慰問は一体どうしましょ?
おおよその方向性、および連絡などが終わり、メインとも言える販売品の審査が始まった。
(理想は宝石とかだったけど……やっぱり厳しいか)
ビーズなどよりも細かい……本当に小さな装飾品を見て、裕はむずかしそうに眉根を寄せる。
妖精達の身長は二十センチ前後。
指輪やネックレスといった装飾品は細かすぎて、逆に感心する大きさだ。それはそれで売れればすごそうだが……簡単に売れるかはわからない。
「原石の大きさも同じですか?」
「はい。基本的には……」
芸術品も同じくだ。大きいと言っても、それはおままごとサイズを越える物はほとんどない。家具などもその範疇内だ。
売れるのに時間がかかるものは……あまり良くないんだけどなぁ。
ミニチュアとしての需要はあるかもしれない。小物と言うには実際に使用している物だからだろう、迫力と言うか、存在感はすごい物が有る。
とくに、小さい家具などは彫り込まれた装飾も相まってすごい出来だ。
「リカちゃん人形の服よりすげえな……手が小さいからだろうな」
唸っている横で、幸彦も妖精の女性ものと思わしき服飾を手で広げてしげしげと眺めていた。
幸彦の言うように生地も薄く、装飾もすごい。日用品と言うよりは、パーティードレスのそれなのだろう。好きな人からすれば堪らない一品なのかもしれない。
「でもこんなの売れるか?」
幸彦が怪訝そうな顔でそう尋ねると、裕は何でもないような顔で頷いた。
「前もって調べてたけど、人形の服として販売出来るかもしれない。ネットか、専門店か……ドールサイズの服を作ってもらうのも考えてはいたけど、即金となると厳しいかもね」
何でも無いことのように裕は言ったが、事前に調べておいたと言う発言に幸彦はギョッとする。
「おまえ……すごいよな」
「でもないよ。正直貴金属が少ないのは厳しいね……金も銀も取れるみたいだけど、ネックレスか、指輪に加工してもらわないと厳しいし」
メモを書きながら、裕はそう言って一瞬唇を尖らせ、さらに言葉を続ける。
「貴金属でまとまったお金が手に入ればまた違うんだけど、工芸品を売るのには時間がかかるからね。ネットオークションとかでお金を稼ぐには月単位を見込みたいし……」
はー……そうなんだなぁと幸彦は完全に自分が置いてかれている事を悟る。
「俺はどうすりゃ良いんだ?」
「売れそうな事を考えてくれれば良いよ。とにかく現金に変える手段が欲しいんだ。思いついたら何でも言ってほしい……かな?」
「お、おう。フリーマーケットとかかな?」
「ありだね。でも人形とか、ミニチュアとしての販売になるのはネックかな……売れなそうでしょ?」
「確かに。こんだけ、すごいならわかる人にはわかりそうだけどな」
「そのわかる人を探すにも時間がかかるからね。ルアーとかも考えられなくはないんだけど、そう言うんじゃないんだよね」
「すぐ金になる事か……思いつかないな」
「僕らが買い取るって形を最初はとるしかないね。とはいえ、僕らの貯金は限界があるし、出来るだけ早く現金が欲しいのは事実だから」
ふむふむと弟の裕の言葉を聞いて、幸彦はすぐ現金に出来そうな事を思い浮かべようとしたが……アイディアは全く湧いてこない。
裕自身もすぐにアイディアが湧いてくるとは思っていない。有るとすれば、宝石の原石などと考えていた。それであれば売れなくはない……はずだからだ。
(とはいえ、僕らは未成年だから。質屋とかで売るにしても、考えないと行けないけどね)
やはりなかなかに厳しそうだと裕は思う。貯金をひっくり返して兄と合わせても二十万程度……それ以上はどうあがいても出せない。どうにもきびしいと言わざるを得ない。
「あんまりしたくないけど外国も考えるべきかなぁ」
ぽつりと裕の呟いた言葉に幸彦は反応する。
「なんだ? アメリカとかか?」
「いや、僕らの外国じゃなくて……これは後で言うよ」
裕は言いかけた言葉を途中で切り上げて、メモ帳を閉じる。
「とりあえずサンプルとして、このままいくつか持って帰りたいんですが、良いですか?
