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情熱のペダルキック

飢餓。

食べ物が無く、危機的状況を示すその言葉に幸彦は内心で頭を抱えた。


注意してみれば、足下に居る小人は皆一同に頬がこけている。

その肌の色も生気がない。死ぬ間際の爺ちゃんの肌の色があんな感じだったことを思い出し、幸彦は愕然とする。


あ、あかんでぇ。これはやばいでぇ。しゃ、しゃれにならんでぇ。


幸彦は内心で戦慄する。


フワフワとしたファンタジーはどこかにぶっ飛んだ。代わりにやってきたのは、本格的に危機的な状況だ。


何せおなかがすいているのは相当辛い。

晩ご飯を食べ損なうと夜おなかが空きすぎて眠れない。

死ぬほどに、おなかがすくという状況に幸彦は幸いにもなったことが無いが、その辛さは想像を絶する。


すがるような目をしている小人達を幸彦は理屈ではなく助けたいと思った。


助けなくては行けない。


「良し。じゃあ、食べ物を持ってきてやる!!」


「ほ、本当ですか!?」


「おお、任せとけ!!」


幸彦はそう言って、大きく胸を張って、どんと胸を叩いた。その言葉に、小人達にも希望の笑みが広がっていく。


「きょ、巨人様、ばんざーい!」


ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい! ばんざーーーい。


そして巻き起こる巨人様コール。感謝の意を示す為か、踞って拝んでいる小人も居る。


「よし、まかせとけ。すぐに……いや、しばらくはかかるが、戻ってくる。お米で良いか!?」


妖精にそう訪ねるが、妖精はお米の言葉に困惑した表情を浮かべる。


「お、オコメですか?」


「……パンの方が良いのか?」


「ぱ、ぱんですか?」


いまいち、ぴんと来ていない様子の妖精。その表情はそれってなに? と言っていて、幸彦としてはどうして良いか判らない。


お米とパンと言えば、世界でも三本の指に入る主食の一つだと思うのだが……。後は何だ?


「もしかして、パスタが良い?」


「……すいません。ぱすたも判らないです」


なんという異文化ギャップ。お米も、パンも、パスタも食べないのかと幸彦は目を丸くする。

しかし、そうなるとどうしたものか全く想像もつかない。


「え、ええっと……妖精って何食べるの?」


「ええっと、花の蜜です」


「……下に居る人も?」


「はい。地上人も花の蜜が主食です……その、それ以外は」


「だ、駄目なのか。その辺はファンタジーなんだな」


感心しつつ、不安そうな顔で見上げてくる妖精を安心させるように大きく口をつり上げて笑顔を見せてみせた。


「任せておきなさい、妖精さん。そして小人の諸君!! ぬわはははは」


そうして、幸彦は洞窟へと四つん這いになって戻る。


もぞもぞもぞ。


四つん這いになって移動した先は暗い地下室だった。不安になって、屈んで下を見る。そこには相変わらず、四角い枠の中には黒い空間が有りその奥には白い光がある。

手を伸ばしてみると、四角い枠の中はやっぱり岩で囲まれていた。


引っ込めた手が枠にぶつかって、手前に倒れる。ぎょっと目を見開くと、倒れた枠の裏手側はただのれんが造りの壁になっていた。


どういう事だと目を丸くして倒れた枠組みを見ると、そこには裏地が当たり前のようにそこにある。


夢?


疑問に思いつつ、幸彦が枠を引き起こすと、そこには黒々とした空間と白い光があった。


……不思議な額縁ってことか?


本格的にファンタジーな代物が入り口に成っていた事実に幸彦はしばらく黙った。だが何にしてもお腹がすいた人を見捨てては置けない。


置いていたリストと懐中電灯を引っ掴み。地下室の扉を急いで開く。


ばたばたと玄関まで戻って、リュックサックにリストと懐中電灯をねじ込む。


「いや、リュックはこのまま。ああ、窓が開いてる!! いや、門を閉めれば大丈夫か!」


ばたばたと慌てて、玄関に鍵を閉めて、門を閉めて鎖を巻いて、南京錠で栓をする。


そして自転車にまたがる。目の前に広がるのはうっそうとした雑木林とその中にひっそりと申し訳程度に開いている獣道である。


「俺は、急いでるんだぁ!」


ペダルに力を入れて踏み込む。グンと体が加速して、幸彦は構うこと無くその道へと突っ込む。


幸彦はお人好しである。優しい男だが、調子にも乗りやすい。


彼の心に今あるのは使命感とそれに伴う情熱だった。ちょっとしたヒーロー気分。


その思いが、来るときは二十分かけた雑草や周辺の木が無造作にのびた脇道を二分で走破することを可能にした。


その弊害として、頬には引っかき傷が、髪には木の葉が、肩には蜘蛛の巣が、足下は跳ねた土で汚れていた。

だがそんな事は些細なことだった。


しかし、幸彦の疾走はそれだけでは止まらない。その目は情熱で燃えていたのだ。


重力加速では足りないとばかりに、ペダルを踏む。


何せ美人に頼られたのだ。


彼の人生に置いて、身内以外の女性に頼られた回数は少ない。

その中でも、あの妖精はとびきりの美人だった。……身長は二十センチくらいだったけれど。


幸彦の興奮した脳内では三文芝居が繰り広げられていた。内容はこうだ。


『ここまでしてもらえるなんて!』


『ふっ、お礼は結構ですよ。もういただきました』


『そんな……私、何も」


『いえ、貴方の笑顔で十分です』


『巨人さん!』


fin。


完璧だった。なんて良い話だと幸彦は思い、その情熱のまま坂道をほぼノンストップで下り落ちる。


何が良いって主演男優が自分自身だと思うと思わず笑みが浮かんでいた。


一時間四十分かけて歩いた道を十分もしないうちに滑り降りた幸彦は、山の麓……最も近い郵便局へと滑り込んだ。


ふ、ふう。急げば、行ける、もんだ。


しかしまだ道半ばだと、幸彦はATMへと駆け込んだ。


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