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山の中の洋館

山の斜面を自転車で上ること、一時間と四十分。


目印の看板の少し先にある脇道をさらに進むこと二十分。


道を塞ごうとする雑草や、枝に注意しながら進んだその先にその洋館は森の中に沈み込むように立っていた。赤煉瓦で立てられたモダンな二階建ての洋館は煙突も生えている。特に雪が積もる地方でもないこの辺では実に趣味的で、別荘にはふさわしいように見えた。


しかし、全く手入れはされていないらしく、庭に雑草は伸び放題。壁にはツタが絡まり。幽霊屋敷と言われれば信じてしまいそうだ。


立派であったであろう金属製の門は錆び付いていて、鎖と南京錠で鍵が閉められていた。そこから以外には中に入れないように、鉄格子が周囲を覆っている。


「……雰囲気あるなぁ」


自転車を止めて、しばらく家を見上げて呟く幸彦の頬は引きつっている。


お化け屋敷みたいだな。


幸彦自身は特別そう言ったものが怖いという訳ではないが……人並みには怖い。ちょっとビビりながら、事前に受け取っていた鍵の束をリュックから取り出す。


何種類かある鍵を一つずつ試すと、南京錠がカチリと音を立てて外れる。


失くさないように、扉に南京錠を引っ掛けて扉を開くと、ぎりぎりと金属が悲鳴を上げた。


「重いな、もう」


なんとかすり抜けるだけ扉を開いて門の内側に入る。門から玄関の扉まで続くようにタイルの道が引かれていたが、所々ひび割れ、気合いの入った雑草がその隙間に根を張っている。この道を人が歩くのはずいぶん久しぶりではないかと幸彦は思った。


「おじゃましまぁーす」


誰ともなしに声をかけて、幸彦は玄関の扉まで歩き、再び鍵の束から正解を探しだす。


がちゃぁん。


なんだか思ったより大きな音が出て、重厚な玄関の扉は開いた。取っ手を持って開いてみると、これまた重たい。


蝶番の悲鳴を聞きながら扉を開き、中をのぞくと中はずいぶんと暗かった。どうやらすべての窓のカーテンが閉まっているらしい。

ひとまず玄関の扉を大きく開いて、そこらへんに落ちていたレンガの固まりでドアを開いたままで固定して中へと入る。薄暗い廊下に、幸彦は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。


正直、怖かった。薄暗い家の中はおばけが潜んでいても不思議ではない雰囲気が合った。


「これは……いや、不味ったかなぁ」


不安でそう呟いた自分の言葉に、いやいや現代で幽霊は無い。おばけなんていないさとつぶやき、音楽端末を操作して少しだけ音量を上げる。


何は置いても、中に入らなければどうにもならない。リュックサックに鍵を戻して、代わりに懐中電灯とチェックリスト、それに記入する為のボールペンを取り出す。


「ひとまずリュックはここに置きまして……じゃあ、やるか」


項目を確認すると、部屋の間取りの確認と各設備のもろもろの確認。まずは各部屋の確認とカーテンあけをしようか。


懐中電灯を片手にひとまず一階を見て回る。廊下は大きく、部屋もでかい。リビング、キッチン、トイレに脱衣所兼洗面台にお風呂。そして暖炉の設置された客間。


大きな備え付けの家具にはビニールシートが被せられ、隙間から覗くと高そうな家具だった。


欲しいものがあれば持っていっても構わないと隣のおじさんが言っていたのを思い出す。


……いや、さすがに持って帰れないな。

大きさを見てあきらめ、幸彦は自分の部屋の狭さを呪いながら、リェックリストに記入していく。意外と家具は揃っていたけれど、一階には欲しい物はなし。


「でも地下室もあるんだよなぁ……入り口って外にあるのかな?」


各部屋を見て回り、床下収納まで見た幸彦だったが地下室の入り口は発見できていなかった。


不思議に思いながら二階へ。この頃には、埃の匂いのする家の中にも慣れてきている。


二階には部屋が三つ。おそらく寝室であろう部屋には大きなクローゼットがあり、二階にもトイレがあった。


セレブって、一階に下りるのも面倒なのか。セレブってすごい。


感心しつつ、最後の部屋へ。そこは二階の中では割合大きな部屋だった。


書斎。

入った瞬間、他の部屋とは違う匂いに目がくらむ。両壁を囲うように天井まである本棚達は八割形埋まっている。据えた本の匂いにくらくらとしながら、カーテンを開き、窓を開ける。