「ええ、構いません。ではまた、明日打ち合わせを」
「はい、出入り口の近くでお願いします。私たちが……こっちに来れる時間は限られるので」
「了承致しました」
手早くアルマと裕は言葉を交わして打ち合わせを終える。
裕は持ってきていたバックを広げ、選んだ幾つかの物を丁寧にしまって行く。
「もう帰るのか?」
「もうっていうか、五時過ぎてるからね。帰りを考えるとあんまり余裕はないよ」
そんなに時間が経っていたのかと、幸彦は思うが確かに学校から急いで帰ってきたものの放課後だったから、時間にさほど余裕が合った訳でもない。
「んじゃ、今日の所は帰るか」
「そうしよう。それでは、私たちはそろそろ失礼します」
巨人二人はそう言って立ち上がる。
品物の検分の間に、集まっていた妖精達は一部その数を減らしていた。鎧を付けた王様もおらず、城の中で話し合いでもしているのだろうと裕は思う。
とにもかくにも、妖精達に取っても……この話し合いはかなりインパクトがあるものだったのだろう。揉めるのは当然のことで、裕としてもすんなり事が運ぶとは思っていない。
とはいえ、その揉め事にまで首を突っ込むつもりも無い。
それはさすがに妖精の両分だ。
「では帰ります」
そう言って立ち上がる巨人の両名に合わせて、アルマは声を上げる。
「巨人のお二人がお帰りになる。兵は護衛と案内を!」
「ハッ!」
返事を返す兵隊に対して幸彦は肩をすくめる。
「べつに送ってもらわなくてもいいよ」
「い、いえ、そう言う訳には……」
困惑する妖精の兵隊の様子に同じく立ち上がった裕が諌めるように口を開く。
「何か問題が起きないか、見るのも必要なんだよ。僕らは、部外者なんだから」
「んっ? そっか……そんなもんか」
「そんなもんだよ。案内お願いします」
「はっ、では先導致します」
飛び回る兵士の先導を受けながら、帰路へと付こうとする幸彦達に、なぜかリリィも合わせて立ち上がりその後に付いて行こうとした。
アルマがその動きを素早く捕まえる。
「どこに行こうとなされているのですか? 姫様」
「えっ? ……私が付いて行った方が良いでしょう?」
なぜか不思議そうに、さも当然のように世迷いごとを口にする自国の姫にアルマは眼鏡をずらし、眉間を揉む。
正直、アルマは姫の事を良く知らない。国で評判の美人で、外交的にも内向的にも非常に人気が高いと言う事以外は、言っては何だが特に興味もない。
後数年もすれば、結婚の話が持ち上がり、あるいは彼女がこの国の新たな王の母になる……かもしれない。と言う事もあるが、それはまあ……その時の話である。
であるから彼女と接し、その人柄を知る機会を得たのはここ数日の事だ。
実直に素直なありのままの意見を、何のオブラートにも包まず言えば、アルマは彼女を馬鹿だと思っていた。馬鹿は単なる悪口であるから言い換えれば……変だ。個性的である。
思考回路がちょっとおかしいと言って良い。
出しゃばりだし、意見が非常に偏っている。主観的であり、客観的な意見を述べると言う事にほぼ向いていない……というのは言い過ぎだとしても、とにかく視野が狭い。
故に彼女が何を考えているかはアルマには理解し得ないと思った。
「まず申し上げれば、城でおとなしくしてください」
「……でも、私は幸彦様達の事をもっと知るべきだと思います。感謝の気持ちを伝えなければなりませんし、私に出来る事はすべきでしょう?」
でしょうじゃない。
とアルムが言うのは簡単である。簡単であるが……アルムはその冷静さをもって、その言葉を飲み込んで一考した。
メリットが無い訳ではないからだ。
現在、目的達成の為には品物を売る事が必要である。その査定は巨人に任せているが、妖精の国に何があるか? と言う事に対しては当然の事ながら巨人より妖精、あるいは地上人の方が良く知っている。
今回揃えた品物は言ってしまえば高級品が多い。だが出来れば……何でも無いもの、妖精の国では価値が低いものが売れるのが一番良い。
そうした提案をする為には巨人の事を知る必要がある。いわば特使だ。
向こう側の風土、国柄、マナーを学び、同時に自国の利益を考える存在。それは、なるほど必要だ。巨人の事は誰も良く知りはしないのだから。
現段階で多少とはいえ巨人に詳しいと言えるのは先日向こうに行った五名だろう。
