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足が棒になっても

肉体に限界があるとするならば。


幸彦はこの時、二回ほど限界を超えていた。


正確には山を自転車に乗りながら、二百メートルほどすぎた当たりから限界は超えっぱなしになった。さらに超えた限界はそのまま街道から外れた薮の道に突っ込んだところでもう一度超えた。


それでもなお、自転車のペダルから足を離すことなく、幸彦は洋館の前にたどり着く。


「びーひーびーひ」


汚い呼吸音が漏れ出す。


全身の筋肉という筋肉が悲鳴を上げて、酸素をほしがっていた。血が全身を駆け巡りすぎて、心臓が爆発しそうになっている。体中からしたたる汗は止めどなく流れて、ぬぐってもぬぐっても意味が無い。


鼻と口だけでは呼吸が追いつかない。もういっそ排気は尻の穴からしたいくらいだと幸彦は思う。もしそう出来たなら、息は吸込むばかりで良くなるはずだ。


完全に馬鹿丸出しのアイディアを頭に描きながら、幸彦はともすれば倒れ込みたくなる体に活を入れて歩いていく。


今はまだ力つきてはならない。がくがく揺れるバネみたいになっている自分の膝を無理矢理動かして……全身の筋肉で無理矢理動かさなければ動くところは無かったけれど、それでも荷物を持って二階の書斎へと上がる。


腰を屈めて地下室へ。もう疲労困憊だが、もうゴールは見えてきていた。


足に力を込め直し、地下室へ続く階段をゆっくりと下る。

最後の障害である鉄製の扉がビックリするほど重たく感じられた。


よく自分はこれを開けられたなと、もたれ掛かるようにして鉄の扉を開く。


ぎ、ぎぃいいいいいいいいいい。


ゆっくり開く扉を押しのけるように、幸彦はふらふらとした足取りで地下室の中へと入った。


そこでようやく、蜂蜜の瓶を床に置ける。のびきったビニールのひもが食い込んだ手のひらはジンジンと痛んだ。


いいや、まだだ。まだ止まれん。


袋から取り出した蜂蜜の瓶を二つ抱えて、幸彦は地下室の奥の棚へと向かう。


そこでしゃがみ込むと、そこには前と同じくわずかな光が差し込んでいるのが見て取れた。


「ふぁいとぉ、いっぱぁつ」


自分でも、芯の無い声だと思いながら、幸彦は不思議な額縁の奥へ這いずるようにして進んでいく。しかし、蜂蜜を抱えながらの移動となると、予想を遥かに超えて重労働だった。


通路の中は狭く、自分の息づかいがうるさいくらいに響き、熱も逃げないので汗が再び滝のように噴き出してくる。


それでもなんとか懸命に体を前に前に動かしていくと、外から入ってくる風が時折体を冷してくれた。


なんとか、通路から手を出し、頭を出す。


そとだ……。


新鮮な空気と冷たい風が何とも言えず気持ちがよかった。


……あっ、気絶できそう。


「巨人様!」


疲労困憊で意識が飛びかけたところに聞こえた声に、幸彦はハッとして意識を覚醒させた。


「だーはー」


だめだ。本格的に酸素が足りてないぞ、酸素だ、酸素。


必死で呼吸しながら、体を外に出す。立ち上がろうとした幸彦だったが、尻餅をついた姿勢から立ち上がれそうにない。


「あの、巨人様」


もうしゃべるのも辛い幸彦は、必死で酸素を吸込みながら、手に持っていた蜂蜜の瓶を地面に置く。


トン、トン。


集まっていた小人達がその蜂蜜の瓶を見てどよめいた。


彼らからすると身長サイズの蜂蜜瓶だ。これが彼らの何一分の食料になるかは判らないが、そこそこは賄えるだろう。


息を必死で整えながら、蜂蜜の瓶の蓋をひねって外す。辺り一面に甘い匂いが広がり、小人達はざわざわと騒ぎ始めた。


「きょ、巨人様。いただいて良いんですか?」


ああ、いいよ、持っていくといいですよ。その為にがんばったんだよ。


もうなんだか上手く息が吸えない幸彦は妖精の問いかけに、うんうんと大きく頷き、もう一つの蜂蜜の瓶の蓋を開いて地面に置く。


ああ……やりきった。


蜂蜜におそるおそる近づく小人達を見て幸彦はなんだかやり遂げた気持ちが湧いてくる。


同時にがくんと体に入っていた力が抜け、ぐったりと地面に座る。


蜂蜜の瓶に群がっていた小人達は、その蜜をおそるおそる口に運んでさらに歓喜の声を上げていた。


「こ、こんな濃い蜜は食べたことが無い!」


「すごい。水で薄めて配ろう!」


「これで今年も乗り切れる!」


「巨人様バンザーイ! バンザーイ!」


そこから巻き起こる自分を讃える声に、幸彦は困ったような笑みを浮かべる。


ああ、無茶して走ってきた甲斐があったな。


そう思いながら、ふと下を見ると、こちらを気遣うように見上げている妖精の姿が合った。


これで良かった?


声には出さず、幸彦が表情と視線で訪ねる。その表情は息を整えている最中では合ったけれど、相手を気遣うような笑顔が浮かんでいた。


幸彦は知らない。この笑顔が、彼女にどれだけの覚悟をさせたのかを。


ただ単純に妖精の彼女が大きく頷き、笑顔を見せてくれたことで、幸彦はとても満たされた気持ちになっていた。


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