そこから見える景色は生い茂る葉の緑だった。ちょっと視線をあげると空の青さ。風に乗ってきれいな空気が入ってくる。


詰まった耳の穴が煩わしくなり、音楽を止めてイヤホンを耳から取る。


「すごい本棚だな……頭いい人ってのは大したもんだ」


本は必要にならないと読まない派の人間である幸彦からすると、目の前の本の量は驚愕に値する。世の中には困ることの無いように本を読む派の人間……自分の弟のような人間が多いのかもしれないと幸彦は思った。


一卵性ではないので、文字通り血を分けたとは言わないが……同じ両親で、同じ家で、同じ飯を、同じように食べて生きてきた弟と自分は似てないと幸彦は思っていた。


幸彦から見て、裕という弟は秀才だ。予習復習は当たり前。とにもかくにも知識に対してどん欲である。それに比べて自分というのはお気楽ご気楽。どん欲なのは食欲くらい。


もしこの場に居るのが弟の裕であったのなら持って帰るのは本になるかもしれないと、幸彦はタイトルを斜め読みしていくが、いまいち理解できない。


植物図鑑から、地域学、社会学、英語、宇宙とか、マクロとか、ミクロとか、経済、分析、熱、インピーダンス。


よくわからない文字が踊っているし、下手すればアルファベットの文字もあれば、それ以外の文字もある。


理解できないことを理解して、幸彦はとある物に気がついた。


扉。

壁の中央。本棚と本棚に挟まれるようにある胸丈ほどの大きさしかない小さな扉。そこに付けられた小さな覗き窓に、少し屈まないと手を伸ばせない位置に取り付けられたドアノブ。


「……変なの」


本棚と同じ色をしたその扉をしばらく見つめて、なにげなしに手を伸ばす。


しかしどうしたことか、ドアノブは回らなかった。


改めてドアノブを見ると、そこには鍵穴があった。


「……隠し部屋?」


ふと呟き、リストを見る。そこには扉のことは何も書かれていなかった。


「これはお宝の気配?」


ちょっとワクワクしながら幸彦は口を開き、ここを後回しにすることにした。思えば鍵の束の中には門と玄関を開いた以外の鍵が合った。その内のどれかがこの扉を開く鍵になるのだろう。


ひとまず、他の場所にチェックをしてしまおうと幸彦は決めて、終わっていない項目を調べていく。

水道の元栓を開いて水道が流れるかを調べたり、電気メーターの位置を確認したり、湯沸かし器の型番をメモしたり。各部屋の状態を写真に取って、リストを埋める。


「やれやれ。終わった終わった」


リストは埋め終わり、よくわからなかった給湯器などの写真はデジカメに収まった。


自分の中で区切りをつける為に呟いて額の汗を拭うと時間はお昼少し前だった。けれどもおなかは既に空腹だった。良い仕事をしたので、体が報酬を求めているらしい。


一段落したところで、玄関でおにぎりをもしゃもしゃ食べる。

のり巻きに使う大判海苔を周りに巻かれた特大おにぎり。中の具はおかかに、塩昆布に、梅干し。働いた後のおにぎりは絶品で、魔法瓶に入れていた氷入りの麦茶はのどの奥に涼やかに流れていく。


米を食う。麦茶を飲む。そして米を食う。


「日本人で良かった」


おにぎりを吸い込むようにおなかの奥におさめて、一段落。おにぎりを包んでいたアルミホイルをこれまた中身の無くなった水筒の中に適当に放り込んで、蓋を閉める。


旨かったなぁと満足しながら、リュックに仕舞う。代わりに鍵の束を取り出して、幸彦は立ち上がった。


「さあて。お腹も満足したし、お楽しみにしようかな」


さてさて……何があるのかな?


少しワクワクした気持ちが幸彦の中には合った。この時、幸彦の胸の中に合ったのは、ちょっとした価値のある物が扉の奥にあり、自分の郵便局にある七万円の貯金が少しでも増えたら良いなという淡い期待だった。


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