公的な立場にあり、また責任者になれるのは……自分かあるいは姫だろう。
自分にはやるべき役目が山ほどある。どの中で姫が巨人の対応をするというのは、外交的にも、あるいは内交の見栄え的にも悪くない。
慰安の話もあるし、友好性を示しておいて損は無い。
唯一にして最大の懸念があるとするならば……あの二人以外に妖精の存在を気取られる心配があると言う事だが、それはまたそれで別の話とも言える。
一瞬で様々な事を頭の中の天秤にかけ、悩むアルマの様子をどう取ったのか、リリィはにっこり笑って、それでは失礼しますと言って飛んで行こうとした。
その服をむんずと捕まえる。
「許可は出しておりません」
「えっ、何故ですか?」
「何故もなにもありません。何か合った時の責任はどう取るおつもりなのですか?」
「……責任もなにも、むしろお詫びとして私が行くのですから、これが責任です」
……噛み合ってない。
とはいえ、問答をしている暇はない。この後もいろいろしなくて行けない仕事は文字通り山のようにあるのだ。
「姫様、単刀直入に申し上げれば、行く事は大変重大かつそれはもう大問題になります。やめてください」
「えっ!?」
本気で驚いているリリィに、アルムは言葉を続ける。
「現在、巨人と妖精は非常にデリケートな時期なのです。薄いガラス細工のようなものです。上手く行けば大変すばらしい結果をもたらすでしょうが、ヘタすると国中が文字通り血の海に沈みます。怨嗟の声は何十年もやむことがないほどの大問題です」
わかりやすいように、大げさに問題である事をアルムは強調する。いささか大げさに言いすぎているような気がしたが、この目の前の問題が安易に行動を起こさない為には必要だろうと割り切った。
「そ、そんなにですか」
「ええ、これでも優しく言っている方です」
アルマがそう告げると、リリィは大げさに驚く。
「そこまでとは……私、甘く考えていたようです」
「良いのですよ。とにもかくにも、連絡と調整が必要なのです。私が良いように取りはからいます。姫様は、自室で、おとなしく、巨人の所に行こうなどとは思わず、待機していてください。良いですか?」
言葉を区切り、言い含めるようにしてアルマはそう言った。その迫力に押されて、リリィの顔が引きつる。
「え、ええ……でも」
「良いですね?」
「……ちょっとだけなら」
「ダメです。少しも、これっぽっちも、絶対に、断固として、ダメです。良いですね?」
断固とした姿勢でアルマはそう言った。
「はい……」
しょんぼりと肩を落とすリリィの様子に、アルマはこれでよいと安心して慰めるように口を開く。
「そう気落ちされることではありません。姫様は笑顔であらねば。慰問されるものも不安に思いますよ」
「そうですね……わかりました」
取って付けたような励ましの言葉にリリィはすこしうなだれながら落ち込む。
その様子を見ながら、アルマは少し言い過ぎたかなと思ったが、良いと言う事にしておいた。
何はともあれ、これ以上の問題が起きないのに、こした事は無い。
さてさて、忙しい。まずは自分の権限を固めておかなくてはと、アルマが頭の中を切り替えながら早足でその場を去った。
そのあと、リリィは拳をギュッと胸の前で握って言った。
「そうよ、リリィ。落ち込む皆を元気づける……その幸彦様の手伝いをする事! それが私の役目なんだわ!」
あいにくとそれを諌める言葉を発するものは周囲には居なかった。
妖精の町からの帰り道。幸彦はうーんと声を出しながら少々悩んでいた。
「どうしたのさ?」
わかりやすい幸彦の様子に、しばらくは放って置いた裕であったが堪え兼ねてそう尋ねる。
「慰問ってなにすんだ?」
単刀直入なその質問に裕は、えーっとと声を漏らしてから答える。
「……手っ取り早いのは蜜を持って行く事だろうね」
行う理由を考えればそれが一番だろうと、裕は思う。
結局の所、蜜がないことへの不安が原因だ。そこへ巨人———自分の兄が蜜を持って現れ、大丈夫だ。と言えば、説得力は抜群だ。
逆にそれ以外はあんまり説得力はないだろう。蜜は俺が手配するからと、巨人が居るのは良いがものが無ければ、あくまでそれは期待どまりだ。
「正直、全然イメージがわかないんだが……」
「激励みたいなもんだよ。そうだなぁ、慰問ライブとかね。うちの学校の軽音楽部とかしてるよ」
「そんなのやってるのか。さすが高専、真面目だなぁ」
