一人の青年。
幸薄そうな、印象薄弱な男。
この男が何かをしたのだ。ヴィンスのブレスをかき消すほどの何かを。
「やあ。こんばんは。カチコミとは、ずいぶんとやんちゃだなあ、君は」
「てめえが……!」
ヴィンスは大地に降り立ち、男と相対した。
「どういう了見だ、テメエがどれだけの罪を成しているのかわかってんのか!」
「いや、意味がわからんのだけど。わかりやすく説明してくれよ」
「そのちんけな家のことだよっ!! 大地母樹を切り出すなど、この世で最もやっちゃいけねえ大罪だ!」
「いや……その大地母樹がどうぞっていうか、土下座して頼み込むから仕方なく彼女の枝で家を作ったんだが」
「何を訳のわからんことを! もういい、疾く、この世から消えろ!!」
ヴィンスは、ブレスの発射体制に入った。この至近距離、男に小細工などさせない。
「……はぁ、コード・アクセス」
男が何事か呟いた。だが関係ない、このままブレスで消し飛ばして――
「…………んあ!?」
出ない。ブレスが出ない。傍目にはヴィンスは間抜け大口を開けているだけに見えるだろう。
「な、なんでだ……?」
「まあ、落ち着いてよ。話し合おう。ゆっくり説明してあげるよ。お茶も出すし」
呆然となるヴィンスに、男はのんきに茶を誘ってくる。ありえない。
やはりこの男が何かをしたのか。
「ふざけんじゃ・・・ねえぞおおおおお!!」
ヴィンスは、豪腕を振り上げそして男に向けて打ち下ろした。
「く、そがあああああああ!」
男にあとほんの少し、爪先ほどの距離でヴィンスの身体は金縛りにあった。
男がやったのか? だが心力の動きは感じ取れなかった。
「まあ、頭に血が上ってると、何を言ってもだめだったりするよなあ~」
男は軽く踏み込んで飛び上がる。それだけで、巨大なヴィンスと同じ高さの目線になった。
「じゃあとりあえず、長老さんとこに飛ばすぞ。そこで頭が冷えたら、もう一回来いよ」
「ふざけ――ごがあっ」
拳撃一閃。
ヴィンスの巨体が、小さな人間の男のパンチ一つで天高く吹き飛ばされてしまった。
****
「マスター、お客様は?」
ログハウスからひょっこり顔を出した美少女が、センゴクに声をかけた。
「ん? 出直すってさ。さあ続きを作ろう」
センゴクの最近のマイブームは、ボトルシップ製作であった。
ちなみに今の作品は、戦艦大和である。
***
「何だあれ」
天高く墜落したヴィンスは、真竜の住処の外れに大きなクレーターを作っていた。
「勝てるわけがねえ……なんなんだ……あの化け物」
ヴィンスの身体に刻み込まれたのは恐怖と偉大なものに対する畏怖。
ヴィンスは傾奇者であっても、真竜ゆえに賢い。だから、あの一回のパンチで、ヴィンスは悟ったのだ。
自分が挑んだ者の、スケールの大きさというものを。
母なる大地母樹よりも大きな、存在感というものを。
「知りたいか? ヴィンターヴァイス」
長老の真竜が、呆然と空を見上げるヴィンスに声をかけた。
「ああ……俺は、何と戦ったんだ?」
「あの御方……センゴク様は、魔法使いだよ」
しばらくの後、<魔法使いの尖竜>を自称し、御館様と魔法使いを呼び慕う、傾奇者の真竜が出来上がるのはまた別の話である。
~その後~
ヴィンス「おひけえなすって! 自分は白き風のヴィンターヴァイス!! 魔法使い殿に置かれましては――(大音量)」
センゴク「うるせええええええええええええええ!(大音量にビビッてボトルシップの手元が狂った)」
ヴィンス「センゴクさんまじパネエ(殴られてまた吹っ飛ばされた)」




