決断の一万オーバー
スーパーへジマヤは近隣住民にはおなじみのお店である。
そこそこに安くて、特売目当てに人が並ぶこともある。平凡なお店だ。
幸彦がその店に急ぎ足で入るとカランカランと、入店を知らせる気の抜けたベルの音がした。先に入店して居たのであろうおばさんが振り向き、幸彦の方を見てギョッとした顔をする。
幸彦の足下は土に汚れて、上半身は蜘蛛の巣や小枝やがくっつき、頬には引っかき傷がある風貌はなんというか、何かに襲われた後のようにしか見えない。
しかし幸彦はそんな視線に構うこと無く、かごを片手に一目散に蜂蜜を目指す。
妖精の主食は花の蜜……妖精がそう言っていたからにはそうなのだろう。
何はともあれ、蜂蜜を買わなくては行けない。
使命感に突き動かされるように、蜂蜜売り場へと駆けつけた幸彦を待っていたのは多種多様の蜂蜜達だった。
大きさも、種類も様々である。桜とか、コスモスとか、梅、カモミールなど。
「……いいや! 花は花だ!!」
一瞬たじろいだ幸彦の脳裏に、金髪の妖精の悲しそうな顔がちらつくと同時に、バンザーイと叫んだ地面に居る小人達の声も脳裏に流れた。
助かったとあがった安堵の声を無視できるほど、幸彦は冷酷な人間ではなかった。
とにかく蜂蜜と名のつく物を放り込む。レモンや、ブルーベリーが配合された物は少し考えてから棚に戻す。何はともあれ蜂蜜100%が良いだろうという判断だった。
よし、これで良い!
蜂蜜を買い占め、幸彦はかごを持って立ち上がる。大瓶十四個、小さなパックは四個もかごの中に入っていて、容易くは持ち上がらない。
それでもどうにかこうにか、レジまで運ぶ。
「お願いします」
そう声を掛けて、幸久がレジカウンターの上にかごを置くと、重たく鈍い音と蜂蜜の瓶同士がぶつかるガチャガチャとした高い音が響く。
レジのおばちゃんはしばらく惚けたように、レジかごの中の蜂蜜達を見つめて、困惑した表情で幸彦に訪ねる。
「……こんなに蜂蜜どうするの?」
そう言われて、幸彦は飢餓を救うためと答えるのはどうかと一瞬躊躇った。
「む、虫取りに使うんです」
季節は秋も終わりである。言っておいて、なんだが虫取りに使う量ではないなと幸彦は内心ドキドキしたが、レジのおばちゃんもさすがはプロで、疑問は解けない様子だったが、蜂蜜を次々に会計に掛けられていく。
「合計で、一万千五百十五円です」
めまいがした。
幸彦は今はバイトをしていない。
やった事があるお金稼ぎと言えば、親戚の家がやっている旅館の手伝い位なもので、そのときの日給は二千円だった。
おおよそ、六日分の大金が蜂蜜に消えようとしていることに、頭から血の気が引いた。だが、しかし、だからと言って引くことは出来なかった。
先ほどコンビニのATMで卸してきたばかりの一万円を二枚差し出す。
これも人命を助ける為だと断腸の思いで差し出した二万円はレジのおばちゃんの手で、レジの機械の奥へと消えていった。
「八千四百八十五円とレシートのお返しです」
おつりを財布の中に押し込むように戻し、幸彦は自分の物になった蜂蜜を受け取った。それからレジから離れたサッカー台の上において、蜂蜜をレジ袋へと詰め込んでいく。
重量は容易く十五キログラムを超えていた。幸彦の体重の四分の一に相当する。
「お、おもいぃ」
ふらふらとスーパーを出た幸彦はどうにかこうにか、自転車のかごに蜂蜜を納める。
それだけでは足りず、ハンドルにもビニール袋をぶら下げた状態で自転車を跨いだ。
ああ、買いすぎたかな……。
ずっしりと重いハンドルを握りしめながら、幸彦はちょっぴり後悔する。
だがしかし、やるしか無い。待っている人が居て、自分はやらなくてはならないのだ。
出来るか、出来ないかではないのだ。
使命感に燃えながら、幸彦はペダルを踏み込んだ。
目指す場所は目の前にそびえ立つ、山の中腹にある。