なるほど、そう言うお祭りと言うか、イベントごとも有りなのかと幸彦は思う。
「蜜は妖精達でも準備してくれるとは思うけどね」
裕はなんと言うでもなしにそう口にする。
「……はっ?」
蜜がないと言う妖精達に、蜜を渡すと言う話ではなかったのかと幸彦は怪訝な顔をする。
その表情に気がつき、裕は歩きながら説明する。
回りに飛んでいる妖精達が聞き耳を立てているのは何となくわかっていたが、それはそれで構わないと思う。
「あの王様達も援助を考えてるからさ。食料は不足している、けれど今はまだある。将来的には食料は無くなるけど、まだ余裕はあるからね」
「……なんのこっちゃ」
「例えば目の前にクッキーが三枚ある。一日一枚食べたら四日目には無いでしょ?」
「そりゃ……まあ、そうだな」
「その二日目みたいなものだよ。まだクッキーは二枚ある。そこに腹ぺこな人が現れて、クッキーが欲しいという。上げる事も出来る。まだクッキーはそこにあるからね」
「……でもそれだと三日目のクッキーが無くなるだろ?」
「そう。でも三日目には新しいクッキーが手に入るかもしれない。そう言う希望を持たせて、クッキーの奪い合いをさせたくないって言うのが妖精達の偉い人の考えなんだよ。きっとね」
裕の説明はわかるような、わからないようなものだった。
「ようは……精神的な余裕を作れって話なのか?」
「作れっていうか、作ってほしいだね。もう既に蜜を貯めこんでる人も居るだろうからさ。自分たちが飢えない為に、そうしている人が居るのは想像できるでしょ?」
「お、おう。買いだめってやつだな」
「結局僕らが蜜を買って、不足分は補わないと行けない。でもそれには少し時間がかかる。それはわかるよね? お金がやっぱり少ないからね。この工芸品も売れるかわからないし」
「そうだな」
「だから妖精達は持ってる人は持ってない人に渡して、全体が乗り越えられるようにしなきゃ行けないんだ。でもその為には持ってる人が”蜜を手放しても大丈夫だ”って思わなきゃ行けない。慰安の意図はそう言う所にもあるんだよ」
裕の言葉に幸彦は衝撃を受ける。
お腹をすかせた人を元気づける事しか考えていなかったが、持っているものにもそんな風に思わせなければならないと言うのが衝撃だったのだ。
「だから、向こうでも渡せる蜜はこの際出してしまうと思うよ、効果も大きいしね」
「何でお前そう言うのわかるの?」
自分の弟に驚愕しながら、幸彦はそう尋ねる。
弟の頭は本当にどうなってるのか不思議に思う。本当にこいつは同じ話を聞いていたのだろうか?
そんな幸彦に対して裕は困ったように笑う。
「僕はこんな風に考えちゃんだよ。あんまり良くないんだろうけどね」
幸彦はそう言って言葉を続けた。
「でも良くある話なんだよ。芸能人とかのチャリティーコンサートとかさ。テレビの二十四時間とか。名目に対してお金を集める。そりゃ、気の毒な人を元気づけるってのもあるだろうけど、そうじゃない人からお金を集めるってのも世の中あるんだしさ」
「そ、そりゃあ、まあ、そうだけどさ……募金で金を集めるのもありなのか?」
話していた思いついたアイディアを口にするが、裕はそれに対して首を横に振る。
「今回は無理だね。妖精の話は出来ないんだし」
「そうか……そうだな」
「もっともそれは考え過ぎなのかもしれないけどね。内政干渉ってことにもなりかねない。僕らは妖精の国を同行する意図は無いし、今後も長く関わって行く訳でもない」
裕はそう言って首を横に振る。
もはや宇宙語を喋り始めた弟に兄はどうして良いかわからない。
「もっと言葉を選んでくれ。お兄ちゃん、理解できない」
「……蜜を持って行って、大丈夫。任せろって言えば良いんだよ。向こうだっていろいろ考えるだろうから、それに乗っかれば良いし。どっちかって言えば胸を張ってれば良いんじゃないかな?」
「……そんなもんか?」
「助けますって言う人が、へいこらしてたら信用していいのか心配になるし。ちょっとくらい偉そうな方が頼りがいがあるようにみえるよ。きっとね」
ぼりぼりと頭を掻いて、幸彦は難しいもんだとつぶやいた。
「だけどコンサートは良いかもな。歌とか———」
「歌は止めた方が良いね、特に兄さんは」
言葉を遮るようにしてまで、きっぱりと告げられて、音痴の幸彦は唇を尖らせた。




